No.1
アメリカ空軍パイロットのリアム・ミラーは、自分と相棒のジム・アダムスがそれぞれ乗っている、二機の戦闘機F‐22にめをやってから、少し離れたところに並んでいる別の二機に視線を向けた。基地の広い格納庫には、他にも幾つかの機体が並んでいた。
ただ、リアムの見つめる機体は、他のそれとは様子が違っていた。F‐22よりも小さく、その奥に並んでいるF‐35と比較しても、ずいぶん小さく見えた。扁平で尾翼がないデザインは、まるでB‐2爆撃機のミニチュアのようであった。そして、人が乗るコックピットがみあたらなかった。最新の自律無人戦闘機のプロトタイプであった。だが、名前すら与えられていない試作機だった。むろん、Xプレーン(注釈:アメリカ空軍の試作機の総称を指す)であることに違いはないが、然るべき型番もいまだに与えれておらず、関係者は皆して〈XX〉と呼んでいた。二機のペアでの運用が基本ということが、もっとな由来であった。
そして明日は、リアムたちとその二対二の模擬空戦が行われる予定になっていた。
XXの機体のまわりでは、テーブルとたくさんのラップトップパソコンが並べられ、システムエンジニアたちが忙しそうに作業をしていた。
「明日は、お偉方も見に来るらしいな」
突然の後ろからの声にリアムが振り返ると、そこには相棒のジムの姿があった。
「ああ、そうらしい」
「んで、あれが最新の無人戦闘機か」
ジムは睨みつけように見ながら言った。
「エンジニアが忙しそうにしてるが、ほんとうに、完全に無人で飛ばすのか?」
「いや、自律とは言うが、聞くところによると補佐的な地上オペレータもいるという話だよ」
「ふーん。だが、そうは言ってもプレデターやアベンジャー(注釈:空軍が運用している無人航空機の愛称)とは訳が違うだろ?」
「そりゃ、そうだ」
二人は束の間、黙ってその機体を見つめた。
「とにかく明日は、人間様もまだまだ負けてないことを見せつけてやろうぜ」
ジムの言葉にリアムは「そうだな」と軽く笑って答えた。
だが、彼らの乗るF‐22ですら、システム改良、エンジン装換、AIを使用したパイロット支援システムの追加など、大がかりな改修の施された機体だった。つまるところ今回の演習は、あらん限りのパイロット支援システムを載せた有人機と、最新のシステムを備えた無人機との、性能比較とでもいうべきものだった。
模擬空戦が行なわれる当日、基地の屋外にはテントが設営され、見学に来る参謀や政府関係者のための席が設けれた。たいていこういったイベントごとにおいては、トラブルがつきものだが、今回にはめずらしく、事務的なことも技術的なことも準備は順調だった。
無人戦闘機も、リアムとジムの乗る機体も問題なく滑走路から飛び立った。四機は基地上空を飛び交った。
模擬空戦は終始、互角の戦いという雰囲気をみせていた。無人機の方は人が乗っていないだけ、機動性にすぐれている様子だたが、とっさの判断は人の方が優れているようにも思われた。いずれにせよ、空中格闘戦は実戦さながらの様相を呈していた。
それでも終盤になると、リアムとジムの乗る有人機が、判定勝ちという空気が漂っていた。ただ、訪れていた参謀たちは、無人機でも十分に実戦で有用だろうという結論を出そうとしていた。
終了間際というときだった。無人機の一つが突然、リアムの操縦する戦闘機に向かって急接近した。一瞬の出来事であった。
コックピットにいるリアムにとっても、あっという間の出来事だった。彼は回避行動をとろうとしたが、機体同士のぶつかる衝撃を感じる方が早かった。
地上からみていた人たちも、その様子を危ないと思った。瞬間的に、二機は軽く接触しただけのようにも見えた。が、無人機はそのまま失速して真っ逆さまに落ちていった。リアムの操縦する機は一度は体勢を立て直したかに見えたが、きりもみ状態に陥った。その間にコックピットからパイロットが脱出する気配はなかった。そのまま、機体は地上へと激突した。
緊急事態の場合に備えて待機していた救援部隊は、即座に現場へ向かった。
炎上しはじめている機体から素早く彼を引き上げると、担架に乗せ、やってきた救援ヘリによって軍の病院へ搬送された。
誰もが絶望の顔色を隠せなかったが、まだこの時点では、リアムは息をしていた。