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七つの世界とカオス食堂  作者: 赤いオジサン
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剣と魔法とキャッシュレス決済

ゴブリンに襲われた森を抜けて街に入ると多種多様な人種が視界に入ってくる。

普通の人間、耳が少し尖ったエルフっぽい人、獣の耳や尻尾を持つ人、人というよりも二足歩行している獣と説明する方がしっくりくる獣人…、などなど。


夕暮れが近いからか街の大通りに並んだ食材を扱う露店は夕飯の買い出しに出かけている女性たちで大賑わいだった。


「スーパーは無いのね。」

「何だそれは?」

「スーパーマーケット。色んな物が売っている大型の店よ。」

「科学の世界で流行っている店舗形態か。前に本で読んだが、あれは流通の安定が確保できないからこの世界では無理らしい。というよりも、いつでもどこでも同じ商品が同じ量だけ供給されている店が乱立している事の方が異常なんだけどな。どうなってるんだよ、お前らの世界は…。」


君代とダンチョーがそんな会話をしている。


「意外と賑わいのある街ですね。」

「ここは一番最初に転移の泉が繋がった場所だからな。最も古く、最も発達した街だ。」


転移の泉とは30年前に突如として現れた異世界へと通じる『水溜まり』だ。

紫だかピンクだか良くわからない毒々しい色をした水溜まりの中に落ちると、中は10m程度の水の空洞になっている。水の空洞を抜けるとこの『カオス界』と繋がり、また逆に辿れば元の世界へと戻ることが出来る。

不思議な事に泉の中の水中では呼吸が出来、また体が濡れることも無い。

そして更に不思議な事に、一度泉を通れば他の世界の言語を全て認識・理解出来るようになってしまう。

『光と浮遊大陸の世界』の出身であるモミモミと会話が出来るのもその作用のお陰だった。


「だいぶ頭がハッキリしてきたんじゃないか?一般常識的な事に頭が回るようになったみたいだが?」

「あ、はい、お陰様で。7つの世界に関しては中学の授業で簡単には習いますから。」

「お前の世界では他の世界の事情を一般教育で学習するのか。感心な事だな。私の国も参考にしなければ…。」

「スマートフォンなんて代物を開発する世界だぞ?お前の世界の教育水準と比べたら失礼だろう。」


20分程度歩くと小汚い木造の公民館のような建物の前に到着した。

そこでモミモミが山菜篭を馬から降ろすとダンチョーに別れを告げて去っていった。

どうやらこの小汚い建物がダンチョーの家…、いや違う、『カオス食堂』と手書きで書かれたそんなに大きくない看板が出ているという事は噂に聞くダンチョーの『お食事処』らしい。

正直、入りたくないくらい小汚い。


「まあ入れよ。二階に客室も何部屋か空いている。金は取らないから今日はウチで休んでいけ。」

「え?良いんですか?」


と、『やべぇ、入りたくない』という表情を隠しながら厚意に対する返答を試みる。とはいえ他に行くアテも無いが。


「えー、でも入りたくなぁーい。汚いじゃん。」


君代はズバズバ本音を漏らしている。失礼な奴だな、コイツ。


「ここは開拓時代に国が建てた公営民宿でな。役所の仕事を一部肩代わりする見返りにタダで借りてるんだ。古い建物で外見は悪いが中はしっかり補修してある。安心して入れ。」


山菜篭を抱えながら入っていくダンチョーに続いて中に入ると『カララン』とドアに掛けられているカウベルの音が響き渡った。


「帰ったぞマールバラ。転移者の客人も居るから飲み物くらい出してやってくれ。」


中に入ると夕暮れ時の外の暗がりとはうって変わって白色灯の明るい空間と整然とした構えを見せる美しい大衆食堂が目の前に広がった。

真っ白のクロスのかかった丸テーブルが20卓。テーブルの上にはナイフフォークと花の添えられた花瓶が置かれてお洒落さを演出してる。そしてもう一つ…。


「このタブレット端末は何ですか?」


各机には剣と魔法の世界に似つかわしくない『タブレット端末』が置かれている。

近寄って画面を見ると飲み物とおつまみ限定の注文メニューが表示されている。


「ウチの注文はそれで行っているんだ。欲しいものをパネルで選ぶと厨房のディスプレイに情報が飛んでくる。店の人間はそれをすぐさま用意し、配膳完了と共にスマホのアプリを通してキャッシュレス決済がなされる。」

