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部屋と名前

「「ひっ!」」


 転校生の折川に気付いた華恋と蓮人は小さな悲鳴をあげ、ふたりしてドタドタと二階の子供部屋に逃げていく。


 おそらくトラウマになってるんだろうな。

 どっちも人見知りだし。


「あ、逃げっちゃった……」


 こいつには自分がその逃げられた原因である自覚はあるのだろうか。


 だがそんなことはどうでも良い。

 問題はこいつがなぜここにいるかだ。


「おい、なんでお前はまた家に来てるんだ?」


「だって昨日、お義母さんにいつでも来て良いって言われたから」


 おい今こいつお義母さん(・・・・)って言ったか?

 さりげなく恐ろしい呼び方だな。


「来なくて良いと俺は昨日言ったはずなんだがな」


「あれ? そうだっけ?」


「覚えてないのか。なら今すぐ精神科病院に行ってくるといい。さあ行け、すぐ行け、今行け、さっさと行け」


「別に覚えてるもん!」


 そう言って折川は頬を膨らませる。


 か、可愛い……。


 はっ! 俺は一体何を。


「ねぇ、竹林くんの部屋に入れてくれない?」


 俺が折川に見とれていると、折川はそんなことを言い始めた。


 部屋に入れてだと。

 そんなの答えは一つだ。


「嫌だ」


「えー、なんでよぅ」


「すまんな、俺の部屋は女子が入ると燃える呪いにかかってるんだ。だからさっさと帰りたまえ!」


「燃えるの!? っていうか、なんでそんな頑なに帰らせようとしてくるの?」


 それは帰ってほしいからに決まってるだろう。


 でもこのままでは帰ってくれそうにない。

 ここで言い争いをしてるときに、母親が帰ってきてもめんどくさくなりそうだ。


「チッ、分かったよ。早く上がれ」


「わーい、ありがとう!」


 何がありがとうだ。こいつは遠慮という言葉を知らんのか。


 仕方なく折川を家にあげ、俺の部屋がある二階へ向かう。

 二階に上がると、華恋と蓮人が子供部屋のドアの隙間から顔をのぞかせていた。


 俺らが視線を向けると、バタンと勢いおくドアを閉めながら隠れてしまった。


 俺が折川を見ると、折川はバツの悪そうに苦笑いし、


「いやぁ、嫌われっちゃたね……」


 と言って頬をかいた。

 それを見て俺は思わず失笑してしまう。


 プークスクス。嫌われてやんのー。


「プークスクス、嫌われてやんのー」


 はっ! 口に出てしまった。


「ふん、どうせ自業自得ですよっ!」


 折川はそうやって拗ねてしまった。


 やっちまったー、と思いつつ、まぁいいやー、とも思ってる俺は、人として性格がひねくれてんなぁと他人事のように考えてしまった。


 俺は拗ねる折川を放置し、自分の部屋の扉を開ける。


「シンプル!」


 部屋に入った瞬間の折川の第一声がこれだった。

 拗ねていたんじゃなかったのかこいつは。


「なんだそんなツッコミいれて。お笑い芸人でも目指すのか?」


「目指さないよ! ってそうじゃなくてなんでこんなに物がないの!?」


 確かに俺の部屋を一言で表すならば、それは“シンプル”だろう。


 部屋の大きさは六畳で、扉の真反対に窓があり、その窓がある壁に向かってベッドが置いてある。

 部屋の左には勉強机があり、右には小さな扉がついた押し入れがある。


 だがまぁ物が少ない。


 これは単に俺が物欲が薄いっていうのもあるし、こう部屋がぐちゃぐちゃしたのが嫌いなのだ。


「別にいいだろ物がなくても。いいからそこら辺に座れよ」


「へぇ竹林くんらしい部屋だね」


 俺らしい部屋とは一体何なんだろうな。


 それにしても俺は何「いいからそこら辺に座れよ」とか言っちゃってんのかな。

 まるで友達が遊びに来たかのような感じだ。


 まず前提として、こいつは転校初日に俺の彼女宣言をし、ストーカーをしたあげく、俺の家に押し掛けたのだ。

 完全に頭がおかしい。

 こんなやつを俺はなぜ友好的に接してるんだ?


 もっとぞんざいに扱うべきでは?

 でもそれだと俺の数少ないポリシーが……。


 ああーっ! ジレンマだ!


「っておい! お前は何をしてるんだ!?」


 俺が考え事をしていると、ふいに折川は立ち上がり、押し入れの扉を開け、そこにある俺の衣類を漁り始めた。


 こいつ俺が考え事をしているときになにしやがる。


「え? いや竹林くんのパンツどこかなって?」


 これはもう通報するしかない。

 この変態はもう手遅れだ。


「だから無言で110番するのはやめてよ!」


「あ、こら! またひったくるな」


 110番をしようとしたら、またスマホをひったくられた。

 俺はすぐさま取り返す。


「もう、ただの冗談だから本気にしないでよ」


「冗談だと? ちょっとつまんなかったわ。前世からやりなおしてもらっていい?」


「なんで前世から!?」


「前世がやだったら来世に期待するのもいいかもな。ほら今ここから飛び降りればワンチャンあるよ」


「前世も来世もやだよ! っていうかここから飛び降りても骨折になるんじゃない?」


「ワンチャンって言っただろうが。話を聞けや単細胞」


「単細胞!?」


「そうだ。お前はミジンコ以下ということだよ。よかったな、ミジンコを(うやま)えるぞ?」


「ミジンコ以下なの!? 全くよくないよ!」


 ミジンコ以下は嫌か。じゃあ大腸菌以下というのはどうだ?

 とさらなる罵倒を言おうとしたら、折川は唐突に真面目な顔をし、


「ねぇ、私はお前じゃないよ。名前で呼んで?」


 と言ってきた。


 名前だと……。

 俺は女子を名前で呼んだことなんてあるか?

 いやない。名字ですら呼ばない。


「んじゃあ、折川さん」


 だから俺の限界は名字にさん付けだ。

 だが、彼女はそれに納得していない様子だ。


「さんはいらない。凪咲(なぎさ)って呼んで」


 ハードル高っ!

 無理やて……。


「よ、ん、で!」


 そう言って折川はぐっと顔を近づけてくる。


 ち、近い!

 可愛いし、なんかいい匂いするし、ああー! 畜生!


「ナギサ」


「なんか片言じゃない?」


「渚」


「漢字が違うような……」


「nagisa」


「発音いいね! っていうかわざとでしょ!」


「凪咲」


 仕方ないから真面目に呼んでやった。

 こうやって名前を真面目に呼ぶと、凪咲は俺の顔を見つめたままフリーズした。


 ――え、どうしたこいつ。


「っくしょんっ!」


「あ、ちょ、かれん!」


 唐突にくしゃみの音が俺の部屋に響き、続いてそれをたしなめる声が聞こえた。

 俺がドアの方を振り向くと、ドアの隙間からこちらの様子を伺う、双子の姉弟がいた。


「おい、華恋、れん。何をしている」


「に」


「に?」


「逃げろー!」


「きゃああー!」


 蓮人の逃げろを皮切りに、華恋は叫び声を上げながらドタドタと部屋から逃げていった。


 俺は突然の事にしばらく固まる

 だが現状を整理し、未だフリーズしている凪咲を一瞥し、


「逃がすかああーっ!」


 と言いながら、あのふたりを追いかけるべく部屋から出た。

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