偽物の恋を、きみではないキミと。
「ねぇ竜也?アタシの話聞いてる?」
隣を歩いている加奈が俺を小突いてきた。
「あ、うん……何の話だっけ」
「だーかーらー、明日どっか行こうって、さっきから言ってんじゃん。」
「悪い。それで、お前はどこに行きたいんだ?」
「それを竜也に聞いてたの!あと、アタシは『中野加奈』。『お前』って呼ばないでずっと言ってるのに……。わかってる?森達也?」
「わかったわかった」
「絶対わかってなーい!ほら、アタシのこと名前で呼んでみなさいよ、『加奈ちゃん』って!別に恥ずかしがることないわよ、アタシたち恋人同士なんだから!」
「残念だがそれはできない」
「えーーーー、なんでよ、アタシのこと嫌いなの?前はちゃんと呼んでくれてたじゃない!」
まさか、お前が本物の加奈じゃないからだ、なんて口に出せるはずもなく、俺は笑ってごまかす。
付き合い始めたばかりの頃の加奈は、読書好きなおとなしい子だった。俺は行きつけの書店で同じクラスの彼女と出くわして以来、たびたび小説や漫画の話をするようになり、自然と一緒に食事や買い物に出かけるようになっていた。不愛想な彼女がたまに見せる静かな笑顔が、たまらなく愛おしかった。
彼女がおかしくなったのは、今から三か月ほど前。大声で、明快に俺の名前を呼ぶ彼女に最初は恐怖すら覚えた。おとなしかった彼女は大きな声でよく喋るようになった。人付き合いの苦手だった彼女は先生やクラスメイトとも積極的に仲良くするようになった。不愛想だった彼女は、笑顔の絶えない活発な女子になり、クラス一の人気者になった。
加奈は、いなくなっていた。
最初は彼女がドラッグに手を出したんじゃないか、あるいは精神病にかかったんじゃないかと思っていたが、どうやらそうではないらしかった。だとしたら、彼女は何なのか?
偽物。
以前の加奈と、今俺の隣にいる彼女。二人が同一人物だとは考えられなかった。
「それで?竜也はどっか行きたい場所あんの?」
どうすれば加奈を取り戻せるのか見当もつかない。俺はもう、諦めかけている。
「……久しぶりに本屋巡りでもするか?」
いつかふとした拍子に加奈が戻ってくるかもしれない。そう信じて待つことしか俺にはできない。だから、それまでは――――――。
「いいね!さすが竜也!アタシもちょうど行きたいと思ってたの!」
「ちょっ、お前、抱き着いてくるなよ」
「いーじゃんちょっとぐらい。彼女なんだしさっ!」
偽物のキミと、恋をしよう。
読んでいただきありがとうございます。
またも企画応募作品です。気の向くままに書いていたら千字を軽く超えてしまったため、四作目にして初めて「千字以内になるよう文量を減らす」ことをしました。冒頭や終盤の二人の掛け合いなんかはもっと書き込みたかったのですが……。特に以前の加奈と竜也のやり取りは書こうとはしたのですがめちゃめちゃ尺とるのでやめにしました。うまく落とし込めば連載物にもできそうな設定ではありますが、恋愛描写は苦手なので多分しないと思います(笑)。
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