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十話「俺、領主の軍勢と戦う」

 ゾンビが領主の命を受けた兵士達を蹴散らしてから二日目、太陽が空高く上る頃。ヒチの村の南側にある森で、食器棚が揺れるような音が何度も響く。


 それは鎧の擦れる音、鞘が腰を叩き奏でる曲。森を更新しているのは総勢五百人はくだらない領主の軍勢であった。


 軍の中には剣や槍を持つ兵士だけではない、騎乗している騎士もいれば、弓を持つ兵士もいる。あるいは杖を持った魔法使いのような輩も混じっている。


「全体、止まれ!」


 その軍勢の先頭が森の中を北に繋ぐ街道で止まる。後続も掛け声と前列に倣い、歩みを止めていく。


 シンと少しの間沈黙が続いてから、軍勢に先立ち進んでいた騎兵が数人急いで戻ってくる。彼らは軍の中に加わると、ある人物の元へと近づいた。


「して、何か異変はあったか?」


「はい、領主様。街道は森を抜けるまで、人の姿はありません」


 騎兵の斥候を迎え入れたのは、一人だけ羽の生えた猛獣の意匠をこらしたヘルメットを被っている男だった。男の姿振る舞いは尊大で、馬を降りて報告に来た斥候に対しても馬から見下ろすように睨んでいた。


「では、その先に敵は?」


「森を抜けた先にはアンデッドらしき集団が約百体、その中に罪人メリアの姿も確認されました。こちらはアンデッド化しておりません」


「何っ!? アンデッドが、それも百体!?」


 領主は眼を剥いて驚く。彼の想定ではメリアの他には村人か、もしくは傭兵の類が待ち受けているはずだったからだ。


「ふむ。まさかこれは邪なる勢力の―――。いや、それならば。用心に越したことはないか」


「いかがしましょうか。領主様」


 領主は斥候に命令を請われる。領主は数秒悩んだように見えたが、すぐに下知を飛ばした。


「行軍隊列の前列、両翼前面に槍隊を配置せよ。森からの奇襲に備えるのだ。だが敵の思惑が分からぬ以上、命令あるまで攻撃は禁じよ」


「はっ!」


 領主の軍勢は言われた通り隊列を変更し、再び動き始めた。


 しかしその進軍も、再び領主の指示によって止められた。


「いかがしましたか?」


 斥候とは別の、領主の側近の騎士が疑問を口にした。


「地面が―――」


「地面がいかがしましたか?」


「よく見ろ。これは掘り返された後だ」


 上手く掘られた場所とそうでない場所をカモフラージュしているが、よく見れば分かる。道の途中で地面の色が濃い土色に変わっているのだ。


「あの斥候め。こんな変化に気付けずに偵察に出るとは、後で罰が必要だな」


「……おっしゃる通りです。兵にはいかが対応させましょう」


「迂回する道もない。仕掛けがあるにしても、せいぜい落とし穴の類であろう。このまま進軍する。兵には十分注意させろ。進みが遅くなったところで、奇襲してくる恐れもある」


 領主は部下に命じて全軍に厳戒態勢を敷かせる。前列の歩兵は槍兵の他にも、剣を持った兵士が地面を刺しつつ、進む。そうなれば行軍は忍び足のように遅れを生じた。


 それでも、領主の軍勢は落とし穴を発見するわけでもなく、もうすぐ森の出口の所まで近づくことができた。


「―――領主様! 森の出口に!」


「ああ、見えている」


 領主の軍勢の行く先を塞ぐように、森と村の境に立ちはだかる二人の影がそこにはあった。




「ジュールの領主と、その兵士達よ。私から話したいことがある!」


「勧告なんてしなくても良いと思うんだけどな。ああ、もう遅いか」


 メリアの隣で、俺は頭を抱える。メリアの独断で急遽作戦が変更された。一戦交わる前に、領主と兵士達に説得を試みるというのだ。


 メリアはその響く声で領主の軍勢に向け、話を始めた。


「諸君には私が邪な勢力に与したと聞いているだろうが、それは間違いだ。私は領主の招き寄せたアンデッドを理由に濡れ衣を被されただけだ。このアンデッド出現の騒動、主犯はジュールの領主だ!」


 メリアは声高に話す。しかし、その演説が兵士達の胸を打った様子はない。何故ならば、メリアの後ろにはアンデッドに似たゾンビなるものを引き連れているからだ。傍目から見れば、馬鹿馬鹿しい三文芝居だ。


