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15 彼らのアパート

 店の前に停めた自転車のロックを外し、モナは自転車に跨って帰りの挨拶をする。


「今日は楽しかったです! また誘ってくださいね」


 事務所では滅多に見せることのない自然な笑顔で走り出そうとするモナの自転車を、グレンは後ろから動かないように荷台部分を掴んだ。


「あれ? 進まないっ」


 酔っ払った女子一人で帰す訳にもいかず、グレンとセドリックはどうしようかと考え(あぐ)ねる。


「モナをどうする?」

「モナは俺ん家に寝かせて、俺がセドん家に泊まっていいかな?」

「あー、そうするか」


 グレンの案にセドリックも同意した。


「そういう訳でモナ自転車降りて。飲酒運転で帰るのは無理だよ」


 グレンはふらつくモナに手を貸して自転車から降ろす。


「ええ……、歩きで帰るのはキツいよ」

「こら酔っ払い! 話聞いとけよ」


 セドリックは酔っ払いモナが面白くて吹き出した。

 職場では落ち着いたしっかり者のように見えたが、プライベートでは普通の二十歳の女の子だった。



 五、六分歩いたところで二人のアパートに辿り着いた。


 三階の真ん中がグレンの家で、五階の角がセドリックの家らしい。

 グレンはモナに家の中を案内してからセドリックの家に行くと告げ、セドリックは先に自宅へ戻った。


 グレンの家に入れてもらうと、彼はベッドルームのシーツやカバー交換をし、着替えを用意する。バスルームの場所やタオルの位置、洗面室にある物も自由に使って良いと説明してくれた。


