膝枕と家
――長い夢を見ていた気がする。
あれはいじめられていたころの記憶なのだろうか。
だんだんと意識が回復してくるなかで、俺はそんなことをぼんやりと考えていた。
――頭に柔らかい感触がある。
ここは家のベッドか?
いや、俺は今日ベッドから起きている。華恋に起こされたんだ。
そして動物園まで来て、凪咲に会って……あ。
ここまで来てやっと記憶が戻ってくる。
動物園を回っている途中、俺はあまりの眠気のせいでベンチで寝てしまったのだ。
重たい目を開くとそこには絶景が――。
俺の目の前には大きなきな膨らみがあり、その奥で天使のごとき美少女が俺の顔を覗きこんでいた。
「あ、ともくん。おはよう」
心地のいい声が寝起きの耳にすんなりと入ってくる。
これが膝枕だと気づくのに大した時間は掛からなかった。
女子への耐性が低い俺は、いつもなら恥ずかしさで死にそうになるが、今回ばっかりはそうはならなかった。
膝枕が妙に気持ちよくて、心地よくて。
目から入る絶景だけでなく、凪咲のふとももの感触がたまらない。
――あれ、俺変態じゃね?
なぜだろう。
疲れのせいだろうが。
ストーカーの件をちゃんと聞いたからだろうか。
彼女なりの行動がストーカーだとわかったからだろうか。
いずれにせよ、女子が苦手な俺がこうなるとはな。
ただいつまでも膝枕をされている訳にはいかず、仕方なく起きあがる。
起きた拍子に凪咲のミディアムヘアが俺の顔に当たり、少しくすぐったい。シャンプーの香りが鼻を通る。
起き上がると、凪咲の横には華恋と蓮人が、お互いに寄りかかり合ってすやすや寝ていた。
「みんなお疲れだね」
「ごめん。迷惑かけた」
俺に膝枕をしてくれていただけでなく、華恋と蓮人の面倒も見てもらっていたとは。
申し訳ない限りだ。
「ううん。いいの別に。私が好きでやってることだから」
凪咲はそう言いながら双子の頭を撫でる。
起きている時はさわらせてくれないからだろう。
「そうは言ってもな。礼はするぞ」
なにか奢れと言われれば、奢るくらいなんともない。
「じゃあお願いがあるんだけど……いい?」
「おう、できる範囲ならな」
◇◇
「じゃあ入って」
「お、おじゃまします」
やたら豪華な観音開きの玄関をぬけ、家の中に入る。
そこには金持ちの家の代名詞のような階段が正面にあり、見える範囲でも十以上の扉がある。
言わずもがな、凪咲の家だ。
凪咲のお願いは自分の家に来てほしいというものだった。
別に断る理由もないから了承し、こうして次の日の日曜日に凪咲の家に来たのだが、その家はまさに度肝を抜かれる豪邸だった。
「おかえりなさいませお嬢様、そちらの方は?」
奥から二十代後半くらいの女の人が出てきて、凪咲に話しかける。
使用人のような人なのだろうか。大人の色気がある綺麗な人だ。
残念なことに普通の私服だった。
そこはメイド服じゃね? と俺は少しだけ思ってしまう。
そんな内心を露ほども出さずに自己紹介をする。
「あ、初めまして。凪咲さんのクラスメイト竹林知久です」
「これはご丁寧に。わたくし折川家の使用人をしております、玉置純子と申します」
そう言って玉置さんは綺麗なお辞儀をする。
そのお辞儀はさすがと言うべきか、ほれぼれするほど板に付いていた。
「ともくんこっちこっち!」
いつしか凪咲は二階に上がっていて、こちらに手を振っていた。
俺はあわてて凪咲を追いかけるべく二階に駆け上がる。
俺が凪咲に追いつくと、凪咲は横にある扉のドアノブに手をおき、
「これが私の部屋だよ」
と言いながら静かに扉を開けた。
その部屋はごちゃごちゃ――でもなく俺の部屋のようなシンプル――でもないごく普通の部屋だった。
いや普通と言うと語弊があるかもしれない。
普通とは明らかにかけ離れた広さを誇っている。
ベッドは天蓋が付いてるし、家具はいちいち豪華だ。
まさにセレブの部屋という感じだ。
凪咲が金持ちなのは知っていたがここまでとは。
俺は部屋を見渡しながら呆然としてしまう。
「ともくん、座って?」
いつの間に移動したのか、ベッドに座る凪咲がそう言いながら隣をぽんぽんする。
――一体何が狙いなのだろうか。
このストーカーがただ家に招いて終わりということはないと思う。
襲われるのか、はたまた脱がされたりするのか――。
何をされるかびくびくしながらも、言う通りに凪咲の隣にかなりの間を空けて座る。
だが凪咲はそんな間を物ともせず、普通に間隔を詰めてきた。
――ち、近いっ! すげぇいい匂いがする。
「あのねともくん。今日家に呼んだのは理由があるの」
「理由?」
「うん。……この前ともくんを膝枕したじゃん」
「うん、そうだな」
「その時にともくんの寝言を聞いちゃったの」
「……」
何か寝言を言っていたらしい。
恥ずかしいが、それよりも何を口走っていたかの方が問題だ。
「ともくん、なんでみんなの中にともくんが含まれてないの?」




