22 魔法が苦手な原因
『本日はありがとうございました』
ミラー会長とクロエが応接室から出てきた。モナはカップを片付けに応接室へ向かう。
二人で何を話していたんだろう?
『こちらこそ、今後ともよろしくお願いするわね。あ、モナ!』
『お疲れ様でした、オールビー様』
『クロエと呼んでね! 後で中を見学してもいいかしら?』
ミラー会長に確認すると開発室以外なら問題ないらしい。
『勿論です、クロエさん。後でご案内しますね』
「ペトロネア。彼女に休憩室でお待ちいただいて、後で会議室に来て」
「あ、はい。承知しました」
クロエを休憩室に案内し、レモネードが飲みたいと言うので用意する。
彼女は人懐っこくて周りに余り警戒心を抱いたりしていない。自分の事を気に入ってくれたようだが、精霊の祝福を受けている目だからだろうか。ミラー会長のように腹の探り合いなど出来ないが、クロエには何か考えがあるのか知りたいところだ……。
『モナはあのボスの元で働くの大変ではない?』
クロエは書類を確認しながら突然質問をしてきた。彼の元で学ぶのはとても勉強になっていると伝えたが、大変とはどういう意味だろう。
『モナはここで秘書として働きたかったの?』
『え、と……そうですね。ここで一番自分に合う職だと思ったので』
何よりミラー会長と仕事ができる唯一の職だと思っていた。他に募集していたのは魔法技術職だったが自分にその技術はなく、総務の募集もなかった。
モナは保存庫で冷やしている蜂蜜シロップ漬けレモンを出して、手際よくグラスに注ぎ氷を入れる。
するとクロエは、モナをスカウトするヘッドハンターが現れたらどうするかと問う。マーナ語だとどういう意味かすぐに理解出来なかったが、他所の商会に誘われたら転職するか? という話だった。
冷やしたレモネードをクロエの前に運び、モナはクロエに告げる。何故そんな事を聞いたのかわからないが答えは考えるまでもない。
『会長がいないなら行く意味がありません』
モナは真摯に、クロエの目を真っ直ぐに見て答えた。会長の元で働きたくてここに来たのだ。他所に行く魅力は一つもない。
『あははは! ボスが好きなのねぇ!』
『彼に憧れてここに入ったので、辞める事はないです』
『そう、よくわかったわ』
クロエはそれからストローに口をつけて飲んだレモネードをとても喜んでくれた。この事務所に他にも女性がいたら楽しいだろうなとモナは想像した。
一度席に戻るとクロエに伝えて休憩室を後にし、ミラー会長の待つ会議室へ向かった。
ミラー会長は待ち切れなかったのか、扉を開くなり遅いと叱られた。少し雑談していた事を話すと、ジロリとモナに鋭い視線を向ける。その目付きにはいつも恐怖しか感じないので、心底止めて欲しいと思う。
「彼女は外部の人間なんだ。一応、警戒しとけよ」
会長は小さく息を吐いて忠告する。
「え……? あ、仕事の話は彼女にはしませんので! うっかり話さないよう気をつけます」
大丈夫かコイツ、と言いたそうな顔をしてモナを見ているミラー会長。モナは決して口は軽くない筈だが、そこまで心配しなくてもいいだろうと少し不満に思った。
「あの場では言わなかったけど、オールビーさん君の能力に興味があるみたいだから」
「そうみたいですね……。でも大した事は出来ませんよ」
「見た物をそのまま覚えるって大した事だと思うけど?」
やっぱりミラー会長は知っていたらしい。モナがフフッと笑うとミラー会長は珍しそうな顔をした。
「それに君の精霊魔法が苦手なのも祝福が影響してる」
「……そうなんですか!?」
「その左目がずっと精霊の力を常に使ってるんだと思う。だから精霊の力が足りなくて他の事に魔法を使えない。それが君の欠点だな」
モナはその言葉に驚きを隠せなかった。家族どころか、自分も知らなかった事なのだから。
「そう、だったんですか……。長年の疑問が解消されました」
ミラー会長が教えてくれなければ一生わからなかったかもしれない。魔法の事はずっと苦労してきた。学生の間も魔法の成績は芳しくなくずっと諦めていた事だった。
モナが皆のように魔法が使えるようになった訳ではないが、原因が分かっただけでも心がとても軽く感じた。
「あと、精霊の祝福がわかるのは、祝福を受けた者だけだ」
「…………! それってオールビーさんも会長も、って事ですか。あれ、でも私はわかりませんでしたよ?」
「君がわからないのは魔法を使いこなせないからだろうな」
そして、ミラー会長は人差し指を唇に当てる仕草をし、これはここだけの話だと言った。クロエにもそう話してあるらしく、モナは口外しないと誓う。二人で会議室に残っていたのはその事を話していたのだろう。
「会長の祝福って何なんですか?」
モナが興味津々な顔でそう聞くと、ミラー会長はこちらを見ずに書類の確認をしながら答えた。
「ペトロネアはもう知ってると思うよ」
「え、何です? 沢山魔法が使える事とか……?」
「そういう事」
やはり彼の能力が突出しているのはそういう事だったのかとモナは納得した。これをサイモンが聞いたら怒るだろうなと呟くと、言わなくていいとミラー会長は笑った。サイモンを魔法の事でからかっていた自覚はあるらしい。
「さ、十七時まで時間もない。さっさと仕事を片付けてオールビーさんを案内してあげて」
「承知しました!」
モナはそのまま会議室を後にし、自分のデスクへ向かった。
モナが出ていった後、アッシュ・ミラーは彼女の入社当時の事を思い出していた。
あの時〝自分は精霊に愛されていない〟と呟いた彼女にそれを言おうか迷ったが、その時は告げなかった。精霊の祝福を受けているのに何故簡単な魔法しか使えないのか、初めは分からなかったのだ。ずっと観察する内に左目が精霊の力を常に使うせいだとわかったが。
わかったところで、彼女が魔法に苦労するのはこの先も変わらない。だがサイモンの言うように彼女に出来ない事は魔法道具で補えばいい。アイツもいい事を言うなと思ったものだ。
ただ、あの祝福を受けた瞳で何が見れるのかはわからない。用心するに越したことはない……か。
アッシュは首に付けたチョーカーや腕のバングル……魔法道具に触れ、思案を巡らせた。
そして確認し終わった書類を手にすると、会議室を出て自分のデスクに戻った。
「そう言えばサイモンさん、お店はどこを予約したんです?」
モナはデスクに溜まっていた封書を仕分けながらサイモンに聞くと、サイモンが少し嬉しそうな顔を見せた。
「今日はダイニングバーじゃなくてレストランだねえ」
「え、珍しいですね。お客様バンザイ!」
すると、デスクに戻ってきたミラー会長が口を挟む。
「解散するまで仕事だと思っとけよ」
初めてのレストランに喜ぶモナを、ミラー会長は笑いながら呆れている。
「はーい。会長は一時間くらい経ったら抜けてくださいね。帰って直ぐ寝てくださいね」
「わかってるって」
「お酒も薄くしておきますね」
「それはしなくていいだろ」
寝不足の会長をさっさと家に帰さなければ、と使命感に燃えるモナ。軽口を叩いていると、休憩室からクロエが出てきた。
『モナ! 中を案内してくれるかしら?』
『勿論です』
クロエは終始目をキラキラさせて、ここはとてもワクワクすると子供のように喜んでいた。そこまで大きな事務所でもないのにそんなに気に入る所があるんだろうか。流石に開発室は見せられないので残念がっていたが。




