05 親友と報告会
仕事から帰宅して自分の部屋で寛いでいると、突然友人が部屋に入ってきた。
「モナ〜! お疲れ!!」
「び……っくりしたあ! お疲れ様、リア。ママが勝手に入れたの?」
仕事帰りに訪ねてきた友人を母が家に入れたらしい。
学生時代の友人、アメリア・ワグナーだ。
彫りが深くて目は大きく、唇もぷっくり。メイクもお洒落も大好き女子だ。
今日は明るいブロンドの長い髪を高い位置でポニーテールにし、毛先を巻いている。色白の彼女によく似合っていた。
「来るなら連絡してよ。もしかして職場から直接?」
「そう、司書の制服を見せたくて~! どうよ!?」
彼女は卒業後、国立図書館の司書の仕事に就いた。
最初は興味がなかった癖に、司書の制服が可愛いと突然言い出して、あっという間に資格を取って一発で合格したのだ。彼女はいわゆる、秀才だ。
今彼女が着ている司書の制服は、光沢のある滅紫色ブラウスの胸元フリルが、黒刺繍の入った薄灰色ジャケットから出ていて女性らしい。そのブラウスと同じ滅紫色のスカートが、長いジャケットの下半分の隙間から見えるデザインだ。職場では下に黒いレギンスを履くのだという。
「司書の制服むちゃくちゃ可愛い。あんまり気にしたことなかったけど結構可愛いんだね」
「でしょー! モナの仕事スーツはつまんないもんね」
ハンガーラックにかけられているスーツの上下にチラリと視線を向けるアメリア。
「余計なお世話だよ。あれは制服みたいな物だと割り切ってるし」
モナは今、愛用の部屋着を着ている。ふわふわのフェイクファーで出来た長袖とショートパンツの上下セット。モフモフのウサギ耳付きフードを被って。
モナは商会で働いている時の姿とは別人だった。
「あんなダサスーツ着てる女子が、まさか家でこんなモフモフ着てるなんてね~!」
「仕事以外では好きなの着させてよ。このモフモフが癒やされるんだもん……」
ふわふわモフモフと愛らしい物が大好きなモナの部屋は、ヌイグルミがいっぱい飾られている。
床のラグマットもふわふわ。壁は淡いパステルブルーと白のストライプで家具は白。部屋全体がパステルピングやラベンダーといった愛くるしい内装なのだった。
「事務所の人に見せることはまずないし」
事務所に着ていくゆったりスーツは、モナの中ではただの仕事着だった。ダサくても気にしない。
その反動で、職場以外ではとことん好きな格好をする。流石に職場の人にこの趣味を見られるのは恥ずかしいとは思っている。
「で、どうだったの? アッシュ・ミラー氏は」
これが聞きたくて堪らなかったらしいアメリアは、ラグマットでヌイグルミを抱いて座るモナの前で正座した。
彼女はとても面食いだ。モナがミラー商会に入ったことは勿論知っており、初出勤だった今日のことを聞きたくて我が家まで突撃して来たらしい。
「会長はすんごい格好良かった。ちょっと怖くてすんごい大蒜臭かったけど……」
「めっちゃ幻滅じゃん」
ミラー会長がわざと口臭を指摘させたエピソードを話すと、アメリアのイメージしていたアッシュ・ミラーは崩壊したらしい。
「うーわ、アタシはちょっと無理だわっ。意地悪な人より優しくて紳士な上司がいい!」
「尊敬してる会長には変わりなかったよ! 魔法道具のアイデアがどんどん湧くみたいだし。でも私、あの事務所では落ちこぼれみたい……」
他の人達は皆、魔法が得意らしいが自分は彼らに遠く及ばない。同期のグレンの魔法の腕も優れていると知り、余計に比較してしまうのだった。
「あははは! モナは唯一魔法が苦手だよね。でも魔法も努力すれば出来るようになるって! ……たぶん」
秀才の彼女に言われたくはない。モナはコツコツ努力するタイプで、学校の成績も常に五位以内をキープしていたが、アメリアはいつも適当で真面目にやっていなかったにも関わらず、常に十位以内にいた。とても不公平だと思う。
