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モナ・ペトロネアの苦悩  作者: 在ル在リ
不慮の出会い
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06 不慮の出会い

 グレンはモナのデスクを見て何をしているのか察したらしい。

 モナは取引先ファイルの暗記をしていたことを話した。グレンはたった今覚えた一冊を手に取って中をパラパラと捲り、目を丸くしている。

 この間、見たものを直ぐ覚えるという話をしたところだったから半信半疑だったのだろう。

 そこまで驚かれるとこの特技も捨てたものではないかもしれない。魔法が不得手なモナにとっては、仕事で便利な能力くらいにしか考えていなかったのだ。


 それより何故グレンに呼ばれていたのか確認すると、コーヒーを淹れてくれようとしていたらしい。

 是非にとお願いして休憩室のカフェスペースへ一緒に行き、使い方も教えてもらった。


「モナって本当に記憶力いいんだね。そんな直ぐに覚えられるの?」

「うん、見たままのイメージで覚える感じかな」

「凄いな……。俺は普通にノートに書きまくって覚えるタイプ」


 くしゃっと崩した笑顔を見せたグレンを、思わず可愛いなと思ってしまった。彼は童顔だからあまり年上には見えなかった。


 コーヒーやお茶、カップの位置を教えてもらい、足りない物や欲しい物があればサイモンに言えばいいらしい。

 事務所のコーヒーカップは保温性が高く、落としても割れない素材で蓋付きになっている。これが従業員用。

 来客用はカップとソーサーがセットになったお洒落なデザインのものが幾つか用意されていた。来客が男性か女性かで選ぶデザインもセンスを要求されそうだ。


「俺、コーヒーは特に好きって訳じゃなかったんだけど、会長が飲んでるって知ってから飲むようになったんだよね」


 コーヒーメーカーの給水タンクに水を注ぎながら話すグレン。もしかして……。


「グレンも会長に憧れてここ入った?」

「モナも?」


 同士だったようで二人は頷いて笑った。


 ミラー会長の事は以前、雑誌の記事に載っていて知った。

 小さなモノクロ写真だったが、とても紳士的な男性で知的で魅力的に書かれており、好みの物や彼の目標、考え方なども事細かに書かれていた。

 今思えばその記事の半分以上は記者の想像で書いたんじゃないだろうかと思えるほど、本人は違っている。


「あの雑誌の記事? 質問に適当に答えてたら記者が粗方考えて書いたみたいだな。あれはうちの商会を売り出すための記事だからフィクションだと思った方がいいよ」


 と、ミラー会長が教えてくれた。

 あの記事のミラー会長の褒め方からして、女性記者だったんじゃないかと思ったが当たっていたらしい。




 今日もミラー会長とサイモンの三人でスケジュール確認と、今後のスケジュールを調整し、必要な書類作成なども確認する。


「あとモナちゃん、今日は魔法便局に封書を幾つか出しに行ってくれるかな? 国内便がこっちで国際便はこっち」

「承知しました」


 サイモンから封書を受け取って出かける支度をする。


 魔法便局は街の中心部にあって、事務所から徒歩十分ほどの所にある。

 封書物を魔法でパパッと配達するなんてことが出来る訳ではなく、魔法車で配達されることから魔法便と呼ばれている。

 魔法車は馬車と違い、魔法で動く車だ。動力源として大量の精霊石を使うらしく、コストも高くてまだ普及していない。

 移動手段は馬車が一般的だ。鉄道の通っている地域なら魔導列車がある。


「ペトロネア、これも持ってて」

「何でしょう?」


 ミラー会長に渡されたのは、商会で出している〝精霊の(つがい)〟という探し物探索に使う魔法道具だ。

 直径十センチほどの丸い鏡のような表面で、縁は虹色の目立つデザインだ。二個セットで使う。片方に魔法をかけると、もう片方の居場所を光で指し示し、導いてくれるという物だった。


