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14 セドリックとグレン

「とにかく貴女が正式に雇用されたというのはとても信じられません!」

「はぁ……それは私が決めたことじゃないですし、そんなことどうでもいいです。それじゃ」

「ちょ、待って! もうちょっと話を……」


 自転車に跨って移動しようとすると、前に立ち塞がって退こうとしない。


「いい加減にしてください! ちょっ……危ないから――」


 二人が揉めていると、事務所の方から誰か走ってきて仲裁に入った。


「誰が騒いでるのかと思ったらモナとクラーラさんか! クラーラさん、うちの子に何やってるんです!?」


 間に入ったのはセドリックだった。


「う、うちの子って……。いえ、今日はもう結構です!」


 そう言うなり、物凄い速さで走り去ってしまった。



「えっ……逃げた」


 モナはトゥーリが走り去った後を呆然と眺めた。


「モナ、先に帰らないでよ」


 セドリックとは違う声がしたので振り返ると、グレンもいた。


「グレンと飯行く予定なんだけど、モナも来る? 今の話聞かせてもらいたい」

「あ……、はい。構いませんけど……」


 グレンの視線を感じてそちらに顔を向けると、何やら楽しそうな表情を浮かべている。


「モナって、トラブルに巻き込まれ易いの?」

「え、そんな訳ないでしょう。……何でそんな顔してるの!?」

「また新たなイベント発生したなと思って」


 イベント……。




 三人は、南側の住宅地付近にある大衆食堂まで来た。


 単価の高い事務所付近の店と違って、ここらの店は単価が安いのだ。

 モナは家に食事はいらないと連絡すると、作ったおかずを朝ご飯に必ず食べろと約束させられた。ちなみに今日はコッテコテの牛ホルモン焼きらしい。

 明日の朝は脂が辛そうで、食べられるか今から心配になる。



 空いている席に座り、まだ飲むとも何も言っていないのにセドリックが三人分のビアジョッキを注文した。


「俺とグレン、同じアパートなんだよ。最近知ってたまに飯行ってるんだ」

「そうだったんですね」


 セドリックは二十九歳。アッシュブラウンで直毛の硬い髪をアップバングにし、いつも黒のスクエア眼鏡をしている。

 営業で新規開拓を任されていて成績も良いらしい。

 以前、頭を下げて謝ってくれたこともあったせいか、何かと優しくしてくれる人だ。


「モナは何であの人に捕まってたの?」


 グレンが気になっていたらしく、興味津々な顔をしている。


 自分がミラー会長の恋人に間違われていることを話し、採用試験に落ちた彼女が怒りのようなものを自分にぶつけているようだと、主観であることも含めて話した。彼女の靴に粉が付着していなかったことも伝えた。


