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13 女性記者

 あれから三日。

 モナは朝の自転車ルートや通勤時間を変えたせいか被害に遭うことはなく、魔法便局への用事はサイモンが代わっていた為、何も起こっていなかった。



 休憩室で洗ったカップを片付けていると、グレンが何か持ってきた。


「今朝も何もなかったみたいで良かったね」


 グレンは毎朝モナの様子を確認しに来てくれていた。大丈夫だと伝えると安堵するような笑顔を見せて、友達思いの人だなあとモナは思う。


 グレンは先ほど手に持っていた物を出してモナに見せた。


「これ、前話してた試作品出来たから試してみてくれる?」


 グレンの手のひらの上には小さな白いドーム型の装置が乗っている。

 精霊魔法が苦手なモナの為に、防音壁を作り出す魔法道具の試作品が完成したらしい。


 テーブル席に持っていき、早速試作品の防音装置を起動してみる。

 この防音装置は魔法を使うとそれに反応して防音壁を作るようになっている。防音壁が展開する大きさを指定するのは魔法の量で決まる。

 モナが展開した防音壁は、隣りに座ったグレンとの間に装置を置いて、二人が入り切るギリギリの大きさになった。


「思い通りに出来た?」

「……多分。でも私これ以上大きく出来ないみたい。人数が増えたら全員は入れられないと思う」

「魔法の量で調節できない?」

「私が精霊に借りれるのはこのくらいまでなんだよね」


 余りにも少なくて、言葉に出来ないほどグレンは驚いているようだった。

 折角作ってくれたのに何だか申し訳なく思った。


「面倒な奴でごめんね」

「いや……。もっと詳しくヒアリングしておいたら良かったな」


 装置を触るモナの右手にグレンが左手を重ねた。自分の手が骨張った大きな手にすっぽり包まれたことに驚き、グレンを見ると優しい笑顔を見せる。

 何をするのだろうと思ったら、グレンの左手から更に魔法を注ぎ込まれ防音壁の空間が大きくなった。


「これくらいかな」


 スッとグレンの手が離れて、右手に残った温かさも徐々に消えていく。

 グレンは魔法の量を調整してくれただけだった。


「装置の方に大きさの指定が出来るように改善してみるよ」

「ありがとう……。このデザインはグレンが? 前のホークさんの試作品よりシンプルで洗練された気がする」

「うん。前の物はサイズも大きくて軽量化もまだだったしね」


 以前の試作品はサイズも大きく、黒くて岩の塊のような見た目だった。

 今回は艶々の白いドーム型でサイズも小さい。女性が使うことも考慮したらしい。

 グレンのセンスが良くて出来るのが楽しみだと伝えると、彼は仕様書に何か書き込みながら珍しくはにかんだ表情を見せた。



 午後は来客が連続二件と、夕方から営業会議があるので会議室の準備。

 明日以降も暫く来客が続き、ミラー会長の視察予定が随分と先送りになっていた。後で指摘されるだろうが、これ以上の変更は難しかった。


 会議用の資料を営業のセドリックとリロイの席へ運ぶと、セドリックはちょうど通信を終えたところのようで、大きな溜め息を吐いていた。


「セドさん、切られたの?」


 リロイはセドリックの様子から察したらしい。


「ふぅー。受付のおばちゃんを突破できない……」

「はは、強敵現れたか。営業の天敵ガーディアンおばちゃん〜」


 リロイの冗談も聞こえないくらいセドリックは腕組みをし、思い通りに行かない相手への対策を考えているようだ。


「アポイントを取るんですか?」


 モナが会議資料を手渡すとセドリックは頷いた。


「そ。製品を売り込みたい商会の担当者にアポイントを取りたいんだけど、営業ってわかると受付窓口の人に通信切られちゃうんだよね。まずそこを突破するのが難関~」


 お手上げのようなジェスチャーをしてセドリックはおどけた。

 自分もここに訪問営業の人間がアポ無しで来た時は門前払いすることがある。彼らの気持ちを考えると酷いことをしているなと、ふと思った。


「新規営業って担当の方に会うのも大変なんですね。営業ってバレないようにしないといけませんね」


 モナの言葉に、セドリックは「そうしよう」と言って今度は違う相手に連絡し始めた。


『ご多忙のところ恐れ入ります。ブール商会様の魔導ゲート製品について詳しくお伺いしたいのですが、ご担当者様はいらっしゃいますか? ええ。はい、お願いします』


 こちらを見たセドリックはニコリと笑う。客を装って担当者に繋いでもらったようだ。

 担当者に会うには色々と工夫が必要なんだなぁと感心した。営業とバレた途端、相手に嫌われたりしなければいいのだけれど。

 しかしそうはならなかったようで、大型ゲートや扉製品を扱っている相手にミラー商会の魔法認証システムなどを提携という形で売り込んでいて、次回会う約束を取り付けたらしい。話の持っていき方が上手くて感心した。


