罰と暗雲
「おい、どこへ行く?」
――ギクッ。
ば、ばれたか。
放課後、ホームルームが終わった瞬間に教室を出ようと試みたが、さっきの先生、もとい安藤先生に捕まった。
昼休みとかは、あの女がクラスの奴らに絡まれてたから、俺の平穏は保たれると思ったのだが、その考えがよくなかったのか。
「ばれないとでも思ってたのか。竹林、お前これで三回目だぞ」
「いやぁ、早く帰って魔王を倒さなければいけないんです」
「先週は竜を退治するとか言ってたがそれはもういいのか?」
あれ、そんなこと言ったっけ?
あいにく覚えてない。適当に返そう。
「ええ、討伐は成功しました」
「それはよかった。ってよくないわ。お前はそうやってすぐ冗談に走る。私はまじめな話をしているんだぞ」
よくないらしい。別に冗談に走ってるつもりはないんだがな。
言い訳が冗談風に聞こえるだけだ。
「僕もいたって真面目ですよ」
キリッとした顔をして先生を見る。
だが先生は苦虫をすりつぶしたような顔をしている。
一体何が気に入らないと言うのか。
「何が僕はいたって真面目ですよ、だ。本当にお前は問題児だな、竹林。一体考え事とは何を考えてたんだ?」
考え事?
あー授業中の話ね。
「それはもちろん世界平和についてですよ。安藤先生のせいで世界平和がならなかったらどうするつもりですか」
「安心しろ。竹林がいくら考えても意味はない」
「おや、それは俺ごときが何を考えても無駄ってことですか? 人格否定ですか? 教育委員会に訴えますよ」
ふっ、どうだ。必殺教育委員会に訴えるぞ攻撃。相手は死ぬ。
教師に対して効果大だ。
「地味にくる攻撃だな。だがいい加減私は怒ったからな。私は大人だし、教育委員会に本当に訴えられても困るからここで怒りはしないが、竹林は覚悟はできているんだろうな」
「うっ……」
これだから部活の顧問はいやなんだ。
一体俺にどんな要求をするつもりだ? 四十近いおっさんに何か要求されても俺はうれしくない。
「外周5周な。部長には言っとくからさぼるなよ」
オウ、ジーザスッ!
「走りながらその教師に対しての生意気な態度を改めるんだな」
そう言って先生はいなくなる。
畜生め。授業中に考え事なんてするんじゃなかった。
全部あの女のせいだ。
俺はぶつぶつ文句を言いながら、部活をするべく
部室へと向かった。
◇◇
鬼の部活が終わり、平山と一緒に帰宅する。
「うう〜、つ〜か〜れ〜た〜」
「あれは知久が悪い。自業自得だ」
「うるさい。だまれ。消えろ」
「ふっ、自慢の毒舌もキレがないぞ?」
「チッ」
さすがに外周5周は辛かった。さらに追加で部長から筋トレをさせられた。
それがきついのなんのって。
それにこいつは俺を笑ってばっかだし。
同じ部員として同情心はないのか鬼め。
――はぁ、バカだな俺って。
「それでよ知久。お前、ほんとに転校生と知り合いじゃないのか?」
「違げーつってんだろ。あの女の話をするな」
「機嫌悪いなぁ。いいじゃんよ別に。あの転校生めっちゃかわいいし、お前あんなこと言われてうれしくないのか?」
「全くうれしくない。あの女のことを考えてたからこんな目にあったんだぞ」
「おやおや、そんなに考えてずいぶんあの転校生にご執心ですなぁ」
こいつ、気持ち悪いくらいににやにやしやがって。
いつものいじりを根に持ってやがるな。平山のくせに生意気な。
ムカつくから置いてってやろう。
「おい知久、待てよ! 急に走るなって。悪かった。俺が悪かったから逃げんなよ!」
「許さん。一生許さん」
「重い! 一生は重いわ!」
気持ち悪い走り方をする平山を拝もうと後ろを振り向く。
すると、思ったより普通の走り方をする平山の後ろに、黒い影のようなもの見えた。
一瞬、犬か猫かとも思ったが、圧倒的に影が大きい。
あれは確実に人間だろうな。
電柱に隠れているのがバレバレだ。
視線もすごい。
ここは……うん、無視しよう。
俺は何も見ていない。
見ていないったら見ていない。
「ん? どうした、知久?」
「いやなんでもない」
「ん? そうか」
◇◇
電車に乗り、自分の家の最寄り駅で降り、途中で平山とは別れる。
自分の家に向けて歩き始めてしばらく経ってやっと後ろからの視線を感じなくなった。
一体あの視線は何だったのだろうか。
今日学校で感じていたあの転校生のねちっこい視線と、全く同じだと感じられるのは気のせいなのだろうか。
気のせいであってほしい。
確かにあの転校生は美少女だ。もう直視できないほどに。
だがそれとこれとは話は別だ。
いくら見てくれがよくても中身があれだと……なぁ〜。
別に俺は特別面食いという訳ではないから、変人とつき合えと言われてもうれしくはない。
むしろこちらから願い下げだ。
まぁモテない俺に選り好みする権利はないんだがな。
そんな自虐を考えてる内に、我が家に到着する。
「ただいまー」
ドアを開け、家の中に入る。
何げなしに玄関に置いてある靴を見ると、家族の靴とは別に、小さなローファーが目に入った。
もちろん俺のではない。
「あ! とも! ねえねえ誰! ねえ誰なの!?」
帰宅した俺に気付いたのか、リビングから弟の蓮人が出てくる。
現在小学生3年生だ。
にしても何が言いたいのかさっぱりわからない。
誰と言われても俺はお前の兄ちゃんだろうが。
お兄ちゃんにおかえりくらい言いなさい。
「うるさいなぁ、れん。何の話だ?」
「だから変な人が来てるんだって! ともの知り合いでしょ。何あの人!」
「あの人?」
一体誰のことを言ってるんだ?
ついに俺の弟は頭がイカレたか?
「とりあえず来て!」
そう言って俺をぐいぐいと引っ張られる。
おいおいそんなに引っ張るなよ。
――それにしても、さっきから嫌な予感がするのは気のせいだろうか。
玄関であのローファーを見たあたりから、怪しいなとは思っていたが。
「ほらあの人だよ!」
弟はそう言って一点を指さす。
れんに言われるがまま、その指の先を見やる。
「あ、おかえりなさい竹林くん!」
……は? どゆこと?
そこには、まるで自分の家のようにソファーでくつろぐ、あの変人転校生がいた。