17 嫌がらせの犯人
午後からまた魔法便局へのお使い。
サイモンが用事で出られず、モナは一人用心しながら外へ出た。
これはほぼ毎日のようにある雑務なので避ける訳にもいかず、周りを警戒しながら用事を済ませて魔法便局を出た。
事務所付近まで帰ってくると、建物が見えてきたことで少し安堵する。
だが、事務所の前の道に差し掛かった時、上の方から飛んでくる何かの影が見えた。
また前と同じ水の塊!
咄嗟に持ってきていた簡易ボトルの水を使って水の壁を作り、飛んできた水の塊と相殺させた。
何とか間に合ってホッと一息吐く。
すぐに周りを確認するが、乗合馬車が見えるだけであの不審人物は見えない……と思っていたら。
「わーお! モナさん今のよく防ぎましたねぇ!」
モナの後ろから声がし、振り返ると少し離れたところに声の主が立っていた。
眼鏡姿のトゥーリ・クラーラだ。
先日会った時の印象とはガラリと変わって、今日はボーイッシュな格好をしている。これは変装しているんだろうか。
「今の……貴女だったんですか!?」
「あっはっはっは、まっさか~! 私は貴女の後ろをつけて離れて見てただけですからね! それよりいい絵が撮れたんだけど見たいです?」
つけてたっていつから……。
「これ、もしかしたら! ミラー会長買ってくれるかなぁ」
面白いことでも閃いたかのようにトゥーリはそう言うなり、事務所の敷地に向かって走っていった。
何を考えているかわからない彼女を、モナも慌てて追いかけた。
ミラー会長のデスクの前には、トゥーリとモナが立ち、それを後ろから覗き込むようにグレンやセドリック達が集まっていた。
「これが先ほど撮れた絵です」
トゥーリが差し出したのは、会った時にかけていた眼鏡、のようなものだ。
「これ魔法道具か。映像が撮れるの?」
「動きはあまり滑らかじゃないですけど、これ私の自信作ですよ!」
ミラー会長とホークが興味津々に見ている。会長はグレンに何か指示すると、グレンは開発室に何かを取りに行った。
トゥーリの眼鏡にグレンは持ってきた拡大鏡のようなものをセットすると、ボードに拡大された映像が映し出された。
映っていたのは、魔法便局から出てきたモナを後ろから映している映像だった。確かに動きはカクカクしているけど視認性は悪くない。
映像が進むと事務所付近に帰ってきたモナの姿が映っている。
その時、遠くに見えた乗合馬車から何かが飛んできていた。それが先ほどの水の塊だった。
「乗合馬車から……」
人の目が多いだろう乗合馬車から飛ばしていたとは、まさか考えつかなかった。
「クラーラさん、これ複製する方法ある?」
「道具があればできます。が、おいくらで買っていただけます~?」
両手を組んでクネクネしながら、にっこりとミラー会長に笑顔を向けるトゥーリ。
この人、記者より商売人向きだ。
「これ、映像技術ごと売ってくれるなら買うよ」
ミラー会長は目をキラキラさせて、満面の笑みを見せる。トゥーリは喜んで同意した。
技術ごと、と言っているがトゥーリは気付いているんだろうか……。
そしてモナはバツが悪そうにトゥーリに顔を向ける。
「あの、トゥーリさん。疑ってすみませんでした……」
「いえいえ、疑われても仕方ないですからね! ネタの為なら、し・か・た・な~い!」
トゥーリは歌うように楽しげにそう言った。
ボーイッシュな服装のせいだけではなく、彼女は以前会った時の印象とはまるで別人だった。
彼女はこんなノリの人だっただろうか。以前会った時はもっと硬くて怖そうな印象だったのに……。
するとトゥーリはバッグから一枚の紙を出してモナに見せる。
「貴女にはこれを見せてあげようと思って」
それはサロニア出版に送られた投書らしい。秘書枠の採用が不正だったことを訴えている。これには直ぐ、会長が反論した。
