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モナ・ペトロネアの苦悩  作者: 在ル在リ
ミラー商会
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04 本人に聞くのが一番早い

 残った休憩時間は一人になりたくて外に出た。


「はぁ……。ここの人、皆すごい優秀だ。どうしよう……」


 建物の角を曲がった誰もいないところにしゃがみ込んで溜め息を吐いた。

 まさか、ここで魔法の技術がこんなにも必要になるとは思わなかった。秘書の募集には必須とは書かれていなかったというのに甘かった。



 地面を歩く蟻を見ながらぼんやりしていると、上から声がした。


「あ、いた」


 頭を上げると彼はモナを探しに来たらしく、手に持ったコーヒーを目の前に差し出した。


「もしかして、落ち込んでた?」

「グレン……。わざわざ持ってきてくれたんだ」

「急に姿が見えなくなったから気になって。まだ休憩時間残ってるからゆっくりしろってさ」


 グレンからカップを受け取ってお礼を言う。彼は隣に座ると防音魔法をかけた。さり気なくパッと魔法を使えるグレンを羨ましく思った。


「私、魔法は全然ダメなんだ……。よくここに入れたなって思う」

「モナは秘書だっけ。別に秘書は魔法技術いらないでしょ? なら気にしなくていーじゃん」


 グレンは嫌味のない笑顔を向ける。


 彼はあまり魔法で苦労したことはなさそうだ。さっき見た感じだと、見たことをそのまま魔法で再現出来るようだった。

 モナは学生の頃、生活魔法の授業でとても苦労した。皆が簡単に出来ることを、自分は出来ないことも多かった。実技はダメでも筆記で何とか成績を維持していたのだ。


 もらったコーヒーを飲んでいると、グレンは魔法で土遊びをし始めた。土を固めて魔導列車やレールを作って列車を動かして遊んでいる。まるで子供の泥遊びだ。


「ほら、モナ。ここの先にレール作ってよ」

「ええ? こう?」


 コーヒーを飲みながら、グレンが作っていた続きに魔法で土のレールを作る。精霊の力を少ししか借りられないので少しずつしか作れないけれど。


「私が魔法苦手なのは、精霊に借りられる力が少ないからなんだよね。こうやって土でレール作るにもたったこれだけしか作れない」

「ふうん、人によってそういうこともあるんだなぁ。生まれつき?」

「生まれつきみたい。魔法はダメだけど、代わりに視力はいいし記憶力もいいよ。見たまま丸ごと覚えられるし」

「え、それのが凄くね?」

「魔法が得意な方が羨ましいけどね」

「人は持ってない物が欲しくなるからなあ」


 グレンは笑みを浮かべながらコーヒーに口を付ける。


 何故か左目で見ると、全て見たままイメージで記憶出来る。モナの左目は視力も良い。百メートル離れた距離でも人の顔を識別できるほどだ。ただ、意識して見なければ右目と同じ普通の視力だ。なので両目で見た時の不同視の心配もなかった。



「モナは紅一点だから可愛がられそうだよね」


 グレンは何気なく言ったのだろうが、それが心を重くした。


「私……、女だから多分歓迎されてないよ」

「え? 何で?」

「採用試験の日に外で煙草吸ってた人が話してた。会長は女性を部下にしないって。だから私は補欠採用とかだと思うんだよね……」


 モナが沈んだ声で口にしたその言葉に、グレンは目を見張る。


「……ちょっと待ってて」


 グレンは立ち上がると事務所の中に入っていった。

 どうしたのだろう。

 グレンが中に入ってから少し待っている内に嫌な予感がしてきた。


 戻ってきたグレンは、まさかのミラー会長を連れてきた。

 モナは慌てて立ち上がる。


「こういうことは本人に聞くのが一番早いよ」


 グレンはニコリと笑顔を向けた。

 モナは彼の行動に開いた口が塞がらない。


 そうだ、グレンは出社早々大胆発言した人だ。まさかミラー会長を連れてくるなんて思いもしなかった。

 本来なら、来てもらうのではなくこちらが出向かなければならない立場だ。

 まだよく知りもしないグレンに愚痴ってしまったことを、モナは早々に後悔した。


「で、どうしたって?」


 ミラー会長は真面目な顔で話を聞く姿勢だ。

 モナは渋々、採用試験の日に立ち聞きしてしまった話を伝えることになってしまった。


「なるほどな。ペトロネアはそんな話を信じて今までいた訳だ? 煙草吸うのはアイツらだけだな……」


 低い声でそう言い放つと、事務所の扉を開いて大声で呼び付けた。


「ホーク、セドリック! ちょっと来い!!」


 彼の発した声音に僅かな恐怖を感じた。

 ミラー会長は声も目付きも恐ろしく、モナのイメージしていた憧れのミラー会長とは全くの別人だ。


 ミラー会長の声音で何やら察したのか、ホークもセドリックも慌てて外に出てきた。


「なあ、俺はいつから女性を部下に雇わないなんて、女性差別するようになったんだ?」


 その一言で何の話かわかったらしく、二人は固まった。


「あー……、えーとそれはちょっとノリで! 俺らノリで軽口叩いてただけで!」

「すみません、その時は会長がなかなか女性を雇わないんで勝手にそう解釈してしまってました……」


 ホークが慌てて誤魔化すように話し、セドリックは正直に思っていたことを告げると、ゴツッと鈍い音がした。


「いっ……!!」

「痛っ!」


 会長の拳骨が二人の頭に落ちたらしい。

 二人は頭を抱え、痛みに耐えている。かなり痛そうだ。


「さっきも外で話す時は防音魔法使えって言っただろうが。ここでの私語は禁止だ!」

「すみません……!」

「はい、申し訳ありません!」


 自分より幾つも年上の彼らが若い会長に叱られているのを目の前で見て、モナは唖然とした。

 今も勿論、しっかり防音魔法を使ってるミラー会長。


 彼は小さく息を吐き、振り返るとモナに顔を向ける。


「ペトロネア、俺は優秀な人材しか採らないだけだ。君の実力を見て採用したんだから性別は関係ない。こんな噂話を真に受けるなよ」

「はい……」


 ホーク達が叱られる様子を間近で見て、背筋が凍るほどにモナは恐怖を感じていたのだが、彼の言葉が胸にジンと響く。

 

「あと女子はファーストネームで呼ばない。まぁ……そこはいちいち気にするな」

「は、い」


 気にしていたことを何故彼がわかったのか疑問に思ったが、不満に思っていたことがもしかしたら表情に出ていたのかもしれない。


 ミラー会長が事務所に戻った後、ホークとセドリックも頭を下げて謝っていた。


 そして。


「スッキリした?」


 ニコニコと無垢な笑顔を向けるグレンが、先ほどのピリピリした雰囲気の中、全く動じずそこにいたことにモナは一番驚いていた。


「うん……ありがとう?」

「どう致しまして」

「グレンって、心臓に毛が生えてるよね?」

「生える訳ないでしょ」



 その後業務に戻ったが、殆どサイモンの引き継ぎや説明で秘書の仕事はまだしていない。

 取引先ファイルの暗記や書類作成など覚えることが多く、メモばかりして定時を迎えたのだった。



 モナが退社した後。


「もしアイツが半年以内に辞めるようなことがあればお前ら五パーセント減給な」

「えええぇぇぇ! マジっすか!?」


 ミラー会長がホークとセドリックに厳しく言ったのは、三人の秘密らしい。



〈ミラー商会/終〉

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