21 精霊の祝福
「お帰りなさい! 今、会長が繋いでます」
「近くまで戻ってきてたんだけど馬車が脱輪して……復帰に時間かかるから走った……! マルセルに連絡したけどもう接客中だったでしょ……ごめんな」
と、セドリックは息を整えながら話す。
「あ、急がなくていいですから休憩室に来て下さい。紅茶を用意するので!」
「ふー……、そうするよ」
モナが紅茶を用意する間、セドリックはスクエア眼鏡を外して汗をタオルで拭くと、汗だくで湿ったシャツに乾燥の魔法をかけて乾かしている。
「オールビー様はマーナ語で話されていますけど、セドリックさんマーナ語は大丈夫なんです?」
「大丈夫。モナも話せるだろ? うちの事務所の連中は皆話せるよ」
冷やした紅茶をセドリックに渡すと、一気に飲み干した。
「……ここ本当に優秀な人しかいないんですね」
「モナもね」
そう言われてモナは少しはにかんだ笑みを見せた。
「いつもその顔で接客しなよ」
「この顔ですか?」
真顔に戻ったモナは不思議そうな顔をする。
「ぶっ……、惜しいなあ」
クスクス笑うセドリックは資料を持って応接室へ向かい、モナも紅茶を運んだ。
『――そう、来る途中に聞いたけど大変ねぇ。精霊石の仕入れは影響出ると思うわ』
入室すると、二人はカイナン採掘場の事故の事を話しているようだ。
『オールビー様、大変お待たせ致しました! 遅くなり申し訳ございません』
『大丈夫よ、貴方のボスと話すのは楽しいわ』
彼女は笑顔で答える。待たされて怒ったりするような人ではないらしい。セドリックは良い相手を選んだようだ。
本来ならセドリックが客である彼女の商会へ行って商談を行うべきだが、彼女がこちらに来たいと要望したらしい。エリシア国の中でも田舎の方らしく一部地域ではまだマーナ語が使われているそうだ。
モナは彼女の前に冷たい紅茶とストロー、お菓子を幾つか乗せた小さなプレートを置く。喉が渇いていたのか、クロエは喜んで口を付けた。
『冷たくて美味しい。これいい香りね! ねぇ、貴女の名前は?』
じっとモナの瞳を見つめてくるクロエ。大きなグレーの瞳が澄んでいて吸い込まれそうな程綺麗だ。
『モナ・ペトロネアです』
『モナ、いい名前ね。お気遣いありがとう。お菓子も大好きよ』
とても気安くて、親しみやすい人だとモナは感じた。そしてクロエはとても興味津々な様子で話しかける。
『モナは秘書なの? 可愛らしいわね』
『今年入ったばかりの新人でまだ二十歳ですよ』
セドリックが答えるとクロエはニコリと笑みを見せて頷く。
『そう。モナはいい目を持っているのねぇ。目に受けた精霊の祝福を見るのは初めてだわ』
『精霊の祝福……ですか?』
モナは何の事を言っているのかわからなかったが、ミラー会長はその言葉に眉が一瞬ピクリと動いた。
『貴女の左目の事よ。視力もいいんでしょう。他にどんな能力があるの?』
モナは理解が追いつかず戸惑っていると、ミラー会長が口を挟んだ。
『オールビーさん。彼女は知らないんです』
何の事を言っているのか会長は知っているのだろうか。するとミラー会長はモナに視線を向ける。
「ペトロネア、左目は異常に視力が良いだろう? それは精霊の祝福を受けて生まれたからだ」
「祝福……って何なんですか?」
「生まれつき人より少し能力に恵まれてる者の事を、一部で精霊の祝福と呼んでるだけだ。精霊の祝福を持って生まれる人間なんて極僅かだ。知らない者が多いから、わざわざ言う必要もないと思ってたんだ」
セドリックはそれを聞いて疑問をぶつける。
「会長もオールビーさんもどうやって知ったんです? 俺にはモナの目が特別変わっているようには見えませんけど」
「ここでは詳しく話さないが、まぁわかる者にはわかるという事だな」
ミラー会長はクロエに視線を向けるとクロエも頷く。マーナ語で話してはいないが、ある程度理解できているようだ。
