表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モナ・ペトロネアの苦悩  作者: 在ル在リ
クレームと不具合
31/70

31 道徳的判断を

 打ち上げは各自解散となり、モナは飲みすぎないよう抜ける事にした。

 グレンは珍しく営業の二人に捕まってかなり飲まされていたので、挨拶だけして外に出た。



「ペトロネア、自転車か?」


 ミラー会長も今日は帰るらしい。


「はい、あれがないと徒歩で四十五分はかかりますからね。会長は近いんでしたっけ?」

「徒歩圏だよ」

「うわ……羨ましいです」

「この辺に引っ越せば?」

「それも考えてはいるんですけどね。実家が楽すぎてなかなか出れません」


 もう大人だというのに、両親に甘やかされて居心地が良いとはとても言えない。


「実家が楽なんて言えるのは、ご両親に愛されてる証拠だな」

「そうだと思います。会長もお一人で暮らしてるんでしたっけ。ご実家出る時、寂しくありませんでした?」

「いや、全然。寧ろ自由になって毎日楽しすぎたな」


 と、ミラー会長は子供みたいに笑っている。男性だとそういうものなのだろうか。一人っ子のモナは両親と離れて暮らす事を考えると、とても寂しいと思うのだった。



 店の近くに置いていた自転車を動かして、ミラー会長に挨拶する。


「それじゃ、お疲れさまでした。今日はごちそうさまでした」

「ああ、お疲れ。……ん?」


 ミラー会長が何かに気付いたのか、自転車を覗き込んだ。


「なあ、ここの窪みって何か付いてた?」


 ミラー会長が指差した所を確認すると、何も付いていない窪みを見て目を疑った。


「え……? あ、精霊石がない!?」

「ここ精霊石が入ってたのか?」

「はい、盗られたんですかね!? もう……最悪です」


 父に就職祝いで買ってもらって大事に乗っていた自転車だった。

 以前、通りすがりに精霊石を取られたと騒いでいた街の女性を見た所だったのに迂闊だった。まさか自分の自転車からも盗られるなんて……。


「ペトロネア、これに魔法を注いでみろ」


 ミラー会長が出してきたのは、うちの製品の精霊の(つがい)だ。本来ペアで使う物だが……。


「これ片方だけですよね? 一個で探し物わかるんです?」

「いいからやれ」


 そっと手をかざして精霊の番に魔法を使う。するとモナの魔法に反応したのかぼんやり光り、その光が伸びて路地の奥を指し示していた。


「行くぞ!」


 ミラー会長が精霊の番を持ってあっという間に駆け出した。モナも自転車をロックして慌てて後を追う。既にミラー会長は路地の端まで行っていて、角を曲がり見えなくなった。


「は、早いんですけど……!!」


 普段モナは魔法の自転車で毎日楽しているから足の筋肉なんて碌に付いておらず、元軍人で無茶苦茶足の早いミラー会長を追いかけるなんてまず無理だ。

 角を曲がっても姿が見えず、周りを見回しながら進むと、更に右側の路地に入った所でミラー会長がしゃがんで何かを押さえている。息切れしたモナが近づくと、ミラー会長は男をうつ伏せに取り押さえていた。


「動くな! 暴れたら痛いだけだぞ」

「痛えええええ!! う、腕、外れるっ……!!」


 男の腕を捻って背中で押さえ付け、体を足で挟んで固定している会長を見て、モナは直ぐ治安隊に連絡した。その男は別の自転車からも精霊石を抜き取っている最中だったらしい。



 暫く待つと駆けつけた治安隊に、男の身柄を引き渡す事が出来た。


「アッシュ様! ご協力感謝致します!!」


 駆けつけた治安隊の一人がミラー会長に敬礼した。様付けが気に入らないのか、ミラー会長は相手の脇腹を小突いていた。知り合いらしい。


 その場で事情聴取を受け、盗られた精霊石は返して貰えた。最近、精霊石泥棒が相次いでいるらしい。組織的犯行だと睨んでいるらしいが、採掘場の事故がここまで影響を与えていたとは知らなかった。