「ならば何故貴様はアンデッドを引き連れている? 我らをたぶらかすにはちと、演技力が足りないのではないか。これならばまだ、道端の三流大道芸人の方が笑えるぞ」


 領主の軍勢からは、領主の問いにつられて笑い声が漏れる。対してメリアは気まずそうに言い訳を返した。


「こ、これはアンデッドではない。聖刻の方の呪文によるアンデッドを支配しなおす術だ。決して、私が邪なる魔法を使ったわけではない!」


 メリアは顔を真っ赤にしている。見ていられない。


「メリア、そこまでにしておけよ。これ以上は自分の傷口を抉るだけじゃないのか」


「だって、だって」


 メリアはちょっと涙目になりながら、自分は悪くない、と主張している。確かにゾンビとアンデッドが紛らわしいのは、俺のせいである。


 一方、領主は自分の目の前にアンデッドが立ち塞がっている理由に合点がいったらしく、自信に満ちた顔で号令を飛ばす。


「ジュールの兵士達よ。敵は大罪人メリアとその僕であるアンデッドだ。何、敵はわずか。恐れるに足りぬ。このまま前進して押しつぶせ!」


 領主の軍勢は獲物を見つけて舌なめずりするように、悠々とこちらとの距離を詰める。兵士の歩みは強く、あるものは武器や防具を叩いて戦意を鼓舞している。


「逆に士気が上がっちまったよ。仕方がない、作戦通りにいくか」


 俺はゾンビ全体に直接指示を行うべく、集中する。すると、後方に配置しておいたゾンビの軍勢がメリアと俺の間を抜けて、領主の軍勢に向かい始めた。


 ゾンビ達の歩みは最初遅く、それでも距離を加えるにつれて早足のように駆け出し、領主の軍勢前列に向けて突撃する。


「止まれ、槍構え!」


 領主の軍勢は歩みを止め、天に向けていた槍を剣山のように前へ構える。


 次の瞬間、ゾンビの集団が領主の軍勢の槍先に接触した。


 ゾンビの多くは、自分から槍に貫かれて前のめりに磔にされる。代わりに、後続のゾンビが槍衾の隙間を抜けて領主の軍勢に向かう。


 領主の軍勢も、ゾンビが槍兵に近づく前に剣士が進み出て、近づくゾンビを刈り取り始めた。


 ゾンビの突撃は、完全に領主の軍勢に対応されている。


「よし、次のフェーズだ」


 だが俺は慌てない。直接命令に新たな指示を加えて、戦局を次の段階に移した。


「領主様、両側の森が!」


 進軍を止めた領主の軍勢の両脇で森が騒がしくなる。突如、森の木々が倒れ始めたのだ。


「なんだ、伏兵だけではないのか!?」


 領主の軍勢の両側に現れたのは、森の茂みに隠れていたゾンビ達だ。ただ、その手には丸太が持たれている。丸太と言っても、木を切っただけで枝も葉も取り除かれていない。そのままの状態で、破城槌の要領で複数のゾンビが担いでいる。


「来ます!」


 丸太を持ち上げたゾンビらは領主の軍勢に接近する。それを向かい打つのは両側の前面に配置していた槍兵の矛先だ。


 丸太の枝先と槍の先がぶつかる瞬間、領主は俺の戦略を思い知ることになる。


「しまった! これでは槍の意味が―――」


 丸太の枝葉は槍の細長い柄を巻き取り、その向き先を上下左右に逸らしてしまう。逸れただけならまだマシな方、衝突の衝撃で槍は折れて使い物にならなくなってしまう部隊も出た。


 そうなれば、槍の壁の破壊された場所からゾンビが流入する。ゾンビは兵士と肉薄すると、その装甲の隙間を探し、己の歯を敵の肉に刻む。噛まれた敵兵はしばらく痛みに叫びをあげていたかと思えば、急に声が断末魔から異形の咆哮に変わる。


「りょ、領主様。噛まれた者がアンデッドに! こちらは同士討ちで混乱しています」


「―――クソッ! 新たな邪なる魔法か。ならば、こちらは聖なる魔法で対抗するしかあるまい!」


 領主の軍勢の隊列が変わっていく。後詰に配置していた兵士と魔法使いが戦線に投入されたのだ。


 魔法使いたちは兵士に守られながら、各々に対アンデッドの聖なる魔法、ターンアンデッドを唱える。


 しかし、ゾンビ達にその魔法は効果がない。


「おのれ! ターンアンデッドも効かぬかっ!ならば炎の魔法を使え。―――何っ?味方を巻き込むだと? 今のままでは部隊が瓦解するわっ! やれっ!」


 魔法使いはためらながらも領主の叱責を恐れてか、あるいは自分達にゾンビの牙が向くのを恐れてか、炎の魔法を唱え始める。


 炎の魔法は火球、もしくは轟々と火炎を放射し、兵士もろともゾンビを燃やす。兵士は味方に攻撃された戸惑いと怨嗟の声を上げ、皮膚は焼けただれ炭に変わっていく。ゾンビも彼らほど騒がしくはなくとも、その身体を同じ炭と灰に変えていった。


 領主の兵士らは士気を下げつつも、ギリギリの状態で隊列を維持し続けていた。


「敵の奇策は尽きた! 数はほぼ同数だっ! このままアンデッド共を確実に滅ぼしていけばこちらが勝てる」


 領主は勝利を確信していた。


 俺はその様子を見ながら、呟く。


「まだこちらが不利だな。なら更にステップを進めるか」


 俺は人差し指を掬い上げるような仕草をした。


 すると、兵士とゾンビ達に踏み固められていた地面が蠢き始めた。


「領主様! 地面が!」


「ぬっ」


 魔法使いの足が、地面から這い出た腕に捕まれる。叫び声を上げるまもなく、足首が地面から顔を出したゾンビに噛まれてしまう。


「まさか、アンデッドを地面の中に……ぬかった」


 次々と墓場の悪夢のように死者が地面から舞い戻ってくる。その光景に魔法使いたちは呪文を唱えることを忘れ、逃げ惑う。元々彼らは研究肌で実戦向きではないのだ。自分の安全を侵されれば、まともな兵器として機能しなくなる。


 前線も後列も混乱し、領主の軍勢は敗走一歩手前の状態であった。


「だが、だがまだだ。隊列が維持できればまだ勝てる見込みが―――」


 けれどもそんな望みは、正面に展開していた槍兵と共に、鉄塊を殴りつけたような欧打で破壊される。


 その一撃の主はメリアだ。


「私に恥をかかせたな、ジュールの領主よ! この生き恥、我がメイスで拭い去りましょう!」


 アイアンメイデンの名を抱く歴戦の戦士の斬りこみに、軍の前面から後列へ伝染するように潰走し始める。これではもう戦いどころではない


「こ、ここまでか」


 領主は敗北を悟ると、傍らの側近の騎士を連れて、一目散に逃げ去ってしまった。


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