『一先ず、この話はここだけの事にしましょう』
左目で見たものはそのまま覚える。ミラー会長はそれには触れなかったけれど恐らく知っている。入社した時に取引先ファイルを全て暗記してみせたのだから。
ミラー会長と目が合い、扉に視線を移したので退室しろという意味だ。これから商談に入るのだろう。
モナは一礼し、応接室を後にした。
モナはカフェスペースにトレーを戻し、先程の話題について考えていた。精霊の祝福なんて初めて聞いた。多分、両親も知らないだろう。今まで言われた事は一度もない。記憶力が良い子だ、と喜んでいたくらいだ。
色々思考を巡らせていると、グレンが呼んだので開発室へ向かった。
開発室で使われている作業デスクには色んなものが置かれている。試用に使う様々な大きさの精霊石や部品。実験的に作っているらしい魔法道具も色々あって見ていると面白い。
「モナ、防音装置改良してみたから試してみてくれる?」
グレンが白いドーム型の装置を持ってきてモナに差し出した。白いドーム型の装置を空いているデスクに置くと、グレンは操作方法を教えてくれる。
「広げる空間の大きさを指定する方法は、ここに触れて魔法をかけてみて」
モナは言われた通り魔法を注ぐと、軽く注いだだけで大きく空間が広がった。
「わ、前より大きく出来た! 少しの魔法量でここまで大きく出来るんだ?」
「精霊石の量を増やしたからね。コストが上がるからそこの問題もクリアしないといけないんだけど」
グレンは苦笑する。
「どこまで大きく出来るかやってみて」
モナは限界まで魔法を注ぐ。八人テーブルくらいは囲めそうな程、空間を広げられた。
「……凄い。イメージしながら注げば横に広げたり縦に広げたり自由に出来るんだ」
「大きさはこれで充分そうだね。ありがとう」
装置を停止させて試作品をグレンに返すと、自分の為に随分工夫してくれたようで嬉しくなり、自然と笑みが溢れた。
魔法が上手く使えなくてもこれで皆と同じように、外でも気兼ねなく仕事の話が出来るようになる。モナが外部の人と外で話した時に防音魔法が使える人は意外と少なく、やはりミラー商会の人間が皆特別なのだと知った。
コストの問題もあるようだが、無事販売されるのがとても楽しみだ。
「そう言えば掃除の魔法道具も作るんでしょ?」
「うん。設計は進めてるけど他の作業が詰まってて手付かずなんだよね」
やりたいけど出来ないようで困った顔をするグレン。
「人が足りなすぎなんだよー」
ホークは手を上げてオーバーアクションをして見せる。
「そうですね……。製品は増えても人は増えてませんもんね」
「モナ、会長説得して人増やすように言ってくんねーか?」
新人にそんな事言わせても説得力ないのでは……。
「入ったばかりの私じゃ説得力ないじゃないですか」
「今朝、会長の事説教したって聞いてるけど~?」
「ええ!? 説教なんてしてませんけど」
「サイモンから聞いたもーん。モナちゃんが会長に説教した! って」
ホークはニヤニヤと笑みを浮かべる。朝の打ち合わせの時の事を言ってるらしい。モナには説教をしたつもりは一切ないのだが。
「一応、お話は伝えておきますね」
「頼むよ~モナ様~!」
「止めてください……!」
モナは調子の良いホークを睨みつけた。
モナが応接室を出てから一時間が経った頃、中からセドリックだけ出てきた。
「商談は上手く纏まったよ。二人はまだ少し話があるらしい」
「そうなんですか。上手くいって良かったです!」
「この後、全員で会食に行くらしいから十七時終業にするって。頑張って仕事片付けてね。俺はサイモンさんに伝えてくるよ」
「わかりました……!」
接待や会食には個人で行かせないようにしているミラー会長だが、全員で行くなら問題ないのか。とにかく十七時までに今日の仕事を終えなければ! モナは目の前の仕事を急ぎ手を付けていった。