「ところで会長以外にイケメンいない? 図書館はお堅くてさあ、飲み会とかもなさそうで。このままだと学生の時より出会いがない!!」
イケメン……ミラー会長はもう除外されたのか。好みの問題だからモナがおすすめだと言える人物は思い当たらない。そもそもモナは職場の人間を異性として意識して見ていなかった。
「入ったばかりでそんなによく知らないし」
「中身じゃなくて外見! イケメンと知り合いたい!」
アメリアは本当にイケメン好きだ。学生の時もイケメンと言われた男子を追いかけ回しては振られていた。そしてメンタルも強い。
モナもミラー会長の顔は好きだが、アメリアと違うところは異性として意識していないということ。ただ、尊敬している人物なのだった。
「あまり意識して見てないんだよね。そもそもイケメンと言える人はいないかな。二十代は半分くらいしかいないと思うし」
「そっかー。図書館は広いからもうちょっとじっくりいい人探そうかな。モナも仲良くなったら友人でもいいから紹介してもらってネ」
アメリアの職場で男漁りするような考えには共感できないが、彼女は精神的に余裕があるらしい。仕事の不安とか何もないのだろうか。自分は不安だらけで恋愛などしている暇もなさそうだ。
「あ、モナ」
フードのウサギ耳を両手でギュッとアメリアに握られ、顔を上げると覗き込むようにアメリアがこちらを見る。
「何か困ったことがあったらちゃんと相談してよ~?」
「……うん」
アメリアはフードの上から子供にするように頭を撫でる。同い年なのにお姉さんのような顔をする彼女に、いつも安心をもらっている。彼女がこうする時は自分が不安そうな顔をしているのだろう。
明日中に取引先ファイルも覚えなくてはならず、業務を覚えながらだと忙しくなるだろうな。きっと不安を感じてる暇もない筈だ。
翌朝。
昨日より早く起きて支度し、始業の一時間半前に事務所に到着した。
中に入るとまたミラー会長が先に来ていた。デスクでコーヒーを飲みながら新聞を読んでいる。一体、ミラー会長はいつ事務所に来ているのだろう。
昨日見せられたあのボサボサ頭だった本人とはまるで別人で、少し癖のある髪を無造作に真ん中で分け、自然に下ろしている。
ミラー会長のプラチナブロンドの髪はツヤ感もあって本当に綺麗で、女性が見ても羨むほどだろう。
今日はネイビーのカットソーにライトグレーのロングカーディガンというカジュアルな服装で、ミラー会長は何を着ても似合う気がする。
「おはよう、昨日より早いな。ずっとこの時間に来るの?」
「おはようございます。すみません、お邪魔でしたか? 出勤時間ずらした方がいいです?」
ミラー会長唯一のお一人様タイムだったんだろうか。邪魔してしまったかもしれない。
「いや、変な意味じゃない。朝はゆっくりでいいってことだよ。それに俺より早く来ても事務所開いてないからな」
それはそうだった。早く来たら困るという訳ではないらしいので、これからもこのくらいの時間に来ると伝えると了承してくれた。
モナは自分の席に着き、やることリストの優先順位を確認した後、得意先の暗記を始める。
ここの事務所の掃除は終業時に行うし、デスクは各自だ。なので朝は来たらすぐに仕事が始められる。
昨日二冊覚えたから、今日中に三冊暗記する。
このファイルを作ったのはサイモンのようだ。彼の字は綺麗で、整然と並んだ文字がとても読みやすい。
少し右下がりの癖のある字は左利きのミラー会長のものらしい。こんな文字一つで彼らの癖がわかるのも面白いものだ。
しばらく記憶する作業に夢中になっていると、肩をトントンと叩かれ、夢から突然現実に引き戻されたかのような感覚になる。
「……ねえ、モナっ」
間近で聞こえた声に振り返ると、グレンが呼んでいた。
「何度も呼んだけど聞こえなかった? すごい集中力だね」
「わ……ごめん」
いつから呼んでいたのだろう。グレンの声すら聞こえていなかった。
【加筆修正のお知らせ】
・アメリアの描写、セリフ。