「ガセネタだ。どうせ試験に落ちた人間がやっかんでそんなもの送ったんじゃないのか。ヴィエーナの従業員が勘違いしたまま放置しといたのはこっちにも落ち度はあるが……。採用試験の結果も気になるなら見せてやる。ただし、口外するなよ?」
ミラー会長はサイモンに試験結果を纏めたファイルを出させると、トゥーリに見せた。
「ふむふむ……って、はあ!? 何なんですかモナさん九十八点、グレンさん九十七点って異常じゃないです?」
「こいつら、突出してたんだよ。この異常な二人がいたから他の人は運が悪かったかもな。ちなみにクラーラさんは六十七点だよ」
ミラー会長がにやりと笑みを浮かべる。
「ぐはっ……。にぎやかしで受けたから暴露しないでくださいよおっ」
全く恥ずかしそうではなく平然とした顔つきなのに、恥ずかしそうな素振りを見せるトゥーリ。ただふざけているだけのように見える。
本当に取材の為だけに受けたのか……。
セドリックの推測は違っていたようだ。
「治安隊に被害届を出して、複製した映像は乗合馬車組合に見せて犯人を絞ってもらえ。魔法の性質から割り出せば犯人に辿り着くだろ」
乗合馬車を利用するには個人が持つ魔法の性質を登録する必要がある。乗り降りの個人情報が記録されている筈だ。
「承知しました。では仕事を片付けたら後で向かいます」
「何言ってる。今行ってこい!」
何故かミラー会長はお怒りだった。
「でも仕事が溜まってて……」
「モナちゃんこっちに回してくれたらやっとくから、行ってらっしゃい」
サイモンは口角だけ上げて笑顔を見せた。これ以上会長を怒らせないようにと言っているようだ。
グレンも付き添って精霊結晶の粉のことを説明しに行くと言うので、ミラー会長とホークに了承をもらい、二人で治安隊へ行くことになった――。
治安隊に被害届を提出し、精霊結晶の粉と映像を渡して確認してもらい手続きを行った。モナが見た犯人の背格好等も事細かに伝える。
調査に日数がかかるというので全て任せて治安隊を後にした。
「捕まるのかな?」
「わからないけど私は被害に遭わなきゃそれでいいかな。……精神的に疲れちゃった」
「そうだね、ほんとご苦労様……」
グレンに頭をポンポンされる。
子供扱いされたのかと思ったけど、彼の優しい笑顔を見るとそれは労りなのだとわかった。
「グレン、ついてきてくれてありがとね」
「まあモナは色々心配だからなあ」
「色々って何で?」
「同期入社の俺は毎日平和に仕事してるけど、モナの方は入社早々怪我するし、男に付き纏われるし、スーツ二着駄目にしてるし、嫌がらせ被害に遭うし……もう十分トラブル体質だろ?」
グレンは指を折って数えながらモナがトラブルに遭った数を列挙していった。
「い、言っておくけど、私がトラブル起こしてる訳じゃないからねっ!?」
自分がどれだけ事務所で目立っているかを列挙されたようで、恥ずかしくて顔が一気に熱くなった。
「ふはっ。可愛い、真っ赤」
グレンはモナの顔を見てクスクス笑っている。
もう、人のことを面白がって……。先ほど労りだと思ったのもきっと勘違いだ。
「まあ、今日は定時になったらさっさと帰ろ」
「あ〜……、そうしたいのは山々だけど仕事が全然進んでないから、ある程度片付けなきゃいけないかも」
「こういう日くらい手を抜いてもいいんじゃない?」
そう言われても手の抜き方がわからない。取り敢えず急ぎの書類は仕分けてミラー会長に渡して、書類作成は明日にして……。
頭の中で仕事の優先度を考えながら歩いていると、どうやら独り言を言っていたらしく、またグレンに笑われた。
「ほんと、クソ真面目だなあ……」
「真面目で悪かったね。クソは余計でしょ!」
その後ずっと、事務所に着くまでクソ真面目だとからかわれた。
※モナとグレンの会話を追加しました。




