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モナ・ペトロネアの苦悩  作者: 在ル在リ
精霊の祝福
20/70

20 アクシデント


 確かに今まで気になっていた事だが、ミラー会長のデスクの傍にはいつも剣が置かれているし、遠出する時は帯剣すらしている。流石に外食時には帯剣していないが、あれは軍人としての習慣だったのか……。この国に徴兵制度はないので彼は志願兵だろう。


「……夜間訓練って、それじゃ寝てないって事ですか」

「寝たよ、二時間くらい」

「それは仮眠って言うんです! どうして言ってくれないんですか」


 ミラー会長もサイモンも、モナの剣幕に苦笑いを浮かべている。


「プライベートな事を仕事に持ち込む気はないからな」

「もう持ち込んでるじゃないですか! 寝てない疲れた体で仕事に来てるんですから。会長の体調管理も多少は秘書の仕事だと思います。プライベートな事をあまり詮索する気はありませんけど、仕事に響くなら事前に教えて欲しいです。そうならないように予定を入れますから!」


 自分でも少し声を荒げて、しまったと思った。こちらは何も知らず、今までずっとミラー会長が無茶なスケジュールで仕事をしていたのかと思うと、モナはやるせない気持ちになった。サイモンが今まで調整はしていてくれただろうが、それでももっとやりようはあったと思ったのだ。


「わかった、話せる事は事前に伝える。だからそんな怒るなよ」

「別に怒ってません」

「ふ、……ならスケジュール変更は任せる」


 小さく笑みを浮かべ、会長はそのまま会議室を出た。怒っていないなどと嘘を言ったところで会長にはお見通しなのだろう。


「凄いね……モナちゃん」

「え、あ、すみません。偉そうな事言ってしまいました……」

「いや、会長が任せるって言ったんだよ! 今まで僕が言っても平気だと言って変えなかったのに」


 サイモンが驚いた顔をしているのを見て、目を丸くした。本当にそうなのだとしたら頑張らなければ。任せて貰えたのだから!







 来客の対応をしつつ、書類作成と不要書類の整理など行っている内にお昼になる。


「飯行きましょー!」


 グレンの声でお昼休憩になった。


「俺はいいわ。皆で行ってきて」


 ミラー会長は眠いようで休憩室へ向かう。彼の背に向かってモナが何か買ってくると告げると、彼はひらひらと手を振りながら休憩室に消えた。




「近場で持ち帰りできる店そんな多くねぇから、カフェバーのヴィエーナか、多国籍料理サイルナか、カレー……、どうする?」


 ホークが何を食べるか悩んでいる中、モナは号外新聞を配る人物に人が集まっているのを見つける。


「号外出てますね。貰ってきます」


 号外新聞を三部ほど貰うと、大きな見出しが目に入った。


『カイナン採掘場の崩壊事故!! 作業員五名死亡』


 カイナン採掘場は精霊石の採掘が豊富で、採掘場所有のソリシア商会が仕入れ窓口となっている。国の多くの商会がここから精霊石を仕入れていて、勿論ミラー商会の取引先でもある。


「カイナン採掘場!? 精霊石の仕入れ滞ったらやっべーな」

「私は直ぐ戻って会長に報告入れてきます! ランチはカレーでお願いします!」


 マルセルは慌てて事務所へ戻って行った。マルセルに続いてホークとサイモンもヴィエーナのランチで良いと言い残し、急いで戻って行った。

 モナはグレンと顔を見合わせ、これは大変な事になりそうだと悟った。グレンはヴィエーナに、モナはカレーを買う為、二人で分かれて昼食を購入して事務所に戻った。




 先に帰った三人は、既に工場などに精霊石の確保を指示していて慌ただしい雰囲気だ。休憩室にランチボックスを運ぶと、ミラー会長もソファーでどこかと通話している。


 サイモンのデスクへ行くと、取引先に商品の在庫状況を確認するよう言われ、モナも片っ端から連絡を入れていった。


 十三時から打ち合わせがある為、ミラー会長とホークに先に昼食を食べるよう伝え、その間に第一会議室の準備をする。次に打ち合わせが十三時半と詰まっている為、第二会議室に資料を用意し、モナが昼食にありつけたのは十四時前になった。


