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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

アホな悪魔は、物質界を謳歌する。

作者: 藤ゐ馨

もしも悪魔がアホで、素直だったらどうなるのかと思い書きました。

 そこは何処までも暗い場所だった。

 何も無い荒野のようで、渦巻く空気は腐敗に満ちていた。汚れきった魂の行き着く場所地獄とも冥界とも魔界とも呼ばれるそんな所に、一匹の生物が新たに生まれ出た。


 それはドロドロに溶け出した溶岩のようなヘドロのようなスライム状の生き物だった。それは知恵も無く知性も無くただ本能で生きるようなものだった。突き動かされる空腹だけを満たそうとそこらにあるもの全てを飲み込んでいった。それをそこに住まう悪魔達は、暴食の悪魔と呼んでいた。


 暴食の悪魔は、他の悪魔と違い何も考えることは無かった。

 普通悪魔は、下位の者は知性が乏しいが力を増す毎に、知恵と知性を兼ね備える存在になっていく。何故なら人間を言葉巧みに操らなければ、不利な契約を結ばされるからだ。なのに暴食の悪魔は強くなっても、本能で生きているだけだった。


 知恵を身につけるにも、それを補う器官がない。精神体であるのだから当然だが、他の悪魔と違い、体を作ろうともしていないそれが原因で、知性を磨くことが出来ないのだ。

 今日も今日とてその何も考えてない、アホな暴食の悪魔は他の悪魔を食べている。

 魔界では、暴食の悪魔を見たら逃げるのは当たり前で有り、高位悪魔は態々そんなアホの相手をしたくないので、放置されている。


 『お腹減った』


 食いながら空腹を訴え、また餌を探しにズルズルとスライムの様な体を動かして移動いていく、その時偶然にも、召喚の魔方陣を踏んでしまい何も考えずに召喚に応じてしまうのだった。

 本来この魔方陣は、先程食った悪魔を呼ぼうとして人間が発動させたものだった。

 悪魔召喚の儀式に、呼び出されたのは見たことも無いスライムに召喚者達は困惑しか無かった。誰もが思う『あれ? これスライムじゃね?』と。


 生け贄にされている少女も恐怖に震えていたが、現れたのが灰色のスライム。スライムはこの世界では村人にワンパンで仕留められるほど弱く、雑魚中の雑魚である、そんなスライムに流石に怯えるよりも、唖然としてしまうのは当然だった。


 「・・・・・・失敗したのか?」


 千人にも及ぶ生け贄の魂と少女を依り代に呼び出したのに失敗とは、悪魔召喚者達も唖然とするしか無かった。


 そんな彼等の様子などしらんという感じで、暴食の悪魔は、生け贄の少女に近づいていく。

 普通のスライムなら蹴っ飛ばすだけで砕け散り、飲み込まれたとしても弱酸性でお肌がスベスベになるだけだ、しかも丸呑みに出来るほど大きくは無いので、窒息死もしそうにない、そう思い足をばたつかせて、暴食の悪魔を少女は蹴るが、砕けるよりもそのまま飲み込まれてしまった。


 グチャグチャと言う音と、急に消えた少女とスライムの様子に再度唖然とする悪魔召喚者達、その中で初めて物質界の人間を取り込んだことにより、暴食の悪魔は新たなステージに到達した。


 今まで精神界にいた暴食の悪魔は、知性を身につけることが出来なかった、だが物質界それも特上の生け贄である知性ある生き物を取り込んだことにより、体を手に入れたのだ。スライム状の体は、取り込んだ少女に似た存在に進化していく、灰色の髪と灰色の瞳はスライムの時の名残のようにも思える。そして考えることの出来る脳を手に入れたことにより、初めて本能を押さえ込もうとする知性が生まれる、


 だがそれはとても悪魔としては危険な状態であった。暴食の悪魔と呼ばれるとおり、その悪魔のあり方は、獣のように何でも喰らう事が存在としてある、それが喰うことを押さえるのは自己否定にも繋がり、精神生命体である悪魔の崩壊にも繋がる。だからこそこの矛盾を暴食の悪魔のあり方を変える進化に繋がったのだ。