「片方をバッグに、もう片方は自分の身につけておいて」

「なるほど。なくさないようにということですね」

「そ。気をつけて行っておいで」


 大事な物を預かって外を歩くというのは、とても責任が重いものだなと感じた。持っている物が商会のお金ではないのでまだ気持ちは軽いけれど。


 外は天気が良く、小春日和でとても暖かい。ふわりと髪を撫でる春風も暖かい空気を含んでいた。

 モナはキャメルの革バッグをリュックにして背負い、魔法便局へ向かうと十一時過ぎの時間帯はそれほど混んでおらず用事はすぐに済んだ。


 魔法便局を出て少し歩くと『ヴィエーナ』という看板が目に入る。昨日ランチを注文したカフェバーのようだ。

 外に四人がけのテラス席が二つあり、中にはカウンター席とテーブル席が幾つか見える。内装もお洒落だし一度寄ってみたい所だ。


 帰り道は事務所までの近道がないかと路地の方に入ってみた。少し道が違えば人通りも全くなくなってゆく。

 路地は石畳の道で店の裏口などが並び、鉢に入った背の低い植木が置かれている。自転車二台がすれ違えるくらいの道幅だ。赤い煉瓦や茶色い石、味わいのある石畳の道に植物の緑が鮮やかに映った。

 そして角を曲がろうとした時、突然曲がってきた自転車と接触してモナは後ろに転び、自転車に乗っていた人も無理やり避けようとして大きな音と共に倒れてしまった。


「い……、痛たた」

「うわ、ごめん! 大丈夫!?」


 自転車に乗っていた男性が駆け寄り、モナの無事を確認する。ジャケットの左肘部分が破れていて、強く打ったのかジンジンと痛む。


「あ、肘を打ったくらいで……あとは多分大丈夫」

「立てる!?」


 男性はモナの手を取ってゆっくりと立たせた。男性の方は何ともないみたいだ。


「あれ、ヴィエーナのケリーさん?」


 目の前にいる男性はカフェバー『ヴィエーナ』の制服を着用し、先日ランチ配達に来ていたリアム・ケリーその人だった。


「ああ! うちのお客さん! どこか痛む所はある!?」


 客だとわかり、慌て始めるリアム。恐らくモナのことはどこの客だか覚えていないのだろう。

 左腕とお尻が痛むけど、そろそろ事務所に戻らないと休憩時間になるし、早く取引先ファイルを覚えてしまいたいという思いの方が逸る。


「私は大丈夫なので、構わず行ってくださいね」

「そういう訳にはいかないって……左肘の所、血が滲んでる! 店すぐそこだから手当させて。何なら診療所(クリニック)までついて行くから!」


 先ほどは血が滲んでいなかったのに、染み出してきていた。診療所(クリニック)まで行っていたら混みあっているだろうし、休憩時間が終わるまでに帰ってこれない。


「じゃ……お店で傷口を洗わせてもらっても?」

「勿論! 本当に申し訳ない!!」


 モナが落としたバッグをリアムが拾い、自転車を起こして店まで連れて行ってくれた。




「リアム! お前、また荒っぽい運転したんだろ!? モナさん、うちの従業員がお怪我をさせてしまい大変申し訳ありません!! そこで傷口を洗ってください! あと治療費やその衣服代はうちが持ちますので、後で請求してください!」


 マスターだと言う男性がリアムと一緒に頭を下げて謝罪する。


「それは有り難いです……。今まだ勤務中ですぐ事務所に戻らないといけませんので、後日ご連絡させていただきますね」

「はい、ミラーさんにも連絡を入れておきます! お詫びにもなりませんけどうちの無料券を差し上げますので、次回良ければ食べに来てください!」


 と、手に十枚くらいの無料券を握らされた。

 ジャケットを脱いでみると、下のシャツも左肘の部分は血が染み出ていて、服はどちらもダメになってしまっていた。


「うわああ、めっちゃ血が出てるーっ!」

「騒がなくても大丈夫ですって……」


 怪我した本人より血を見て大騒ぎするリアムを見ていると、逆に冷静になっていくモナ。

 水で傷口を綺麗にした後、リアムが騒ぎながら応急処置をしてくれたが、左肘は包帯で大層グルグル巻きにされ、曲げられなくなっていた。余ほど血を見たくなかったのか。


「俺送ってきます!」

「あ、いえ! もうお昼のピークタイムでしょう。私は一人で戻れますから結構です」

「じゃ、モナちゃん連絡先教えて!? 後で改めてお詫びさせて欲しい」


 もうお昼休憩の時間に差しかかっていた。予定が狂って焦っていたモナはリアムに連絡先を教え、急ぎ事務所に戻った。


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