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モナ・ペトロネアの苦悩  作者: 在ル在リ
不慮の出会い
7/70

07 リアムの送迎

 帰社した途端、サイモンが心配そうに出迎えた。


「モナちゃん、腕は!?」

「あはは……ちょっと大袈裟に巻かれてしまってるけど、擦りむいてぶつけただけです」


 左肘だけ包帯の瘤ができたみたいになっている。何も知らない人が見たら大怪我をしたみたいだ。

 自分のデスクに戻るとミラー会長に呼び止められた。


「ペトロネア、直ぐ診療所(クリニック)に行ってこい! 痕に残ったら後悔するぞ。あと服も駄目になったんだろう? 全部あの店に請求するから一式上物に買い替えとけ」


 法外な金額を請求しそうな勢いのミラー会長。とても良さそうなお店だったし常連なのに、こういうことには容赦なさそうだ……。

 サイモンにこっそり教えてもらったが、ミラー会長の命令口調が強い時はご機嫌斜めらしい。

 機嫌の悪いミラー会長に行けと言われてしまったら断る訳にもいかず、昼食後に診療所(クリニック)へ行って手当してもらって帰ってきた。

 皮膚がズル剥けだったのでしばらくジュクジュクするらしい。お風呂に入るのが恐ろしい……。お尻の打ち身は軽いものだった。

 着ているシャツの血は袖を捲くって隠している。帰って両親が見たら大騒ぎしそうだ。



 仕事に戻ってからはサイモンに様々な書類の書き方を教わり、幾つかの書類を作り終えたところで小休止する。その時間も取引先の暗記に充てた。

 今日はトラブルで時間を取られて覚える時間が少なくなってしまったが、終業までに予定通り全て暗記し終わり、五冊のファイルを元あった書庫に戻しに行った。


「覚えられた?」


 書庫から戻ると、ミラー会長がデスクからこちらに顔を向けていたのでモナは頷いた。


「モネア商会の連絡先は?」

「アーレス通り三番十一号、登録番号一三四五零三二七です」


「精霊石の発注先と受付の事務員は?」

「ソリシア商会でダニエル・パーカーさん」


「精霊の番を製造依頼してる工場と工場長の名前」

「アルバニラ国のオーリオ工場で、ニール工場長」


「ホーガン商会のリジー・コリンズの担当は?」

「そのような方は在職されておりません」


 その後も幾つかの質問に意地悪な質問も混ぜられていて、全て答えていくとミラー会長は口角を上げて頷いた。


「うん、お疲れ」


 ミラー会長のチェックはオーケーが出たようで、ひとまずホッとして肩の荷が下りた。ミラー会長は全て頭に入っているだろうからあのような質問の仕方が出来るのだろう。本当に凄い人だなと思っていると。


「よく二日で覚えたな」


 ミラー会長の言葉にモナはキョトンとする。


「普通はどのくらいで覚えるものなんです……?」

「仕事の合間に覚えたら二、三週間くらいかかるんじゃない?」


 とミラー会長はニッコリと笑った。

 二日で覚える必要はなかったようだ。早く覚えなければいけないと思い込んでいた。



 定時後に掃除し終わると、ここの従業員は皆早々に帰っていく。残業は殆どしないらしい。時間内に片付けられるほど、皆優秀なのだろう。


「会長、今日はお騒がせしてすみませんでした」

「自転車大丈夫か? 帰り、気を付けろよ」

「はい、運転は多分大丈夫です。会長はまだお帰りにならないんですか?」

「俺はやりたいことがあるから気にしないで先帰って。お疲れさん」


 ミラー会長は一番早く来て一番遅く帰る。働きすぎじゃないだろうか。定時ぐらい先に帰って欲しいところだ。

 本来秘書なら最後まで付き合って残るものだろうが、毎日のことなので付き合う必要はないとサイモンにも言われている。



 外に出ると丁度、日の入りの時間だった。空は紺色から橙色のグラデーションになっており、美しい薄明の様子が見られた。

 自転車を押して事務所のゲートを出ると、とても背の高いブロンドのサラサラ髪の男性が立っていて、こちらに近づいてきた。


 リアム・ケリーだ。


 制服とイメージが違って、首元のチョーカーがよく見えるように、デザートイエローのシャツを胸元まで開けていて、下にはダークブラウンのサルエルパンツを合わせている。耳には四つピアス穴が空いていてピアスが付いているのは一つだけ。