「えっ!?なにそのハイテク!?」

「お前の世界の人間が売り込んで来たんじゃないか!こういうの常識なんだろ?」

「大手の飲食チェーン店ならわかりますけど、ココって街の食堂でしょ?それにファミレスでさえレジに並んで会計くらいしますって。」

「レジって何だ?」

「何でお店やってるのにレジを知らないのよ。それじゃレジ打ちのアルバイト出来ないじゃん。そっか、これが機械化で人間の仕事が無くなるって奴ね。コヨーモンダイだわっ。」

「雇用問題?残念だがこのカオス界に安定雇用や労働基準なんて物は存在せんぞ。」


つまり無法地帯って事ね。

そういえば数年前にテレビ番組で『国内大手IT企業!異世界でAI技術の試験運用を目指す!』とか特集してた気がする。

変な技術やサービスを導入して失敗しても現代社会ほど細かいクレーム言う奴も少なそうだし好き放題出来る実験場としてこの世界は格好の場所なのだろう。日本の法律とか社会的保障問題なぞ存在する筈も無いし。


「こんばんわー!郵便でーす!」


突如として店に入ってきたのはどこかで見たことのある制服を着た郵便屋。外からは赤いバイクのアイドリング音が聞こえる。


「書留が届いてます。サインかハンコをお願いしまーす。」

「早かったな。クレジットカードの更新なんだよ。新しいカードが書留で届いたか。」

「え?クレカ?ちょっと待て、ここ剣と魔法の異世界だよね?銅貨とか銀貨とか金貨が通貨単位じゃないんすか?あ、いや、そういやさっきレジを知らないって言ってましたよね?ああ、そうか、もしかすると…。」

「ここじゃ現金なんて持ち歩かんぞ。全部クレカと紐づけされたキャッシュレス決済だ。何度も言うが、この世界にドカドカ乗り込んでスマホの通信基地建てたり各種サービスの促進をしまくったのはお前の国だろうが。光と浮遊大陸の世界じゃあるまいし、今更銀貨とか金貨なんて骨董品店にだって無いだろ。」

「いやオカシイ…。むしろ乗り込んだ本国よりもキャッシュレス化が進んでいるんだけど…。ちなみに通貨単位って…?」

「『日本円』だ。」

「ああ、ウチの国だ…。せめて『ドル』と言ってほしかった!」


以前ネット掲示板でこんなタイトルを見た気がしたのを思い出した。


『【世界よ】IT・AI技術 途上国にも負けているので遂に異世界に逃げる【これが日本だ】』


治安が悪い地域ほど盗み易い現金よりもセキュリティー性能が高い電子マネーが普及しやすいという事情もあるのだろう。

郵便バイクの去っていく『ブオォーン!』という音。当たり前のようにいじられるスマートフォン。

異世界という全く違う環境に来たにも関わらず何処か新鮮味に欠ける展開を目の当たりにしている。


「そろそろ夕方のニュースの時間か。」


ダンチョーがそう言うと…。


『テレビのニュースですね?テレビの電源を入れます。』


という音声が聞こえて壁に掛けてある薄型の大きなテレビの電源が入った。なんか近所の小料理屋で見たことがある風景だ。断じて異世界のレストランなどではない。AIスピーカーすら完備している。


「ねぇ、銀。なんかさ、変な違和感があるんだけど。あ、いや、違和感はむしろ無いのかな?」

「俺もだ。異世界初日なんだからもっと期待と不安を膨らませなけりゃならん筈なのにココは日本そのものだ。それが逆に違和感だよ!」

「そう、そうなのよ!井戸で水を汲み薪で起こした火で肉を焼きロウソクの薄暗い(ともしび)の中で欠けた皿の上に盛られた固くて臭いステーキを力いっぱいフォークで突き刺して頬張るのが異世界の寂れた食堂でしょ!?こんなのおかしいよ!?」

