エィパァーム!弾もってこーい!
主人公が現れた!
しかし眠っている!
本日は晴天なり。
穏やかな気候で暖かな日差しと頬を優しく撫でる風が心地よく、絶好のお昼寝日和だ。
「なんと言うことだ!貴様とは二度と山菜採りになんか来るものか!」
原っぱの上に寝転がって心地よい睡魔と戯れていると言うのに何やら外野は騒がしい。
しかしまあ、外野は外野だ。
おネムの俺にはかんけーないっと。
「くそっタレ!数が多い!おいっ、ソコの坊主を叩き起こして剣でも持たせろ!」
「ふえぇ!?あ、アタシ達は関係ないし!」
「やかましい!死にたくなかったらゴブリンの一匹でも殺せ!」
ゴブリン?
何言ってくれちゃってんの?
RPGの世界に異世界転生したわけでもあるまいし、まだまだ夢の中に居るみたいだ。さて、もう一眠りっと…。
「おい、そこのエィパム!俺の鞄から弾持ってこい!」
「誰がアパムよ!ハイハイ、それくらいはやるわよ!っーか、銀!いい加減に起きなさい!私たち初っぱなから大ピンチなんだってば!」
誰かが頭をひっぱたいて睡魔様を遠ざけようとする。しかし目を開いたら負けな気がしたので寝たフリをしていると胸ぐらを捕まれてグラグラと揺らされ、流石にこれには抵抗できずに目を見開いた!
「んだよ!人がせっかくうたた寝してる所を…、って、なんじゃこりゃあ!?」
目の前には胸ぐらを掴むニット帽の少女。周りには見慣れない小柄な人間モドキの死体の山。そしてその山を築いているのが拳銃やアサルトライフルをバンバン撃っている男と全身鎧の騎士だった。
「なんだよ、この和洋中のごちゃまぜフルコースは!?」
と驚いている内にも木の影からゴブリンが飛び出してきたが、男の撃った拳銃の弾に胸を貫かれて絶命した。
「起きたか!おいっ、モミモミ!剣を奴に!」
「ええぃっ!戦場でその名で呼ぶな!」
全身甲冑のモミモミ騎士が右手の剣を投げて居眠り男の側の地面に突き立てた。
「貴様!剣の心得は!?」
「銀なら大丈夫。日本剣術道場の息子だから!」
「えっ!?俺の事?そうなの?」
いまいち実感がない。
というかこの馴れ馴れしいニット帽の女は誰だ?
間違いなく彼女ではない。こんなチッパイは俺の趣味ではないからだ。
剣を地面から抜いて構えてみると確かにしっくりと来る。
すると今度は草むらからゴブリンが飛び出してきた。
「(背丈は人の半分くらいだが、殺して良いものなのか?可哀想じゃないか?)」
そんな葛藤が頭をよぎったが、ゴブリンの木の棍棒を足に受けるとその慈愛の精神が打ち砕かれるほど痛かった。
「野郎、ぶっ殺してやる!」
咄嗟にゴブリンの胸に剣を突き立てて心臓を一突きして絶命させる。他のゴブリン達も襲い来るが、また痛い棍棒を受けては堪らないのであざやかな剣捌きで急所攻撃でなくとも戦闘不能にする程度には敵の体を斬り刻む。
「ほう、なかなかやるな。何なら盾も貸そうか?」
女騎士はそう言ったが、胸の高さまである大きな盾だったので扱える気はしなかった。
「この方がしっくり来るので良いです、モミモミさん。」
「モミモミ言うなといっとろーが!くっ、サンダーブレェード!」
腹いせとばかりにモミ子は大きな雷の剣を発生させてゴブリン三匹を纏めて凪ぎ払った。
こうして死体の山は築かれていくらしい。
「おいっ、来るぞ!魔法防御!」
銃火器の男がそう叫んだ。
「ここは私に任せろ。後ろに!」
モミモミが前に出てご自慢の純白に金縁の大盾を構える。
「マジックシールド!」
その掛け声と共に大盾の前に青白い光の膜が発生した。
飛んで来た魔法はファイアーボール。引退兵士ですらリザードマンを一撃で倒す威力をもつ魔法だ。人間が直撃すれば一溜りもない。
光の膜に触れて火球は爆発を起こし、その衝撃を大盾で凌ぐモミモミ。
「すげぇ。間違いなくこの女の腹筋は割れてるわ。」
「なっ!?貴様は助けてもらっておいてそう言うことを!?」
「おいおいご両人、痴話喧嘩は後にしな。ゴブリンシャーマンが居るとみた。そして仕掛けてきたって事はトドメを刺しに来るって事だ」
魔法の射線上に目を向けると20匹程度のゴブリンと魔法の威力を高めそうな杖を持ったシャーマンが存在し、こちらに向かって突撃をかけてきている。
「魔法が使えるとはいえ所詮ゴブリンだ。虎の子のファイアーボールでこっちは全滅寸前だと勘違いしているだろうな。どっかのムキムキなのかモミモミなのか分からん騎士様が防いだとも知らずに。」
「誰がムキムキだ!大盾と魔法防御は騎士の嗜みではないか!」
「少なくとも女の趣味には入れたくない嗜みだな。で、どう返り討ちにする?騎士様。」
「お前の銃火器で近寄られる前に全滅させれば良いだろう?」
「やなこった。弾って結構高いんだぜ?俺は剣も魔法も弱っちぃから使っているだけだ。出来ることなら俺だって魔法バンバン撃ちたいわ。」
「ならば私の魔法が良いな。しかし少し時間が欲しい。」
「ああ、ならば安くて効果的なのがある。詠唱を始めてくれ。」