「ひゃー、女の嫉妬かあ……。クラーラさんしつこいからな」


 セドリックは以前、何度か取材に来たというトゥーリ・クラーラのことを知っているようだ。


「嫉妬なんですか」

「彼女うちの商会のファンだからね。そこに入ったモナに対しての嫉妬じゃない?」

「トゥーリさんは取材の為に採用試験を受けたと言ってましたよ?」

「取材ってのは建前なんじゃないかな。試験本気っぽかったしね」


 ケタケタと笑いながらビアジョッキを口にするセドリック。


「会長のことが好きなんですね、彼女」

「会長だけじゃなくてうちの商会自体好きみたいよ。俺がさっきモナのことをうちの子って言っただけで彼女顔色変わったし、完全な嫉妬だろうな」


 モナはまた面倒臭いことになりそうで溜め息を吐いた。付き纏われるのはリアムの時でもう懲り懲りだ。


「私の正式雇用が信用ならないそうで……。また来そうで面倒ですね」

「会長には一応報告しとくよ」

「ありがとうございます」


 注文した料理が大皿で運ばれてきて、モナは三人分を取り分けていく。

 その内の一品に牛ホルモン焼きがあった。明日の朝もホルモン焼きだから食べるのは控えようと、自分の皿に取らずにいると。


「モナはホルモン嫌いなの? 好き嫌いはダメだよ?」


 意地悪そうに笑うグレンがモナの皿にホルモンを乗せていく。


「別に嫌いじゃないよ! 今日家でホルモン焼きしたらしいから、明日ママに食べろって言われてて控えようと思っただけで」

「ママって言うんだ。可愛い……」


 グレンに笑われてモナの頬が赤くなった。


「馬鹿にしてるでしょ!? こういう呼びグセはもう直らないと思ってるから仕方ないでしょう」


 モナが感情を顕に話している様子を、セドリックは珍しいものでも見たかのように驚いていた。


「へぇ、モナは仕事じゃなければそんなに表情変わるんだ? 可愛いなあ」


 セドリックに普段子供扱いされているせいか、可愛いと言われても小さい子が愛らしいくらいのニュアンスにしか聞こえない。

 仕事では緊張しているだけだと伝えると、慣れてくれば事務所でもモナの笑顔を見れるのが楽しみだとセドリックはからかう。

 いつも会長を相手にしてるとなかなか難しいかもしれないなと、子供を見守るような眼差しだったが。


「ほらほら、冷めるから次々食べてってー」


 グレンが次々に料理を皿へ乗せていく。

 野菜は野菜、肉は肉の皿にきちんと分けて入れてくれる辺りグレンは几帳面らしい。



「そう言えばグレン、前にアメリアと話してたのを邪魔しちゃったでしょ。また機会作って時間取るから、空いてる日があったら教えてね」


 とグレンに告げるとキョトンとした顔をする。


「誰? 女の子?」


 セドリックは興味深そうに耳を傾ける。


「はい、グレンと私の友達が仲良く話してたところを邪魔してしまったので」

「へぇー、グレン気になる子がいたんだなあ」

「え、いや。モナの友達だから普通に世間話しただけで」

「……あれ、そうなの?」


 グレンは笑顔で頷く。


 付き合いで合わせてくれただけなら、アメリアに会わせるのは難しいだろうか……。

 アメリアがまた誘ってきたら会ってもらえるか早速確認すると、グレンは一瞬沈黙し、少し間を置いてから別に構わないと答えた。

 会ってもらえるならひとまず安心だとホッと胸を撫で下ろし、モナはトイレへ行く為、店の奥へ消えた。



 セドリックは隣に座るグレンの様子をちらりと見る。


「おーい、いつもの笑顔が消えてるぞー?」


 セドリックの言葉でハッとしたグレンは笑顔を作る。


「器用なのか不器用なのか……」

「付き合いで会わなきゃいけないのは正直、面倒臭い」


 笑顔をそのままにグレンは小さく息を吐く。


「素直に断れば?」

「ガッカリさせたくないなーと思うとどうも断れなくて」

「八方美人は疲れるだけだぞ?」


 セドリックはニヤリと笑みを浮かべた。


「営業は八方美人じゃないとダメなんだ?」


 グレンが素朴な疑問を口にすると、セドリックは首を横に振る。


「いや、逆だな。誰にでもいい顔するような八方美人じゃ売れない。客はこっちが選ばないと。これから付き合っていきたいと思える人かどうか、うちの製品を使ってくれる人かどうかを見極めるのが大事かな」

「へぇ……流石、うちの新規開拓者だなあ」

「嫌味か! 今日アポ一件しか取れなかったし」


 と、二人は笑った。





 それから三人は他愛もない話をしながら酒を楽しみ、時刻は既に二十三時を過ぎていた。


「モナ、そろそろ飲むのやめて帰ろう。もう二十三時過ぎてる」

「え……? いつの間にそんな時間に……。この一杯飲んだら出ます!」


 満タンに入ったグラスを握りしめるモナの手から、グレンはグラスを奪い取る。


「飲んでたら帰れなくなるから、ね。出るよ」


 割り勘上で会計し、それぞれ帰り支度をする。


「モナ結構飲んだなあ。自転車乗れるの?」

「はい! ちゃーんと帰り道覚えてますから大丈夫です!」


 ふらふら千鳥足で店の外へ出ていくモナ。


「無理だな」


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