09 休日のお出かけ
ようやく週末を迎え、出かける支度をする。
ずっとパンツ姿だったので、今日は上が黒で胸元からオレンジ色のふんわりした切り替えワンピースを着る。段々気温が暖かくなっているので半袖でも丁度良い。怪我のところを隠す為、黒のサポーターを付けた。
「おっはよ~モナ。お、それ可愛い」
八時半にアメリアがやって来た。
「今日はちゃんとメイクもしてるじゃん。相変わらずべっつじーん」
「おはよう、リア。仕事じゃないしね」
今日は休日仕様なのでフルメイク。オレンジ系のメイクで、アイラインとマスカラはブラウンでしっかり入れる。奥二重なのでしっかりマスカラで上げるとくっきり二重になって、アメリア曰く普段の顔とは別人になるらしい。
アメリアはブロンドの明るい髪を下ろして、前髪を横の髪に編み込みハーフアップのようにしている。青糸刺繍の入った白の前開きローブを羽織って中にインクブルーのチュニックと黒のパンタレットを合わせていた。
「その服、治療術士のローブみたい」
「そうだよ」
「どこで手に入れたの?」
「古着屋さん。今の診療所の制服はヒーラーコートだけど、ローブは昔の制服だったんだって」
「……好きだよねぇ、職業服」
「ふふふ、羨ましがるが良い」
珍しい服を手に入れたアメリアはただ自慢したかったらしい。
だが、モナの趣味はモフモフなので全く興味がなかった。
「あ、精霊の番持っていかなきゃ」
「ミラー商会の? あれ便利だよね」
仕事用の鞄にミラー会長からもらった物が入っているので、それを持って行こうと鞄に手を突っ込むが見当たらない。
「あれ、おっかしいなあ」
「ないの?」
「うん。いつも仕事用の鞄に片方入れてるんだけど、どこ行ったんだろう」
もう片方は服のポケットに入れてある。番なのに片方ないのでは全く役に立たない。
スーツのポケットも見てみたが結局見つからず、持っている番に魔法を注いでみると、光が外を指した。
「あれ、外に落としてる!?」
「それなら事務所に忘れてるんじゃないの?」
事務所で出した記憶はないけれど、知らない内に落としたのかもしれない。
今日は二人でのんびり出来るので、念の為テント市場まで失くした番を探しながら歩いて向かった。
住宅街を抜けるとテント市場が見えてくる。近付くにつれ、香ばしい香りや甘い香りが漂ってくる。
週末ということもあって、テント市場の方はとても混雑している。白やオレンジなどキャンバス地のテントが並び、その下で食料品や雑貨、衣類など何でも売られている。ここは多くの人が行き交う街で一番賑やかな場所だ。
番の光はまだ北の方を指している。もしかしたら本当に事務所に落としているかもしれない。だとしたら週明けにならないと確認できないだろう。モナは探すのを諦めて番をバッグに仕舞った。
人を避けながら市場の通りを歩いていると、途中で目に入った珍しい南国フルーツのラッシーが美味しそうで、二人それぞれ違う味を購入した。冷たくトロリとした舌触りで蜂蜜の甘さとフルーツの爽やかな酸味がバランス良く濃厚な味。モナは一口で気に入った。
「はー、これ美味しい」
「あれも美味しそうじゃない?」
アメリアが指差したのは外国の焼き菓子らしい。小麦と砂糖を使って焼いたものらしく、甘くて食欲をそそられる匂いがする。一つ買って二人で分けた。二人は朝食も食べず、朝から食べ歩く。二人の楽しみ方の一つだった。
「クヌヌのショートブレッドだって」
「クヌヌって言われるとご飯みたい」
この国の主食の一つが小さな粒の穀類クヌヌ。炊いて食べたり、粉にしてパンなどにする。素朴な味だがクヌヌは栄養価が高く、他の穀類よりもこちらを好んで食べる人が多い。
人混みを避けて歩いていると、アクセサリーのお店を見つけてふらりと立ち寄る。天然石で出来たネックレスやブレスレット、アンクレットなど色々あった。
「今コレが流行ってるよ!」
店の人が勧めるものを見ている内に、色々買ってしまった。アメリアも色々買っている。
二人は歩く度に寄り道しては買い物をし、服を買いに行く前に荷物が随分と増えてしまっていた。