男はそう言うと筒のようなものを鞄から取り出してピンを抜いて思い切り投擲した。筒は群れの中で激しい音と光を発して爆発し、一団は悲鳴をあげながら目を手で覆っていた。
「はい、もういっちょ!」
同じくもう一つ何かを投げたが、これは宙を舞う際から煙を吹き出させていた。
「一発目は閃光グレネードで二発目は催涙グレネードだ。暫くは動けんだろうよ」
ゴブリンの群れは催涙ガスの中で涙と鼻水を止めどなく流しながら悶え苦しんでいた。
「あまねく雷たちよ、わが敵を殲滅せよ…」
モミモミが魔力を集中させると白い光が霧のように彼女の周囲に立ち込め始め、まるで魔法力の高まりをあらわすかのように光は広がってゆく。
その魔法力に呼応してかゴブリン達の頭上に幾多の電流がバリバリと存在し始める。
「くらえっ、サンダーストーム!」
モミモミが手を挙げて叫ぶとそれらの電流は大きな無数の稲妻となって何度もゴブリン達に降り注ぐ。まるで雷の嵐だ。
光の後には肉を電撃によって焼かれた哀れな小人の焼死体の山が出来上がっている。
銃火器の男が死体を見回って絶命していない個体に律儀にトドメを入れて回っている。
RPGならばここで勝利のBGMと獲得アイテム、経験値取得画面になっているのだろうが、現実はそうはいかないらしい。
戦闘と戦後処理が終わって一段落つくとお互いの状況について話をすることにした。
「お前たち、異世界からの移転者だろ?俺はダンチョーって呼ばれてる。そう呼んでくれて構わない。この先の町で大衆食堂を営んでいる。」
「私はモミジアーネ=サジタリウス。光の浮遊世界のベルフリッツという国の騎士だ。このカオス界には武者修行で来ている。」
良くわからない世界観の単語が沢山出てきているが、取り敢えずこの女騎士が何故モミモミなのかだけは理解ができた。
「私は青山君代。こっちは幼馴染みの天童銀。ほら、銀も挨拶。」
ニット帽の少女は幼馴染みらしい。しかし何でだろうか。まるでその自覚がない。
というよりも、自分が本当に天童銀なのか?
「な、なあ、君代、さん?」
「うわっ?なによサン付けって。銀ってば気持ち悪い」
「いや、何か俺、色々思い出せないんだけど…。何で自分がここに居るのかとか…。」
「えっ!?嘘っ!?記憶喪失!?」
するとどういうわけかモミモミとダンチョーが顔を見合わせた後に困った顔をしてため息をつき、こう言った。
「お前もか…。実は俺もなんだよ。どうやら転移の泉に入ると人によっては記憶を失うらしい。今までの社会経験とかは覚えている部分があれど、自分の事や周囲の人間関係とかがメッキリ思い出せないんだよな?」
「確かに剣の扱いは理解してたけど自分の名前や君代さんの事はまるでわからない…。」
「だからサン付けいらないって、気持ち悪い。」
「首から下げているプレートタグを見てみな。そこに名前が彫り込んである。」
気が付かなかったが、確かに首からタグが垂れ下がっている。そこにらキチンとの『天童 銀』の名前が彫りこんであった。
「俺はコレが欠けていてな。」
ダンチョーが見せてくれたタグは殆どの部分が砕け散っていて『ィーネ…団長』しか記載されていない。名前すらない。しかも破片を溶接してくっ付けた物なので文字列の順序すら怪しい。
「だからダンチョーな訳ですね。俺はまだ名前が分かるだけ幸せって事ですか。」
「医者が言うには何かの切っ掛けで記憶が戻ることが殆どだそうだ。ま、前向きに行こうぜ。まずは俺の店に来いよ。この世界の先輩たちも多いし色々と教えて貰えるだろう。」
「天童銀よ、お前は運が良い。転移早々ゴブリンに襲われて生きているのだし、この世界での初めての食事がダンチョーの料理なのだからな。だからそう悲観するな。きっとうまくいく。」
そう言うとモミモミは特徴的なトンガリ形状の白い兜を脱いで金色の長髪と色白な顔を露にした。
思わず目を見開いてしまう。
てっきり男みたいな短髪で顔と脳みそまで筋肉が侵食しているような鬼ババアが出てくると覚悟していたからだ。
「かーいーじゃないの、モミジアーネ様。」
「おい銀。安易な考えでこの騎士様とモミモミし合える仲になろうなんて考えるなよ。サンダーブレードされたゴロツキは数知れずだ。」
「あ、はい。サンダーブレードされたくないです。」
モミモミは待避させておいた自分の白馬を呼ぶと山菜篭や武具を馬に括り付けた後に跨がって街へと戻ることにした。
天童銀の思っていたより長い異世界生活はこの日から始まるのだった。
「ねぇ、ダンチョーさん。貴様この時間帯なら魔物は出ないから山菜採りに付き合えと言ったわよね?」
「俺が一人の時は出ないんだけどな。」
「今度からはマールバラと来なさい。」
馬の上から語りかける騎士様。
「お前、この前アイツと一緒で死にかけたの知ってて言ってるだろ。」
「私はもう付き合わないから。」
「な、何で二度も同じ事を言うんだよ。皆して…。」
「大事な事だからでしょ。」
帰り道に項垂れたダンチョーのため息がタレ流された。