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モナ・ペトロネアの苦悩  作者: 在ル在リ
不慮の出会い
11/70

11 会長効果

 グレンと入った店は高級そうに見えて値段は手頃、男性服と女性服も置いてある。素敵なデザインの服が沢山あった。


 グレンはここに来たことがあるようで、女性服の方へ連れて行ってくれた。

 春夏のスーツが置いてあるディスプレイの前に行くと、女性店員が見守っていた。直ぐに話しかけては来ないようで、モナはゆっくり手に取ってみる。


「あ……、男の俺がずっと一緒にいると見づらいよね。男性服見てくるよ」


 そう言ってグレンは反対側にある男性服の方へ向かって行った。

 リアムがずっとベッタリ付いてきて精神的に疲れていたから、グレンの気遣いが少し嬉しかった。


 ゆったりしたスーツを手に取っていると、モナの体にあっていないことに気付いた女性店員が声をかけてくれた。

 わざと大きめを選んでいる理由を説明すると、店員は体のラインが出にくい物を幾つか選んでくれる。他に合わせやすいシャツを幾つか選んだ。

 ミラー会長には上物を選べと言われたが、シンプルで機能的な物にしておいた。

 小物のディスプレイに視線を向けるとフェイクファーチャームがあり、触るとフワフワで気持ち良くて自然と顔が綻んだ。触り心地が良くてこういう物は必要ないのに無駄に欲しくなってしまう。


「そういうの好きなんだ?」


 いつの間にかグレンが横から覗き込んでいた。

 夢中で見ていたせいで全く気付かなかった。


「うん。フワフワの物が可愛くて好きなんだよね」

「モナって、仕事以外だと色んな表情するんだね」


 事務所ではきっと硬い表情なのだろう。自分でも自然に笑えていないことは自覚している。


「事務所では緊張してるからなかなか笑えないんだよね。普段ならこうして自然にしていられるんだけど……」

「うん」

「あ、先にこれ試着してくるね」


 グレンは試着室へ向かうモナの後ろ姿を見つめながら、仕事中の彼女の姿を思い出し無意識に比較していた。

 モナが女性らしい格好をしないのはわざとなのだろう。グレンはそこに不思議と興味が湧いた。


 モナは空いている試着室に入ると、通信が入ったのに気付く。アメリアだ。

 どうやらリアムは夜のシフトがあるらしく、向こうは解散したらしい。アメリアが機転を利かせてくれたことに感謝し、買い物を終えたら公園で合流することにした。


『グレンとごゆっくり〜』


 アメリアはそう言って通話を終えた。そう言えばアメリアとグレンの会話を邪魔してしまったのだ。また別の日に会う機会を作ってあげようと考え、ひとまず試着を済ませた。

 会計してサイズ直しを頼み、後日取りに行くことにする。


「領収書もらった?」

「勿論! 明日請求しに行く」

「行く時は付いて行くよ。リアムも働いてるでしょ?」

「ありがとう。今日は折角のお休みだったのに、付き合わせてごめんね。今度お詫びするよ」

「いや、楽しかったよ。普段見れないモナのことも知れたし」


 楽しそうに話すグレンが嫌々付き合ってくれた訳ではないとわかり、少し安堵した。

 店を出て公園へ向かう。もうすっかり日が沈み始め、空が赤く染っていた。

 空を見上げながらグレンが口を開く。


「まあお詫びって言うなら、次は俺の買い物にでも付き合って」

「そんなことならお易い御用だよ」


 そう答えるとグレンが笑顔を見せた。

 公園に入ると、ベンチで待っていたアメリアがこちらに駆け寄ってくる。


「無事ミッション完了して良かった! グレンも手伝ってくれてありがとうね」

「前から話は聞いてたから協力できて良かったよ。でもこれからも接触はしてくるんじゃない?」

「通信は毎日入るからね……。放って置いたら切れるけど、それまでうるさいしどうしたものか」


 モナが困った表情をするとアメリアが突然真面目に聞いてきた。


「モナはさ。リアム君のこと、完全にないの?」


 そう言われて、リアムのことをよく考えてみる。

 モナに好意を持っていることは、あからさま過ぎて鈍いモナ本人でもわかる。モナの好みに合わせようと服の印象から変えてきたのも、きっと彼の好意からなのだろう。

 彼の悪いところばかり見ていたけれど、ストレートにはっきり言葉にするところは彼の長所かもしれない。もっと良く知ろうと思えば他にもいいところは沢山あるのかもしれないけれど――。