 グレンは面倒見が良いなと思いながらモナはグレンの部屋を見渡す。

 広めのワンベッドルームで最低限の物しか置いていないシンプルな部屋だ。女っ気もなさそうだった。


 モナは外泊することを家に連絡すると案の定叱られたが、家を丸ごと貸してくれる同僚のことを母がやたらと褒め、お礼をしたいから家に連れて来いとまで言っていた。

 ただの同僚にそんなこと言ったら引かれるだけだと言って通話を終えた。

 そう言えば明日の朝食べれないホルモン焼きどうなるんだろう、と思い出したがそれはすぐに記憶から消えた。


 グレンはセドリックの所に泊まるのか。二人一緒で楽しそう。自分が女だということを非常に残念に思った。「男だったら良かったな」と小さく呟いて。


 玄関に向かうグレンが家の鍵を渡してきた。


「勝手に開けて入ったりしないから持っていて」


 そんなグレンの紳士対応にモナは感動する。

 グレンもお酒は同じくらいの量を飲んでいた筈だ。グレンは殆ど酔っておらず、お酒に滅法強そうだ。

 鍵を受け取ったモナは「ありがとう」と上気した頬で柔らかく笑った。

 するとグレンはこちらを見ながら少し困ったような、何とも言えない顔をして自分の髪を触る。


「同性も楽しいだろうけど、俺はモナが女の子の方がいいよ」


 小さく呟いた言葉をグレンは拾っていたらしい。モナまで男だったら事務所の女性はいなくなるからだろうか。

 同性にはなれないのはわかっているけど、やはり自分だけ仲間に入れないことをモナは少し寂しく思った。


「一人は寂しい? でも男と同じ部屋にいるのは危ないからね」

「あはは、自分で言っちゃうんだ」


 モナが笑っているとグレンの顔が突然近づく。

 情感を漂わせた琥珀色の瞳に自分が映り、あまりの近さにたじろいでいると、ゴツッと軽い痛みが走る。


 グレンに頭突された。


「ほら、こんなに接近しても抵抗しない。もっと男は警戒しなきゃ隙だらけだよモナ。じゃーお休み」


 目の前で玄関扉は閉められた。


 何が起こったのか、モナの頭の中は大混乱だった――。






 カーテンのない窓から朝日が部屋に入り込み、小さな光の粒子が散乱している。

 光が何かに反射してチラチラと瞼を照らし、眩しくてモナは目が覚めた。

 視界に映るのは知らない部屋の天井。

 自分の置かれている状況を確認しようと、モナは飛び起きた。そして昨日グレンに部屋を借りていたことを思い出す。


 ああ……そうだった。グレンの家だった。昨日帰ってないからモフモフに触ってない……モフモフに触りたいな……。


 そんなことを思いながらいつも触っている物がなくて落ち着かない手が、お腹にかけていたキルトケットを撫でた。

 窓に視線を向けると、ウッドブラインドが開いたままだ。昨日閉じずに寝てしまったらしい。それは眩しい筈だ。


 ゆっくり伸びをして体を起こし、バルコニーを見ると昨日洗っておいた下着とシャツが風にはためいている。

 干した衣類を取り込むとすっかり乾いていた。魔法でも乾かせるが、モナの魔法では時間がかかるので外に出しておいたのだ。


 時間はもう直ぐ6時半。


 着替えなどの身支度をし、ベッドシーツやカバーを剥がして借りたシャツと一緒に畳んでおいた。

 化粧品は化粧直しの最低限の物しか持っておらず、下地などがなく困っているとグレンから連絡があった。


『おはよう』


 グレンの声に心臓が大きく跳ねた。


『グレン、おはよう……。もう起きてたんだ?』

『うん。支度したら五階の左の角部屋においで〜。セドがご飯してくれるって』

『わかった。準備出来たら行くね』


 グレンの声色はいつも通りで少し安堵した。


 昨日グレンが部屋を出る前のことを思い出す。

 隙が多いと警告してくれたんだろうけど、心がざわついて……落ち着くまで眠れなかった。

 お酒が入っていたせいか、少し色気のある瞳だったなと思いながら。




 セドリックの家に行くと、グレンの家より部屋数が多く中も広かった。


 何より驚いたのは、女性の物があちらこちらに置いてあるのだが、高級ブランドの化粧品や香水があると思えば、ナチュラルブランドの化粧品や衣服が置かれていて、系統の違う女性が出入りしていると見ただけでわかった。そしてそれを隠しもしていない。


「おはよう、モナ。グレンのベッドでよく寝れた?」


 キッチンで朝食の準備をするセドリックだが、聞き方が何だか(いや)らしい。


「お陰様で……。グレンもありがとう」

「いえいえ」


 預かっていた鍵をグレンに返したが、まだ少し目を見れなかった。


「モナ、化粧品とかローションなら洗面室に色々置いてあるから好きなの使いなね」

「……いいんですか? 恋人の物を勝手に使わせると嫌がられますよ?」

「遊び相手のだからもう取りに来ることもないよー」

「ええっ!?」


 遊び相手とはっきり言うので驚いた。セドリックのきっちりしてそうなイメージが、音もなく崩れていく。


「意外だった? こうやって色々置いてると次に誰か来ても本気じゃないってわかるから、いつもそのままにしてんだよね」

「意外です……」


 次……って、セドリックには本気で付き合いたい人はいないのだろうか。


「ハハハ、人は見た目じゃわからんもんだろ。あ、洗面室かなりごちゃついてるから気をつけて」

「は、はい」


 確かに見た目ではわからないけど、普段紳士的なセドリックのイメージが随分と変わってしまった。


 お洒落な扉を開いて洗面室に入ると、一目見て絶句した。

 洗面台の平らな部分全てに化粧品やボトルが所狭しと置かれ、筆やパフがそのままに、チューブの蓋は開きっぱなしだ。

 美容系魔法道具なども幾つか置かれていて、正直男性の物を置くスペースがない。髭剃りとかどうしているのだろう。


「凄いでしょそこ。リビングはあれでも俺がだいぶ片付けたんだよ……」


 顔をのぞかせたグレンが苦笑している。


 兎に角、女性の物の主張が凄い。

 もう持ち主が来ないと言うならなぜ片付けないのか。ただセドリックが無精なだけなのか。


「す、ごいねぇ……ちょっと触りたくないような」

「放っておいていいよ。あ、俺は一旦自分の部屋戻って着替えてくる。直ぐ戻るけど、モナ昨日言ったこと覚えてる?」


 グレンの言葉にドキリとする。


「セドと二人になるんだからここ鍵かけときなね」


 それだけ言うとグレンは部屋を出ていった。


 心配し過ぎな気もしたが、忠告されたので扉の鍵をかけておく。

 だがそんな心配の必要もなく、モナのメイクが終わるまでにグレンは戻ってきた。


 その後、セドリックが出してくれた朝食を皆で食べた。

 料理は炊いたクヌヌと簡単な野菜とベーコンの炒めものにスープ。ちゃんと作ってくれていて、これがとても美味しかった。


 セドリックは料理も出来て人懐っこいし、いつも清潔感のある格好でモテそうだなと思った。この部屋さえ見なければ……。

 ちらっとキッチンを見たがそちらは片付いている。それはもうピカピカに。

 彼は自分の行動範囲だけ片付ける人なのだろうか。だとすると洗面室は……考えてもわからないのでそこで思考を止めた。



 セドリックは八時までゆっくりすると言うので、八時頃に事務所へ向かうことになった。


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