 存在矛盾という深化は、混沌としており自己肯定と自己否定を繰り返す。


 「アッハハハッハハッハッハッハハハッハハハッッハッッハ」


 壊れた笑い声が周囲に木霊する。精神を不安にさせる壊れた笑い。それは恐怖を伝染させ、肉体と魂の繋がりを絶ってしまいそうになる。聞いていた悪魔召喚者達は、気が狂いお互いに殺し合う、自己否定と自己矛盾と自己肯定を繰り返す人間達には何をしているのか分からない、ただ壊れた悪魔の笑いを聞き続け壊れるしか無かった。その笑いは国中に広がり崩壊していった。そして死んでいった魂は悪魔に食われていく、食った魂から知識を吸収し、暴食の悪魔の存在を千年かけて新たな悪魔に作り替えていく。

 混沌の悪魔と呼ばれる存在に進化を遂げたのだ。


 この悪魔は最悪なことに、契約に縛られることが無い、何故なら存在自体が矛盾をもとにしているからだ。悪魔であり悪魔でない天災であり無害であるそんな存在だ。だが、どんなに知識と知恵が増したとしても根本はやはりアホであった。

 普通なら魔界に戻るはずなのに、魔界への戻り方が分からずこの物質界をウロウロとしはじめ、長い旅を始める事になる。

 アホだけど強大な力を持ったはた迷惑な悪魔は、滅んだ国を出て新たな国に歩いて進むのだった。

 

 森の中を歩くアホの悪魔は、毒草とも知らずに口の中でモグモグしていた。


 「刺激臭がする~」


 刺激臭どころで無く猛毒なのだが、毒の効かない体なので気にする様子も無い、むしろ口の中にピリピリくる感じが良い感じで、美味いのかも知れないと思っていた。


 そんな時に、お約束という感じで、出会ってしまった。そう山賊イベント。襲われているのは、商人だろうか、護衛と牽制するように戦う山賊達。聞こえる剣戟、激しい言い争い、どこぞの主人公なら助けに颯爽と現れて、どうのこうの上手く進めるだろう。だが、この悪魔はアホの子だ。テクテクと歩いて、まん丸お目々で見ているだけだった。そんな少女悪魔を見て、護衛と山賊は叫んだ。


 「「「ち、痴女が出た!!」」」


 そう、このアホの悪魔、衣服を着ていない、むしろ知性と知恵があるのに、別に無くても不便じゃ無いと言う理由で、着ていないのだ。そりゃそんなの見たら誰だってびびる。無駄に美人なのだから、余計にびびるだろう。


 「ねぇねぇ何してるの?」


 間延びしたような感じで、悪魔ッ子が護衛と山賊に聞いていた。


 「何って嬢ちゃん、山賊に襲われてるんだ」


 律儀にも護衛は答えてくれた。その答えを聞いて、ハッと周りは今の状況を思い出す、そうだこんな痴女もとい馬鹿に構ってる暇なんか無いんだと。


 「や、野郎共さっさとそいつらを殺しちまえ!」


 腑に落ちないが、護衛を殺すことを再開する山賊達は、一斉に襲いかかる。護衛も必死で攻防を続ける、商人は怯えたように馬車でブルブル震える。悪魔は山賊の親玉の前までテクテクと進んでいく。


 「これ美味しいよ食べる?」


 無邪気な笑顔で、毒草を勧める山賊の親玉は、これ食って死ねと言っているのだと感じ取る。無邪気な顔して恐ろしい者を勧める痴女に、不気味さを感じるし、挑発されて黙っているはずが無い。冷静に考えれば、拉致して売るが正解なのだが、気味が悪いので殺してしまおうと斧を振り上げる。