街の中心部にある公園付近へ来ると、アメリアが店の方を指差す。
「あれがいつも行ってる古着屋さん。外国の職業服とかもあるんだよ。見てく?」
「遠慮しとく〜」
職業服に興味はないけど、アメリアと好みが共通の物は一緒に色違いで購入することも多い。だから買い物に付き合うのが嫌になることは一度もなかった。
次はどこへ行こうかと考えながら、モナは飲みかけのラッシーを飲んでいると、突然後ろから左手を掴まれた。
「モナちゃん見つけた……」
直ぐ側に立つ背の高いその人を見上げると、リアムだった。
「え? 何で!?」
モナは目を丸くしリアムが何故そこにいるのか考えていると、リアムの手に精霊の番があり、そこから伸びる光が自分のバッグを示していた。
「この間、ぶつかった時にこれ落としたでしょ? 多分モナちゃんのだと思ったんだけど、あれから会えてなくて渡しそびれてサ。はい、これ」
リアムから番の片方を受け取るが、モナは開いた口が塞がらなかった。
まさか、精霊の番で追跡されるとは……。
「あー、もしかしてキミがリアム君?」
アメリアは話に聞いていた人物と目の前の人物が一致したのか、そう声をかけた。
「そう言えばお友達と一緒って言ってたね。俺はリアム。ヨロシクね」
「アメリアです。よろしくね! へえ、リアム君いい感じじゃん」
「流石モナちゃんのお友達、可愛い! 今日のモナちゃんも最高に可愛いし!」
驚いて固まっているモナを他所に、二人は挨拶し合ってノリノリだ。女子を褒めちぎるのはリアムの癖なのか職業病なのか。
アメリアはリアムのことを上から下まで眺めて観察している。その様子を見ると、リアムのことを気に入ったのかもしれない。
今日のリアムの格好は前のチャラい雰囲気ではなく、清潔感のある白地に薄いブルーのストライプシャツにインディゴブルーのアンクルパンツを履いていた。耳のピアスも付いていない。今日は何故こんなに前と印象が違うのだろう。
そしてリアムに握られた手はまだ繋がっていた。
「リアム、手を離して?」
「あは、ごめんごめん。まだ怪我治ってないんでしょ? 俺が荷物持つよ」
「え、いや、今日は友達と遊ぶからリアムはもう帰っ――」
「アメリアちゃんはこれからどこ行くの~?」
買い物バッグを強引に奪われ、リアムはアメリアに話題を振る。
「アタシ達はこれから服を見に行くトコロだよ」
二人は話が合うのか、リアムとそのまま一緒に行動することになった。
寄るつもりじゃなかった古着屋に入り、アメリアとリアムは好きな服について話しながら商品を手に取って見ている。モナはこっそりここを抜け出して、自分の見たい服を見に行こうと考えていたらリアムに捕まり、どこで着るのかと突っ込みたくなるような異国のお姫様のようなドレスを強引に上から合わせられ、似合う似合うと言うリアムに溜め息が出た。
次々とリアム好みの服を合わせられ、着ていないのにファッションショーのような状態になった。リアムが持ってくれているモナの荷物も、返してもらおうとするが自分が持つと言って返してもらえないでいた。
「あのね、リアム」
「どしたのモナちゃん?」
いつの間にか背中に手を回しているリアムの手を退かす。
「今日は友達と二人で出かけるって話したでしょ? 何で付いてくるの?」
「俺もモナちゃんと一緒に行きたいな。一緒にいたらダメ? 俺のこと、嫌い?」
見上げるほど背が高いリアムはモナの顔を覗き込んで、まるで子供が駄々を捏ねるように食い下がる。
何故ここまで自分に興味を持ったのかモナは全く理解できないでいた。出会って間もないのに……彼の軽いノリなんだろうか。相変わらず距離も近い。この時、間近に見えたリアムの首の襟元にある痣が気になった。
「あの、嫌いとかそういうんじゃなくて……」
「良かった、嫌われたかと思った! あ、そろそろランチ行かない? アメリアちゃん~」
リアムは端の方で服を見ていたアメリアを呼んだ。
「そういえばそろそろお腹空いてきたね。モナ、ランチ行こっか」
「……うん」
強引に話をかわされ、モナはどう対処していけばいいやら考え倦ねていた。