 彼が取り付けたアポイントは後に大口取引に繋がるのだった。



 その後、モナの仕事も滞りなく進み、退社時間になったのでミラー会長に先に失礼すると挨拶した。相変わらずミラー会長は毎日事務所に残っている。


「たまには早くお帰りくださいね」


 ミラー会長にそう伝えると苦笑いを返されるだけだった。


 グレンはまだ仕事が終わっていない様子だ。嫌がらせがあってから四日目で、何もなさそうだと判断したモナは一人で帰ることにした。


 夕暮れの時刻だが十八時台とは思えないほど、空はまだ明るい。

 イリシエント国の首都ソーンは岩石をくり抜いて作られた建物が多く、岩山に王城があり、その城から広がるように街が築かれている。

 日が沈むと精霊の影響を受けた結晶が光ってライトアップされ、その街並みは幻想的でとても美しく、密かな旅行スポットにもなっている。


 自転車を出してゆっくり進み、事務所から少し離れた所まで来た時、突然前に人が飛び出してきたのでモナは慌ててブレーキを握った。


「いきなり飛び出したら危ないですよっ」

「あの、突然すみません! ミラー商会の方ですよね?」


 前に立ち塞がってモナに声をかけたのは見知らぬ女性だった。

 ライトブラウンの髪を後ろで束ね、キリっとしたシャープな顔立ちで聡明な印象だ。


「私、サロニア出版のトゥーリ・クラーラと申します。少しお話を伺いたいのですが」


 サロニア出版。以前、話題に出た雑誌の出版社でミラー会長の記事を書いたところだ。

 何故モナのところに聞きに来たのか、頭をフル回転させたが何も思い当たらない。

 彼女の靴を一瞥したが、精霊結晶の粉は付着していないようだ。


「初めて採用された女性従業員ですよね!? 是非お話を聞かせ下さい! ミラー会長とお仕事されてみていかがですか?」


 そんなことが聞きたいのかと唖然としていると、彼女はメモとペンを持って待ち構えている。

 モナも愛用しているミラー商会の色インクが必要ない魔法の四色ペンだ。


「何もお答え出来ることはありません」

「あの、失礼なことお伺いしますが、ミラー会長の恋人って貴女のことですよね!?」


 唐突な質問に、モナの頭の中はミラー会長の恋人という言葉で埋め尽くされた。


「ミラー会長が貴女を採用したのって、もしかして恋人だからじゃないんですか!?」


 トゥーリは感情的になっているのか、語気に少し怒りのようなものも感じる。


「ちょっと待ってください……。何でそんな話が出てくるんです? 恋人とかどこ情報ですか!?」

「ミラー会長から直接聞かれた方のお話なので間違いありません」


 ミラー会長がそんな話を他人に言う訳ないだろうと思ったが、少し思い出したことがあり、モナは自転車から降りて話をすることにした。


「その情報って、ヴィエーナのマスターか従業員じゃないですか?」

「……情報提供者のことはお話し出来ません!」


 一瞬驚いた顔をしたので恐らく当たっているらしい。

 トゥーリは嘘を吐くのが下手なのか、随分表情に出ている。よくこれで記者が務まるなと、失礼なことを考えるモナ。

 ヴィエーナのマスターは噂好きだと聞いている。

 以前モナが会長の恋人だと、リアムが勘違いしたのを訂正せず放っておいたので、マスターもそれを真に受けている可能性が高い。


「やっぱり彼らからなんですね。それなら誤解です。ただ勘違いされてるだけなので」


 するとトゥーリは一呼吸置いて質問を続ける。


「なら今はまだ正式な交際ではないということですか?」


 正式も何もプライベートで会ったことは一度もないのだが。何故そこまで勘ぐるのだろう?


「私はただの従業員ですから何もありません……。そんなことを記事にしに来たんですか? だったら迷惑ですよ」

「隠してるだけじゃありません? ミラー会長が貴女に目をかけてなければ、あんな難しい採用試験通る筈ないですし!」


 モナは驚いたが顔には出さず、冷静に振る舞う。

 そっちを疑っていたのか。そしてトゥーリは採用試験の内容を知っている。しかもさり気なく、受かる訳ないと侮辱された。


「トゥーリさんもあの採用試験受けたんですか」


 トゥーリはそれを聞いて目線が泳いだ。どうやら図星らしい。


「取材の為に受けただけです!」


 彼女は怒りに満ちた表情だ。落ちたということだろうが……相当悔しかったのだろうか。

 取材の為と言っているが、もし受かっていたら転職したのだろうか。


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