02 精霊に愛される者、愛されない者
モナと同期入社のグレンはミラー会長のデスクの方に呼ばれた。
いつも朝の十五分だけミーティングをやるらしい。開発案件の進捗や共有事項、トラブル報告、相談ごとなどをその場で立って簡単に行うという。
「じゃ、新しい従業員の二人に簡単な自己紹介してもらおうか。グレンから」
「本日からお世話になるグレン・ロス、二十一歳です。沢山、製品開発したいです。よろしくお願いします」
グレンの簡素な自己紹介の後、モナも僅かな緊張を感じながら続けた。
「本日からお世話になります、モナ・ペトロネア、二十歳です。私は精霊魔法があまり得意ではありませんので、この商会の魔法道具にとても助けられました。一日でも早く仕事を覚え、貢献できるよう頑張ります。どうかご指導のほど、よろしくお願い致します」
挨拶を言い終えると一礼した。ここで笑顔の一つも見せておけばいいのだろうが、緊張で硬くなった頬の筋肉が動くことはなかった。
ラフなカジュアル服を着ているグレンと、パンツスーツを着ているお堅いモナ。とても対照的な二人だった。
採用試験の日、多くの人がここを受けに来ていたと思うが、採用がたった二人だということにモナは衝撃を受けた。それほど難しかったということか。
「僕は総務のサイモン・オーウェル、四十四歳。ここでは一番年長者だね。総務なんて大層な部署名を会長がつけちゃったけど、基本はなんでも屋で雑用からクレーム対応までお任せあれ。よろしくね」
黒髪で顎髭のサイモンと目が合い、会釈すると優しい笑顔を返してくれた。白いシャツにグレンチェックのベストを着ているお洒落でダンディなおじ様という印象だ。
「担当と名前だけでいいよ」
ミラー会長はそう言って次を急かす。
そんなに時間はかかっていないと思うが早く終わらせたいようだ。せっかちなのだろうか。
「私は経理のマルセル・クルーガです」
「企画開発のホーク・ハワードっす」
「営業のセドリック・ペレスです。よろしく」
「同じく営業のリロイ・デイヴィスです。よろしくお願いします」
商会の従業員は自分を含めて現在八名。全員髪色が違い、覚えやすい。モナは髪色と名前で全員の顔を覚えた。女性従業員はモナだけだった。
それから各自、今日の予定と共有事項を告げて解散した。
「サイモンとペトロネアはこっちへ」
ミラー会長に呼ばれ、手帳と愛用のペンを持ってミラー会長のデスク前に立った。
今日のために買っておいた手帳は一ページに一日の予定がたっぷり書き込める物。学生時代から愛用している物だ。カバーも豊富でガーリーな可愛いものにとても惹かれたが、仕事だからとパステルブルーのシンプルなものを選んだ。それでもちょっと浮かれて買ったことは否めない。
「会長のスケジュール管理は今まで僕がやってたから、これから秘書のモナちゃんに引き継いでいくね」
「はい、よろしくお願いします!」
サイモンの優しそうな雰囲気に僅かな安堵を覚えた。
それから一日の仕事の流れを教わる。ミラー会長が事務所にいる内に終わらせなければならない仕事が多く、臨機応変に対応する必要があるらしい。
一言一句メモしていると、二人は雑談を交わし始める。
「サイモンが会長やってくれたら、俺は製品開発一筋でいられるんだけどな」
「貴方が立ち上げた商会でしょう。人が増えて落ち着けばいずれ時間も出来ると思いますので、その時は思い切り開発してください」
ミラー会長が会長をやりたくないとは意外だった。それを宥めるように言うサイモンも若い会長との年齢差もあるせいか、モナの目には新鮮に映る。
ミラー会長は魔法技術に優れ、様々な魔法道具を生み出している。そういった製品を生み出すには、商会の経営をしていると時間が足りないのかもしれない。そのための秘書募集だったのだろうか。
「――と言っても二人しか採用しませんでしたので、まだまだ先になりそうですねぇ」
サイモンは穏やかな笑みを浮かべ、ミラー会長は片眉をピクリと上げた。
二人の話を聞いていると、ミラー会長がこちらに顔を向ける。
「そう言えばペトロネア、精霊魔法が苦手とか言ってたな。どう苦手なんだ?」
「あ……。私は精霊に借りれる力の量が少ないようで、簡単なことしか出来ません」
ミラー会長は床に手を広げて風をふわりと起こす。その風が小さく回転し、デスクの周りを一周して戻ってくるとゆっくり浮かび上がって、小さなひとまとまりのゴミが集まった。そのままゴミ箱へ入れるミラー会長。
