視線と謎
予知夢を駆使して主人公は未来の残酷な運命と戦う!
なんていうファンタジー展開になんてなる訳はなく、普通に一時間目の授業は始まった。
例の彼女は一番後ろの席に座ってる。
実は今朝には空き机として教室の後ろに置いてあったらしいが、まさか転校生が来るとは皆も思わなかったらしい。
それにしても授業中だというのに後ろから視線を感じるのは気のせいではないだろう。
もちろんその視線の主は例の転校生である。
さっき、後ろを見たら目が合ったから間違いない。
普通こう言ったら羨ましがられそうだが、俺は全くうれしくない。
なぜなら、なんというかこう視線にねちっこさを感じるのだ。
まるでストーカーに見られているみたいなそういう類の視線だ。
正直怖い。
あの爆弾発言といい、あの夢といい、この視線といい、あの子は一体何を考えているのだろう。
善良な普通の高校生である俺に何を求めているのだろうか。
分からない。死ぬのか? 俺は死ぬのか?
「お前絶対しょうもないこと考えてるだろ」
「ん? 平山? 授業終わったのか?」
考え事をしているうちに授業は終わっていたようだ。
平山に話しかけられる。
「とっくにな。何トリップしてんだよ」
「悪かったな。で、なんか用か。早くしないとお前のせいで周りの空気が腐るからさっさと用件を言って帰れ」
「ひどい! 俺のせいで空気は腐らねぇよ!」
「いいから早く言えっつーの」
「おうそうだったな。お前さっきのなんだよ。知り合いか?」
「あんな知り合いがいてたまるか。変な奴はお前で十分だ」
こいつはなんてことを訊いてくるんだ。
心外でたまらん。
「そこで俺を引き合いに出してディスっていくのはやめようか!」
いちいち突っ込むなぁ。事実なんだから仕方ないだろ。
「ねえ竹林くん。ちょっといい?」
平山と言い合っていると、鈴をころがすような声が聞こえた。
声の主は件の転校生だ。
何故話しかけられたか分からず、俺がしばらくフリーズしていると、しびれを切らしたのか、転校生はぐっと俺に顔を近づけてくる。
「聞いてるー? 聞こえてるー?」
近い近い近い近い誓い治貝近い! うーん良い匂いが……じゃなくて!
「いいえ、聞こえてないです」
「聞こえてるじゃん」
何がおもしろいのか、彼女はそう言ってくすくす笑う。
どうしよう、死ぬ。
ひ、平山だ! 平山に助けを――いない。
あいつ逃げやがったな。
「……やっぱり思った通りだ」
俺が平山に恨み言を心の中で吐いていると、ボソッとした声が聞こえた。
「ん? 今なんて?」
「いや、なんでもないよ」
転校生がなにか言ったようだが、あいにく俺には聞こえなかった。
別に難聴系鈍感主人公を気取るつもりはない。本当に彼女の声が小さかったのだ。
それよりもこいつがなぜ俺に話しかけてきたかが問題だ。
ちゃんと訊かなければ。
「ソレデナニカヨウデスカ?」
「大丈夫? 片言だよ?」
「はは、気のせいさ。さあ空の旅へ出かけよう。今日はいい天気だ」
やばい盛大にテンパった。
自分が何を言ってるのか、何を言おうとしてるのか、さっぱり分からない。
「いいねぇ空の旅! 私も行きたい! でも今日は曇ってるよ?」
乗るな乗るな。そこは突っ込む場面ですよ。
そして天気は突っ込まないでくれ。頼むから。
え? 突っ込んで欲しいのか欲しくないのかどっちだよ! ってな。
自分に問いかけるがもちろん答えはない。
うん、悲しい。
それはそうと会話をしなければ。
だが、何か言おうとする前にチャイムに阻まれた。
「授業始めるぞ! 席について!」
そうしてすごすごと彼女は退散していった。
そして俺の横を通りすぎる瞬間、
「またあとでね」
とボソリと呟いていった。
正直、怖い。カツアゲか? そうだな、そうなんだな。
あとで怖い黒服のおじさんたちが出てきて、
「おうおう! おどれお嬢にそげんなこと言わせといて金出さんのかい!」
って俺に金をせびる気だな。
そうだ、そうに違いない。
じゃなければ転校初日にあんなことを言うはずない。
すべては俺から金を巻き上げるつもりだったんだな。
でも俺んちそんな裕福じゃないよ?
わざわざ俺にこなくても他に金持ちくらいいると思うんだが。
……あれ?
なんでわざわざ俺?
もしかして違う?
んー、やっぱり考えても出てこない。
「じゃあここ竹林。――おおーい竹林聞いてるか?」
大変だな竹林君は。がんばって答えてくれたまえ。
それにしても分からん。俺何かやったか?
借金?
いや借金は親を含めてローンくらいしか存在しないはず。
ならなんだ?
「竹林ー! 聞こえてるかー!」
竹林? ああ俺か。
せっかく人が考えごとしてるのに邪魔するなよ。
「考え事してるんです。邪魔しないでください」
あ、しまった。声に出てしまった。
まあいいか。本心だし。
と思っていたら、いつの間にか教壇にいた安藤先生が目の前にいた。
このときになってやっと俺は後悔する。
この安藤先生は数学の教師でもあるが、俺の部活の顧問でもあるからだ。
面倒くさくなる予感しかしない。
「良い度胸だな竹林。私に邪魔するなと言うとはな。ずいぶんお前も偉くなったもんだ」
「先生、言葉の綾というやつです。邪魔するなとはジャマイカでスルメを食うなの略です」
俺は咄嗟に苦し紛れの言い訳を吐く。
「ほう、お前は正確には“邪魔しないでください”と言ったんだぞ?どこにスルメが入るんだ?」
だが、もちろんそんな言い訳が通じるわけがなかった。
「えっとー。見逃してくれません?」
「放課後、職員室に来なさい」
そう言い残して先生は教壇に戻る。
周囲からはくすくすと笑い声が聞こえる。
平山もこちらを見てにやにやしている。
くそっ。俺の必殺、なんかそれっぽいこと言ってればなんとかなる攻撃は通じなかった。
ちなみにこの攻撃を受けると相手は死ぬ。
とはいえこの攻撃が安藤先生に通じていない時点で相手が死なないのは分かるのだが。
はぁ、ダメか。中二病っぽい思考をしても説教から逃げられる方法が思いつかん。
うん、今日は部活さぼって帰ろう。