 「巫山戯んじゃね! クソが飢餓死にやがれ」 てt


 振り下ろされた斧は、少女に直撃と思いきや、素早い動きで、口に毒草を突っ込まれてしまう。躱すのもすごいが、飛び跳ねて口の中に毒草を突っ込むのも恐ろしい。しかも勝手に毒草を与えたと言うことを対価に、魂を抜き取ってモグモグされてしまった。全てが悪魔っ子の勝手で成り立ってしまった。


 「程よい感じに、渋みがあって美味い!」


 なんて、魂の味の評価までしていた。山賊達はいきなり親分が口から泡吹いて死んでいる姿と、痴女が無邪気に喜んでいる姿を見て、恐怖した。護衛も唖然としている。


 「て、テメエ良くもおやびんを!」

 「ぶっ殺せ! 親便の敵だ」


 三人の山賊は、悪魔っ子に襲いかかる。振り下ろされる斧とボロボロの剣三位一体のジェット何とかアタックに悪魔っ子のピンチ、と思いきや、悪魔っ子は山賊の武器に齧り付いた。

 モグモグと口を動かし口の中に広がる、さびた鉄の味、有りか無しかで言えば、有りであった。いきなり、武器を食われると思ってなかった、山賊は焦ってしまった。


 「な、何食ってやがる、ぺっしなさい!」


 まるでおかんの様な台詞まではいていた。


 「え~もう食べちゃった」


 そして、悪魔っ子は不満を漏らしていた。

 こいつはただ者じゃ無い、その場にいた全員が感じ取った。ってか人間なのかとすら疑問が浮かんでいた。山賊もあまりの不気味さに恐怖する。


 「て、っ撤退だ!」


 副リーダーてき山賊の一人が、撤退を叫んで山賊達は皆逃げ出していった。

 護衛もそれを追いかけず、少女を唖然とみている。悪魔っ子はとりあえずお腹が満たされたので、寝ることにした。


 「おやすみなさい」

 「「「寝るのかよ!!」」」


 護衛達のツッコミも空しく、森の中で木霊した。

 

 普通悪魔は寝ることは無い、だが普通と違う混沌の悪魔は、自由に振る舞う。腹が膨れたらとりあえず寝ると言うのを、知識で仕入れたからこの様な行動を取っている。逆を言えば腹が満たされなければ、寝ないと言うことでもある。そして悪魔の食事と言えば普通は、魂であるが、この混沌の悪魔の食事は、何でも食べる。物質界の者は基本不味いと悪魔は感じるが、混沌の悪魔はとりあえず口に入れる事から始める。あとは味か刺激があるかないか、口当たりが良いか悪いかで判断する。それで不味いと思ってもやっぱり口に入れるのは、暴食の名残でもあった。だからこそ、魂を奪うと言うことに固執もしていない。


 悪魔にとって魂とは食事で有り、強くなるための手段でもある。大悪魔となると、何千万という魂を食って知恵も付けた存在だ。だが、混沌の悪魔は食えば食うほど強くなり、食わなければ食わないほど強くなる。その奇妙な性質のせいで存在してるだけで、力を増していくのだ。

悪魔のランクは、下位悪魔、中位悪魔、高位悪魔、大悪魔、悪魔公爵と続いて、最終的に魔神に到達する。現在魔界に存在する魔神は、四つである。獣の姿をした獣魔、人の姿をした魔人、獣と人を混ぜた姿をした、魔王、幻想の生き物を姿にした幻魔である。これら四神は悪魔達の神として存在している。その中で、混沌の悪魔は高位悪魔の位置であるが、アホなので強そうには見えないのだ。このまま進化していけば魔人になるのかと言えばそうでも無い、何故なら悪魔であって悪魔でない自由な存在だから何になるかも不明である。しかも魔界に帰ってないので、噂すら魔界に広がってない。なので悪魔達から認識されていない。


 そんな化け物はスヤスヤ眠っている。一見無防備だが、腐っても高位悪魔並の力があるので、ただの人間に傷つけることはまず不可能。高位悪魔一体で国一つ滅ぼせる存在なのだから当然である。もし退治したいのなら、英雄クラスの人間が必要になるのだ。