 個人的主観だが、とてもチャラい印象だった。


「お疲れ、モナちゃん。送るよ」

「あ、リアムさん。お仕事は……?」

「リアムでいいし楽に話してね。店長に言って早く上がらせてもらった。家はどこなの?」

「家はずっと南の方だから歩くと四十分くらいかかるの。私は自転車だから送らなくて大丈――」

「俺のチャリの後ろに乗ればいーよ! モナちゃんのは事務所に置いときな」


 リアムの後ろには、改造された黒の自転車が置いてあった。タイヤなんて普通の三倍くらいの太さはあるし、フレームもマットブラックの太めでしっかりしたものだ。精霊石は幾つも取り付けられていて、どれだけスピードを出すつもりなのだろう。


「でもそれだと朝の出勤の時、困るから……」

「朝も送ってあげるから遠慮しないで! 朝は何時?」

「七時十五分くらいかな……」

「おーけーおーけ〜」


 リアムは随分と軽い口調で話す。

 本当に来るのだろうか。


「じゃあ、今日と明日の朝だけお願いします!」


 この往復だけなら、と考えたのが甘かった。


 リアムは飛び切りの笑顔を見せ、自転車を動かした。モナは誘導されるがままリアムの後ろの荷台に跨ると、リアムに両手をお腹まで回され、体が背中にピッタリ密着する状態になった。


 こんなに密着しないといけないのだろうか。


「ちゃんと掴まってないと落ちるからね!」

「え……っ」


 そう言うなり突然走り始めた。一気にスピードが上がり、反動で後ろに仰け反りそうになったがリアムに慌ててしがみつく。


 リアムの自転車は、モナが普段走るスピードとは比べ物にならないほど早かった。

 人の少ない道を巧みに走り、カーブに差しかかると車体を傾け、体に強く遠心力がかかり恐怖を感じるほどだった。

 これはもう魔導バイクと変わらないレベルだ。魔導バイクは魔法だけで動く自動二輪車だが、免許の手続きや講習が面倒で更に高額な為、この国では自転車の方が人気なのだった。


「こ、怖い……!」

「二人乗りだからこれでも遅い方だよー?」


 顔は見えないがリアムの声色からして、とても楽しんで走っているのが伝わってくる。スピード狂だ。

 自転車とは思えないほどスピードが出ていて、怖くて仕方がなかった。


 カーブに差しかかる度、耐えられずモナは叫んだ。


「きゃーーっ!」


「怖い怖い怖い怖いーっ!」


「もうやだやだやだあ〜……!!」


 モナが絶叫する度、爆笑するリアムに本気で殺意が湧いた。


 もう明日の朝は絶対に乗りたくない。

 朝からこんな動悸が止まらなくなるような体験なんてしたくない。



 最後は半泣きだった。




「モナちゃーん、着いたよ!」


 モナの家には信じられないが九分で着いた。自転車は停止したがモナは怖くて体が固まり、リアムの体にしがみついたままだった。それを勘違いしたのか、リアムはモナの腕を優しく撫でる。


「二人乗り初めてだった? ちょっと刺激が強かったかなあ」


 ゆっくり手を離すとモナを自転車から降ろし、モナの体を両手でギュッと抱き締める。その瞬間、衣服に染み付いた煙草の匂いが鼻腔を刺激した。


「ははは、怖がらせちゃってごめんね〜?」


 リアムはチュッと音を立ててモナの髪にキスをした。

 いきなりのことでモナはビクッと体を強ばらせ、直ぐにリアムから距離を取った。


「い、今、何を……!?」

「あはは、バイバイの挨拶だよ」


 あまりにも軽いリアムの言動に、慣れないモナは完全に引いていた。そして彼のスキンシップはちょっと距離感を間違えている気がする。


「そんじゃ、明日の朝七時十五分に来るから待っててね!」


 任務完了して満足したのか、リアムは自転車で引き返し、あっという間に見えなくなった。

 仕事ではフレンドリーな印象のリアムだったが、プライベートはめちゃめちゃチャラかった。




 翌朝。

 リアムは来なかった。


 それも見越して、七時十五分には徒歩で出られるよう準備しておいたモナ。

 昨日破けてしまったジャケットとシャツを処分し、あまり数を持っていないスーツを着まわすのも難しく、週末まではカーディガンとブラウスで着回すことにした。

 今日はフリルのスタンドカラーブラウスに丸首のカーディガン。下はいつものパンツスーツのままだ。


 時間にルーズな人が苦手なモナは、約束を守れないリアムに呆れつつ家を出た。


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