言い訳と再来
俺の所属する部活はバドミントン部だ。
中学の時は内申稼ぎのために、幽霊部員として卓球部にいた。
高校では入る気はなかったが、高校は強制的に何か部活に入らなければいけないらしく、平山に誘われるがまま入ってみた次第だ。
結果として楽だった。
朝練もなく、メニューはそこまでキツくない。
入って良かった良かった。
と思ってた時期が俺にもありました。
この女が目の前にいる時点で、マネージャーというものがある運動部に入ったことを後悔した。
いや文化部に入ったところで結果は同じか。
とりあえず、なんで?
こいつやっぱストーカーだろ。
こればっかりは自意識過剰ではないと思う。
初対面であんなこと言われ、家にまで来たならそう思うのも無理はないだろう。
さらに俺の部活のマネージャーになるというこの現状。
一体俺が何をしたというんだ。
俺と目が合い、小さく手を振る彼女を見てつくずくそう思った。
「竹林! 声出せ声!」
それを見た先輩が嫉妬からか、俺に声を出させようとしてくる。
あいつ見てくれだけはいいからな。
何もしなければほんとにモテるだろう。
こうして、いつもよりきつく感じた部活を終え、平山と帰路につく。
「あの子まさかバド部のマネージャーになるとはな。よかったな」
「よくない。全くよくない」
「そうか? 俺的には結構タイプだぜ折川さん。知久がうらやましいよ」
「何さりげなく転校生を名字で呼んでやがる。昨日は転校生って呼んでくせに」
「いやぁ、なんかちゃんと名前で呼んだ方がいいかなって」
「どうしたきもいぞそれ。あまりの気持ち悪さに吐き気を通り越して気絶しそうだな」
「酷い言い草だな! つーかなんで吐き気を通り越すと気絶なんだ!?」
「ふっ」
「いま鼻で笑う場面あったか!?」
「なんかお前って頭悪いんだなって」
「今それを実感する場面だったか!? 意味分からんわ!」
「否定しないと言うことはつまり……事実であると?」
「ぐぬぬぬ、ムカつくなほんとに……」
あーすっきりした。
こうして俺は日々のストレスを、毒舌という形でいつも平山にぶつけている。
だが心なしかこいつも喜んでる気がする。
今も笑顔だし。
……まさかM?
いやまさかな。
そうこうしている内に平山とは別れ、駅から自宅への道のりを一人で歩く。
平山と歩いてる時も感じていたが、やはり昨日と同様に視線を感じる。
確実に気のせいなどではない。
これは俺のストーカーの犯人をつかまえる良い機会だろう。
そう思った俺は、突然立ち止まり、後ろへとダッシュする。
その俺を見て逃げようとしている影の目の前に回りこむと、案の定、俺の想像していた顔がそこにあった。
その名も折川凪咲。転校生の美少女である。
「……言い訳を聞こうじゃないか」
おもむろに俺は尋問を始める。
だが転校生は特に焦った様子もなく、
「言い訳と言われても、私別に悪いことしてないし」
と堂々と言い切りやがった。
「ストーカーはストーカー規制法により犯罪行為だ。悪いことと言わずになんだと言うんだ」
「ストーカー? 別に私はストーカーなんてしてないよ」
こいつ頭沸いてんのか?
「現行犯のくせになにいけしゃあしゃあと」
「現行犯? ああ、さっきのあれね。あれは別にストーカーじゃないよ」
「ストーカーと言わずになんと言うんだ、あ?」
「私はただ竹林くんについて行ってるだけだよ」
いや、沸いてるどころか脳味噌が蒸発しきってるようだ。
「お前脳味噌腐ってんの? ねえ。それをストーカーって言うんですよ」
おっと、思わず暴言が。
言わずに聞こうと思ったのに。
「それは違うよ竹林くん。ストーカーの定義は『ある相手に関して一方的な恋愛感情や関心を抱き、相手を執拗につけ回して迷惑や被害を与える人』だよ」
何言ってるんだこいつ。
国語辞典の暗記でもしたのだろうか。
「ほう、つまりあなたはわたくしに対してないも被害を与えてないとおっしゃるので?」
頭のおかしい転校生に向けて、皮肉たっぷりの言葉をあびせる。
だがこいつはケロッとした様子で、
「うん、そうじゃん」
と言いきった。
その瞬間、俺はこいつにヘッドロックでもしてやろうかと思ったが、相手が女子であるという事実に直面し、言いようがないストレスがどんどんたまってくる。
「二つ、良いこと教えてやろう。まず、あの転校初日のお前の自己紹介の時点で俺は被害を被った。そして帰り道についてこられた時点で心労がつのった。はっきり言って迷惑だ。これ以上の理由が必要か?」
よし、はっきり言ってやったぞ。
これでもうストーカーはされないだろう。
変に噂を立てられることもなくなる。
万々歳だ。
と思っていた俺の予想は盛大に打ち砕かれた。
「え、でも聞いた話だと男子はそれでうれしがるって」
どんな男子だそれ。
一体誰から聞いたんだ。
あいにく俺は違う。
ストーカー癖のある女とは付き合いたいとは思わん。
そこまで童貞をこじらせとらんわ。
「あいにくだが、俺に関してはそれはない。全く嬉しくない」
「えー、そんなぁ」
「そんなもこんなもない。金輪際、そういうことはやめてくれ」
俺はそう言い残し、足早にそこを去る。
こいつとはもう会話しないほうがいい。
こんな頭の沸いたメンヘラ女と関わってられるかってんだ。
後ろを一切振り向かずに歩いていると、ついに我が家が見えてくる。
「ただいまー」
「あ、おかえり」
「おかえりなさーい、お兄ちゃん!」
帰宅を告げると、リビングからは蓮人が顔を出し、華恋がてててーと擬音がつきそうな勢いで出迎えてくれた。
やだなに可愛い。
抱きついてきた妹を抱き返し、これでもかと頭をなでる。
「あのね! あのね! お兄ちゃん。今日、華恋ね!」
そして楽しそうに今日の出来事を語ってくれる。
癒しだ。華恋は俺の一日の疲れを癒してくれる。
アニマルセラピーならぬシスターセラピーというやつだろう。
「とも、顔がきもい」
そんな俺を見て、弟の蓮人がディスってくる。
ふはははは、今の俺にそんな攻撃は通じない。
「れん! お兄ちゃんはキモくない!」
なぜなら華恋が俺をかばってくれるからだ。
ゆえにこの竹林知久は最強である。
ひれ伏せ愚民ども。
だがその俺の万能感を打ち砕くように、インターホンが鳴り響く。
ぎぎぎと音がつきそうな勢いで、玄関を振り返る。
「なあ華恋。今日お母さんこの時間に帰ってくるって言ってたか?」
「ううん、今日は夜遅くになるって言ってたよ」
「そもそもお母さんはピンポン鳴らさないでしょ」
俺の質問に、双子の弟妹は至極当然な答えを返す。
嫌な予感がする。
今日通販が来るとも聞いてない。
「じゃあかれんがでるねー」
「あ、まっ!」
俺の気持ちなど知らない無邪気な華恋が、玄関のドアを開けてしまう。
だめだ! それは狼だぞ!
食われるぞ!
「「あっ」」
もちろんそれは狼などではなく、転校生の美少女である折川凪咲だった。