 そんな混沌の悪魔が目を覚ますと、揺れる馬車の中であった。


 「ふぁ~よく寝た」

 「お、目覚めたか」


 気がつけば衣服を着せて貰ったみたいで、中古っぽいワンピースを着ていた。そして放置では無く、馬車に乗せて貰ったみたいだ。声をかけたのは渋めの四十台ぐらいのおじさんで、護衛のリーダーっぽい人だった。


 「おはようございます!」


 とりあえず元気よく挨拶から始めることにした。


 「あ、ああおはよう」


 おじさんは引きつった笑みで挨拶を返した。


 「嬢ちゃん目覚めたなら、早速だけど何ものなんだい?」

 「なにもの? えっと女の子です!」


 何者か聞かれても、質問の意味が分からない。とりあえず自信満々に性別を答えることにした。護衛の答えを真面目に返すなら、悪魔と答えるのだが、アホなのでその答えにたどり着かない。


 「あ、えっととりあえず、名前はなんて言うのかな?」

 「名前は、ないよ!」


 種族名はあるが、固有名詞はないので、自信満々に答える。その様子に嘘を付いてるようには見えず、護衛は記憶喪失の可哀想でありながらすごく強いアホの少女と認識した。境遇よりも頭の出来に哀れみを覚えてしまう。


 「んん、そっかじゃあ名前を付けてあげよう、アグネラなんてどうだ?」


 アグネラはこの国で純粋意味する。ある意味混沌の悪魔にぴったりかも知れない。


 「アグネラ? いいよ! 私はアグネラ」


 その時名付けによって、アグネラという悪魔は個人として物質界に存在が刻まれた。それにより名付けるための魔力を護衛と商人と馬と近くの村人の魂が捧げられた。

 不可抗力で有り、出会ってすぐ死んでいく護衛にアグネラは悲しいと言う感情を覚えたかと思えば、すぐに空腹だな~なんて思っていた。


 「いただきま~す」


 死んでしまったのは多分悲しいけど、とりあえず死体も荷物も心ゆくまで食べて空腹を満たした。


 「ご馳走様でした!」


 元気よく挨拶した、再度気ままに歩き始めるのだった。


 アメストリス大陸にある、大国ダルクスにある街ベングストでは色々は噂話で持ちきりだった。約千年前に起きた暗黒の霧が隣の小国を包み込んだ事件、その霧に触れた者は腐り落ち死に至る、勇者、聖女の光すら届かぬ死の霧は、どうして発生したのかも不明なものだった、その霧がある日突然無くなったのだという、そしてその小国からアンデッドの群れが多数発生していて、死の都市となってしまったとか、そのアンデッドを近々討伐するためベングストでは大きな討伐隊を募集していた。他にも近くの村でアンデッドが発生して伝染病が疑われていた。他にも子供が誘拐される事件が起きているが、今はアンデッド騒ぎの方が問題視されているのだ。大事件の前には小さな事件は小さくなってしまう、だがその小さな事件が大きな問題になろうとはこの時誰にも分からなかった。


 そんなベングストに小さな悪魔は、テクテクと街道を進んでやってきた。アグネラという見た目六歳児中身二歳児の混沌の悪魔は、鼻歌交じりに外門の列までやってくる。

 流石のアホでも並んでる列を見れば並ぶんだと吸収した知識で理解した。何で並んでるのかまでは、深く考えないけど、とりあえず何も考えずに並んでいた。現在空腹であるけれど、無闇に魂を食べようとしない、何故なら食わないと言う行動も理性で出来るのだ。それが出来ると言うことを、自慢げにふんすふんすしながら列に並んでいる。