「お前、めちゃくちゃ言ってくれるな…。サンダルの底みたいな食感のステーキがお望みならそういう店を紹介するが、残念ながらウチの店は『早い・美味い・まあまあ安い』の自称優良店だ。」

「自称って何よ、自称って。」

「文句は夕食を食べてから言ってくれ。まだ時間はあるから風呂にでも入ってこい。エカテリーナ、客人を部屋に案内して差し上げろ。マール!ジンジャーエールはまだか!?」

「は、はい、只今!」


そんなに背の高くない人の好さそうな青年が盆にグラスを二つ載せて持ってきてくれる。ジンジャーエールらしいが、グラスの淵にはうっすらと塩が添えられている。

口に含む際には僅かな塩気。そしてその後にはよく冷えた炭酸水、…と思っていたが、生姜の辛味と香りが良く効きつつもクドくない清涼感あふれる飲み心地のジンジャーエールが喉を爽快に流れてゆく。


「美味い…。俺がいつもペットボトルで飲んでるジンジャーエールと違う…。なんつーか、生姜の味と匂いが効いてるというか、…こんなの初めてですよ!」

「そりゃどうも。言っておくがウチは生姜水だけの店じゃないからな。」


エカテリーナという15歳くらいの少女に連れられて隣の部屋から二階へと上げられる。

街では色々な人種を見たが、このエカテリーナという娘も人目を引く真っ青な長髪をしている。

君代と別々の部屋に案内されて部屋の設備について簡単に説明を受けたが、昔は民宿として使用していただけあって古い温泉宿でありそうな小さな客室そのままだった。トイレと洗面台くらいは部屋にあるが風呂は共用らしい。


「あなた、記憶喪失なんでしょ?」


部屋の説明が終わるとエカテリーナの方から話しかけてきた。部屋にたどり着くまで寡黙だったので向こうから話題を振ってくるのは意外だった。


「あ、うん、そうなんだ。気が付いたら森の中で寝てた。」

「私も同じ。私の場合は転移の泉の水溜まりにプカプカ浮いてたけど。」

「俺は相方が居たしゴブリンに襲われた時にダンチョー達が居てくれたから良かったけど、君はよく無事だったね?」

「無事じゃないわ。」


え?

無事じゃない?


「私、訳も分からず森の中を彷徨ってたら奴隷商人に捕まって売られてココに居るの。」


アイタタタタタ。

かなりヘビーな生い立ちだこと。

こういう時に気の利いた言葉はないかと脳内でイケメンな文句を探したが、どうやら天童銀さんはイケメンではなかったらしく「ごめん、変な事きいて…。」という気弱なモブキャラ言語しか出てこなかった。


「でもここでの仕事は嫌いじゃないし、ダンチョーも良くしてくれるから悪い生活はしていないわ。」

「奴隷として売られてもか?」

「私の場合は路頭に迷っている所を回収されてそのまま売れらたって感じだった。ダンチョーと違ってネームタグもあるしね。」


エカテリーナは首から下げられたネームタグプレートを見せてくる。


『エカテリーナ=ウッドリス』


「転移が原因での記憶喪失の人ってあんまり居ないの。こうしてこの店に集まったのも…、いや、違うよね…。ダンチョーに拾われたって方が正しいのかな…。とにかく、何かの縁だからよろしくって事。」


何やら照れ臭そうにエカテリーナは言葉を濁した。やはり人付き合いが得意という人種ではないようだ。


「ああ、宜しくな。俺は天童銀だ。記憶喪失だから覚えてはいないが、多分彼女は居ない!募集中だ。」

「調子に乗らないの!私はエカテリーナ=ウッドリス。同じく記憶喪失だから覚えていないけど、多分彼氏は居ない。けど募集はしていないし興味もない。」

「ちなみに一緒に居た君代とかいう女子は彼女じゃないぞ。…、多分。」

「見れば分かる。あんまり相性が良さそうにも見えないしね…。」


夕日も落ちて外が暗くなる頃には下の階の食堂が騒がしくなってきた。

エカテリーナが言うには明日は役所に出向いて色々と手続きしないといけない事などがあって大変らしいので、今日は遠慮なしに飲んで食べてたっぷりと寝て英気を養えという事だった。

手渡されたお風呂セットを手に、まずは異世界一番風呂を頂くことにした。



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