「それにしても会長、滅茶苦茶手際良かったですね」

「今も鍛えてるからそこそこ体力はある方だな。今日は帯剣してないけど、武器を持ってない相手一人くらいどうにかできるよ」


 ミラー会長、スペック高過ぎ……。


「会長って、何でも出来過ぎでもうびっくりです……」

「基本は国の為に動いてるだけなんだけどな」

「へえ、愛国主義者だったんですね」


 意外や意外、驚いた。細かくてがめつそうなミラー会長が国の事を思っているなんて。……こんな事本人には絶対言えないが。

 そして二人は現場から離れ、自転車を置いていた店の方へ歩き出す。


「こんないい国はなかなかないだろう?」


 ミラー会長の若草色の瞳がキラキラと澄んでいて、希望に溢れているように感じさせた。本当にイリシエント国が好きなのだろう。


「そうですね。ここに生まれて良かったです。平和ですし。あ、最近はちょっと物騒ですけど」


 モナの言葉を聞いたミラー会長はプッと吹き出した。


「治安隊に頑張ってもらわないとな」

「ですねぇ。そう言えば工場にカステージ商会と名乗った詐欺師ってどうなったんでしょうね」

「泥棒から何らかの形で繋がってるかもな。捕まった泥棒はノルマがあったみたいだから、そのうち大本に辿り着くだろう。治安隊にも優秀な奴らがいるからな」

「そうだといいですね……」


 色々聞きたい事は沢山あったが、全力で走ってかなり疲れた……。そして眠い。


「君はもう帰れ。遅くなると危ない」

「はい……、そうします」


 ミラー会長が自転車に精霊石を付けてくれたので、そのまま自転車に乗るとミラー会長に何か魔法をかけられた。


「目眩ましの魔法かけといたから他人からはぼんやりとしか見えない。寄り道するなよ」


 魔法でそんな事も出来るのか。魔法に精通してるミラー会長のアイデアにはいつも感心してしまう。


「あ、ありがとうございます。では、会長もお気を付けて!」


 ミラー会長は頷いて、振り返らずに去って行った。遠くの方まで離れていく会長をずっと見ていると、二人の男性と合流し角を曲がって見えなくなった。友人と一緒だったようだ。


 やる事成す事、全てが格好良すぎるミラー会長。あまりにも完璧過ぎて付いていけない事もあるけれど、改めてミラー会長に尊敬の念を抱いた。





 翌日、グレンにこの話をしたら早速、目眩ましの魔法を練習して使えるようになっていた。実験台は勿論モナだ。会長の真似をしてやる事が可愛い……グレンも会長の事が好き過ぎだろう。でもそんな事を言ったら嫌がるだろうから、それは心の中に仕舞っておいた。



 朝ミーティングでは会長から、昨日使った精霊の(つがい)の説明があった。


「昨日ペトロネアに使って貰った精霊の番、実は改良型なんだ。識別の目で魔法の性質を認識するシステムがあるだろう。それを使って追跡出来るようにした」

「それで精霊石を追跡出来たんですか」

「そう。昨日は精霊石に直接魔法を注いで使うタイプの自転車だったから、君の魔法が残ってたんだ。違うタイプの物だったら難しかっただろうな」


 改良型は使用者の魔法の性質を登録して使う方法に変更したという事だった。ペアでも使えるし、片方だけでも魔法の使用痕跡があれば辿れるようになる。


「ホーク、改良型のテストモニターを募集して改善点も洗っといて」

「了解ッス」


 不具合のせいで売上が落ちていたが、モニター製品のプレゼント企画に飛びついた一般客に、改善点や使い勝手などアンケートをもらって更に改良を重ねた。モニターの口コミも話題になり、問い合わせも少しずつ増えている。


 モナも精霊の番をいつも持ち歩いている。盗難被害を経験してしまうとこんな便利な物は手放せない。




 今日の昼休みは昼食の後、モナは個人的な魔法便を出すため外出していた。魔法便局で財布をバッグから出そうとした時、精霊の番が二つ入っているのに気づく。


 一つは少しデザインが違っていて派手で少し重い。モナは見覚えのない方を手に取った。何故二つ入ってるんだろう……。番の片方は服のポケットに入れてあるので、実際には三つ持っている事になる。


「ああ、モナいた」


 知っている声が聞こえて、振り向くとグレンがいた。手にはデザイン違いの精霊の番を持っていて、光の筋が自分の手の中にある番を示している。


「……もしかして、勝手にバッグに入れた!?」

「ちょっとテストしたくて入れさせて貰った」


 悪びれず答えるグレンに、モナは開いた口が塞がらなかった。リアムと同じ方法を使われたのだから。




「会長ー!! ストーカーに使われてますよ!!」


 帰社してミラー会長に告げると、ニコニコしている。


「お帰り。いつ気づいたの?」

「魔法便局で財布出す時ですけど……?」

「じゃ、十分くらいは気付かなかったか。もっと早く気付くかと思ったけどな」


 君は鈍いなとにこやかな笑顔で言われた気がして、モナは怒り心頭に発した。


「……会長がやらせたんですね!?」

 



 以前から使い方のモラルについては賛否両論あったので、適度な大きさと重さ、見つけやすいデザインという仕様にしたらしい。


 ご使用には道徳的判断を。



〈クレームと不具合/終〉

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