何気なくデスクの下に視線を向けると、黒の鞘に金の装飾が控えめに施され長く使われているのか年季の入った剣が転がっている。ミラー会長の物だろうか。
「――今のは簡単な掃除だけど、どう? 出来る?」
「今の大きさの風なら起こせますけど、今のは埃が舞い上がったりしませんでしたよね? やり方がよくわかりません……」
対応に困るモナをフォローするように、サイモンが割って入った。
「会長、今のは僕でも出来ませんよ。ましてや苦手だと言う人に、複数の動作を組み合わせた魔法を発動させるのは無理でしょう」
「今のは複数の魔法ってことですか?」
ミラー会長は何でもないことのように簡単に使って見せたが、そんな高度なことをしていたのか。
「風で回転させるのはわかるだろ? 回転させながらゴミを集める収集魔法と、集めたものが散らないようにする魔法。それら全体を移動させる魔法だな」
四つの動作を同時にさせるということだ。頭の中でイメージしてみても魔法量が全く足りない気がする。
「それは……出来ないと思います」
「まあやってみて」
無理だと言っているのに……。
仕方なく、ミラー会長の魔法をイメージして魔法を使うモナ。
回転させる風と移動の魔法はできた。しかし何度やっても他の二つは出来なかった。予想通り精霊に借りられる力が少なく、作った風の渦も維持することすら出来ない。その内に作った風の渦は消えてしまった。
「うん……何で出来ないんだろうな?」
ミラー会長は納得のいかない表情でこちらを見ている。その目がモナも出来て当たり前だと言っているようで、冷や汗が出そうだ。出来ないものは出来ないのだから仕方がない。
彼は同じような風の渦を三つも四つも作って床を走らせていた。一体どれだけ精霊の力を借りられるのだろう。精霊は目に見えないが、彼はとても精霊に愛されているのだろう。
「私はきっと……精霊に愛されてないんですね」
拗ねるようにポツリと呟いたその言葉をミラー会長は拾ってしまったらしく、目を丸くしている。
しまった、不貞腐れたことを口にしてしまったと後悔したが、かといって何か弁明する言葉も思い浮かばず、気まずい。
ミラー会長が何か言いたそうな顔をしていると――。
「ああ、モナちゃん気にしなくていいからね。会長は魔法が優秀すぎて、何故出来ないのかがわからないだけなんだよねぇ。出来ない者の気持ちを理解してもらうのは、まぁ無理だと思った方がいいよ」
サイモンもこういうことで苦労した経験があるのかもしれない。彼の言葉で、居心地の悪さから少し開放された。
「そうですか……。では気にしないようにします」
「サイモン、まるで俺が酷い人間みたいじゃないか」
サイモンにハッキリと言われてもミラー会長は穏やかな表情だ。先ほどのことなど普段から言われ慣れているのかもしれない。
「会長は時々酷いことを仰る時がありますから自覚してくださいね。そもそも魔法は彼女の採用に関係ありませんし。彼女に出来ないことがあれば魔法道具で作ればいいと思いますよ」
サイモンの言葉が名案だとでも言うように、パッと明るい表情になったミラー会長は立ち上がった。
「それもそうだな。君達が出来ないという掃除の魔法道具でも作ってみるか」
そう言うが早いか、ミラー会長は「ホーク」と声をかけてホークのデスクへ向かい、早速今のアイデアを伝えている。グレンも開発に所属らしく一緒に話を聞いていた。
「いつもこんな感じで製品が出来ていくんだよ。会長にあれこれ難しいことを言われて出来なかったとしても、気にしないでいいからね。製品として形にしてくれることもあるから。モナちゃんも何か思いついたら会長や僕に話してくれればいいよ」
「わかりました。便利な物が増えるととても有り難いです」
自分に出来ないことが魔法道具で実現するなんて、それこそ魔法のようで心が弾んだ。それはこの商会に来なければ叶うこともなかっただろう。
ミラー会長はもう話を付けたのかこちらに戻ってきた。
「グレンが設計してみたいらしいからやらせてみる。アイツ掃除の魔法出来てたよ」
「へえ、素晴らしいですね! 魔法が得意みたいですし期待しておきましょう」
サイモン、ホーク、グレン……。皆ファーストネーム呼びだと言うことに気付いた。自分だけ『ペトロネア』とラストネームで呼ばれていた。聞かなくても分かる。女だからだ。
何故かそのことに疎外感を感じてしまった。