「は~、お腹減った……」


 空腹からポツリと一言零した。十二時過ぎに買ってきたカレーは既に冷めている。魔法で少し温め、急いで食べる。次の商談が十四時半なのだ。慌ただしいが、自分で入れてしまったスケジュールだ。もっと考えてスケジュールを組まなければ、と自分を戒めた。


 疲れた時にモフモフの縫いぐるみとか欲しいなとふと思うが、あったらあったで自堕落な自分になりそうな予感がして持参するのはいつも思い留まっている。




 後十五分で次の商談が始まる時間になったが、セドリックが戻っていない。セドリックが取ってきた新規客なので、彼の商談に会長が同席するという形になるのだが、本人がいないと話にならない。連絡を入れてみるも連絡がつかない。


 そうこうしている内に十三時半に始まった打ち合わせが終了し、客の見送りに会長とホークが会議室から出てきた。そしてお礼を言って一礼すると、モナも一緒に頭を下げて見送る。


「ペトロネア、セドは?」

「まだ連絡が付きません」

「ちょっと詰めすぎだな。トラブルとかも予測してもっと余裕持ってスケジュール入れて。営業は特に外にいるし予定通りとはいかない」

「はい、申し訳ありません……」


 自分でも今日のスケジュールは厳しいと感じていた所、ミラー会長にも指摘されて少し凹んだ。今月から一人でスケジュールを入れるようになったのでその責任も大きく感じる。


「まぁ……昼食の時に連絡付いてたんなら何とか戻ってくるだろ。お客様が来たら繋いでおくから」

「は、はい!」



 次の商談客が十分前に到着した。女性のお客様だ。

 背が高く、浅い褐色肌に黒からピンクのグラデーションが入ったセミロングヘア。綺麗な白のワンピースを着ていて快活な印象だ。


「十四時半に約束した、ワタシ、ブール商会のクロエ・オールビー」

「オールビー様、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」

「事務所、素敵!」

「ありがとうございます」


 笑顔も素敵で感じの良い女性だ。少し訛りのある話し方なので、隣のエリシア国の方のようだ。


 彼女は〝識別の目〟の商談相手。うちの中で一番の高額商品だ。

 識別の目はこの商会が注目された切っ掛けになった商品。人が魔法を使う時の性質を識別する技術で、それを応用して扉やゲートに魔法登録した人間のみ通る事ができるシステムを商品化した、その魔法認証システムだ。うちの事務所入口にも付いている。

 この商談が纏まれば大きな売上が見込めるのだ。


 彼女を応接室へ通すと、待っていたミラー会長が挨拶する。


「オールビーさん、初めまして。私が会長のアッシュ・ミラーです。ようこそお越しくださいました」

『わお、男前ね……!』


 クロエは思わず母語で感嘆の声を漏らした。ミラー会長は直ぐそれに対応する。


『お褒めいただき光栄です』


 ミラー会長は満面の笑みで答えた。


 今のはマーナ語のようだ。共通言語はゼナ語だが、近隣諸国の一部でマーナ語を使う国もある。


『お飲み物はコーヒーか紅茶、何かご希望はございますか?』


 モナもマーナ語で声をかけた。


『貴女もマーナ語で話せるのね!? 素晴らしい商会だわ!』

『在学中に覚えたので日常会話くらいですが……』

『ゼナ語は少し下手で上手く話せるか自信なかったの。貴方達が話せるならマーナ語で良いかしら? あ、冷たい紅茶をお願いね』

『勿論、問題ありません』


 ミラー会長はそう言って頷いた。


 モナは一度退室し休憩室の方へ向かおうとした時、マルセルからセドリックがトラブルで遅れてる事を知らされた。

 それとほぼ同時に、事務所の入口が開いた。


「今戻りました!」


 セドリックが戻ってきた。息切れし、汗だくだ。


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