「また会いたいと思うか思わないか、どっちなの?」


 グレンが真面目な顔ではっきりと問う。


「会いたいと思ったことはないかな」

「じゃあ、ないね!」


 三人とも笑顔でそう結論付けた。






 週明け、出勤してミラー会長に衣服代と治療費の領収書を見せた。


「もっと高いの買えばいいのに」


 やはり本気で言っていたのか。真顔でそう言うミラー会長が怖い。


「腕はどうなった?」

「今こんな感じですね」


 ブラウスの袖を捲ってミラー会長に見せる。今日は半透明のシートを外して来たので、傷痕がそのまま見える状態だ。傷も塞がって皮膚も再生されたけど、三センチほど赤い色が残ったままになっている。


「これ痕に残るんじゃないか?」

「え、そうでしょうか」


 まだ一週間ほどしか経ってないけどどうなのだろう。


「時間が経っても傷痕残ってたら見せて」

「あ、はい……」


 見せてどうするのだろうと思ったが素直に返事をしておく。



 昼食の時間はヴィエーナの無料券があると話すと、マルセルが留守番として残り、他全員が行くことになった。営業のセドリックとリロイが二人揃って一緒に昼食へ行くのは初めてのことだ。


「モナちゃん、怪我災難だったね」

「腕はもう良いの?」

「はい、傷はもう塞がりましたよ」


 と言って腕を見せると渋い顔をする二人。モナ本人はそこまで目立つとは思っていないのだが、女の子の腕に傷痕が残ってしまったと気の毒に思っているらしい。セドリックなんか、可哀想によしよしと撫でる仕草までして子供扱いだ。



 ヴィエーナに行くと、早速ミラー会長がマスターに請求金額を告げている。しかもモナが渡した領収書の合計より金額が上乗せされていた。十万も使っていないのだけれど。


「いらっしゃいませ!! あ、モナちゃん来てくれたんだ!」


 リアムが奥から現れて近づいて来たが、グレンが前に立って近寄れないようにしていた。


「奥の席いい?」

「はーい、どうぞ!」


 八人席テーブルに案内され、モナは皆に一番壁側の席に行くよう言われたので奥の方に座った。皆の反応を見ていると、モナがリアムのことで困っているのをいつの間にか全員が知っているようだった。


「あ、無料券使ってもいいのかな?」

「いいよ~! 全員分かな?」


 リアムがモナの方へ手を伸ばそうとするが、モナの持っている券をサイモンがさっと受け取ってリアムに手渡した。

 ミラー会長はマスターから封筒を受け取ってテーブル席に来ると、リアムを引き止める。


「あ、リアム」

「はい、ミラー会長なんでしょう?」


 するとミラー会長が少し威圧的な声で言い放つ。


「モナはうちが大事にしてる奴(部下)だからな。もうちょっかいかけるなよ」

「え!? ミラー会長の大事な人(女)だったんですか! すみません、し、知りませんでした!!」


 真っ青になったリアムは頭を下げ、慌ててカウンターに戻っていった。

 明らかに( )内の言葉が合っていない気がするけど誰も訂正せず、皆は黙って笑いを堪えていた。


「勘違いさせとけ」

「はあ……。え、と、ありがとうございます?」


 ミラー会長にファーストネームで呼ばれたのも初めてで驚いたけど、意図的だったらしい。



 その後、食事を終えて一息ついていた時、セドリックがポツリと零した。


「あ~、面白かった」

「え……?」

「今日、請求しに行くって聞いてたから、モナの件もどうなるのかなって気になってたんだ」

「俺もちょっと見てみたくて、昼食の時間空けてたんだ。野次馬でごめんね、モナちゃん」


 リロイも申し訳無さそうな顔でそう言うが、口元が緩んでいる。

 営業の二人はただの野次馬で、わざわざスケジュール調整して付いてきたと、そういうこと?


「三人も四人もデート相手いるようなの、真面目なモナには合わないでしょ?」


 セドリックがそう言うと、他の皆も頷いている。


「リアムってそんなに相手いるんですか……」


 皆が頷いているのを見て、自分だけが知らなかったのかと恥ずかしくなった。先日リアムの襟元に見えた痣はもしかしなくても、キスマークだったのかもしれない。


「五人くらいいなかった?」

「一人嫌われたみてーよ?」


 皆、口々に言い始めた。何故そんなに詳しいのだろう。


「ここのマスター噂大好きなんだよ」

「聞きたいことがあったら、さり気な~く話すとポロッと零すからね」


 セドリックとリロイは面白そうに話してくれるが、二人はそれは巧みな話術で話を聞き出しているのだろう。


「そう、なんですか……」


 驚くことばかりで……本当に驚いた。


 後でミラー会長に渡された封筒の中身を見てモナが目を丸くしていると、にこりと笑みを浮かべるミラー会長。半分はリアムから出させたと言う。


「迷惑料だって。もらっとけ」

 


 本当にそれ以来、リアムから連絡が来ることはなくなった。

 どれだけミラー会長が怖いんだか。会長効果が凄いことも初めて知った。



〈不慮の出会い/終〉

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