 一般常識は、地味に吸収した知恵で理解しているが、その吸収元が悪魔召喚者達と山賊と生け贄の少女なので、微妙ではあるのだが無いよりはマシなのだろう。

 とくに依り代である生け贄の少女は、この悪魔の性格に強く反映されている部分もあるので、子供っぽいのは、そのせいでもある。人の感情も一応理解しているが、理解しているだけでどういったものか体験していないので、よく分かってはいない。

 そんなことをボケ~っとしながら、進んでいくと強面の門番が少女に話しかける。


 「嬢ちゃん一人かい?」

 「そーだよー」


 門番は保護者らしき人がいないか見てみるが、それらしい者がいないので、少女に聞いてみたところ、保護者はいないと理解する。だけど六歳児の少女が、一人旅しているなんてあり得ない。なら、ドワーフなのかと見てみるが、人族に見えるので余計に訳が分からない。なら実際は成人かそれに近い歳なのかも知れない、女性に歳を尋ねるのは、失礼だと門番の男性も思うが、明らかに怪しいのだから、聞くのはしょうが無いと諦める。


 「えっと、嬢ちゃんはいくつなのかな?」

 「いくつ? わかんない!」


 いくつと聞かれても、何時誕生したかなんて混沌の悪魔にはわからない、たぶん千年ぐらいだという大雑把な認識だけど、それは暴食の悪魔の時で有り、新しい存在になってからなら三ヶ月ぐらいなのではないかと思っている。でもよく分からないので、自信満々に答えた。

 その答えを聞いて門番は、見た目通り以下の年齢だと認識した。


 「あ、えっと嬢ちゃんはどうやって来たのかな?」

 「歩いてきた!」


 最近起きてる誘拐事件で、もしかしたら誘拐されて逃げたのかと思ったけど、そうでも無さそうで、歩いてきたと頭の悪い発言も子供だからと思えば、まぁそうなんだろうと思うことにした。とはいえ、街に入るのは無駄にスラムの住人を増やすだけだが、入れないわけにも行かないだろう。なら孤児院行きだろうなと判断した。


 「なら、おじさんが新しいお家につれてってあげよう」

 「おうち? 分かった!」


 よくわかんないけど深く考えないので、怖い顔の門番について行くことにした。


 ベングストの街は人口三十万人とそこそこの人で溢れている、中でも冒険者と呼ばれる存在がいて、そいつらは今アンデッド騒ぎで盛り上がっているとか、そんな大きな街だからこそスラムもあり、大きな闇もあるのだろう。そんな街にある小さな教会では、孤児院を経営していて、領主から少ないなりに援助もされている。仮にも悪魔のアグネラにはあまり住み心地の良い場所では無い。神聖な場所だと消滅はしないまでも、何か背中がムズムズする感じがするのだ、高位悪魔であり矛盾の存在だからこそ、そんな適当な感じですんではいる。もし下位悪魔だとしたら、孤児院に行った瞬間焼けるような傷みでもだえてた所だろう。


 もちろんこの孤児院神に祈る時間もあるのだが、アグネラが祈るとビリッと体が少し痺れて電気風呂に入ったような気持ちになる。聖水は飲んでみるとほろ苦い感じがする。孤児院に住んでる人達は、魂が綺麗すぎて食べる気がおきない。勿論人間の食事は口に合わないし、量が少ないので、空腹が満たされない。空腹が満たされないので、皆が寝静まっても寝ること無く目がギンギンだけど、得に苦では無い。悪魔に疲労もなければ、生物として当然ある歪みも無いから、むくみもしなければ、寝不足にもならない。ただ、住み心地はあまり良くないだけなのだ。


 顔の怖い門番に連れてこられてから、住んでいるがシスターロゼリアという六十代のお婆さんは、アホなアグネラに道徳を一生懸命教えた。何故服を着るのか、水浴びするのか等すごい基本的なことが出来ないので、もうすごい大変だった。食事も皿ごと食べようとするのを止めたり、逆に人として疑われなかったのかというと、あまりにも無害っぽくアホなので、危険にすら思われなかった。アグネラも素直なので、教えられてきちんと理解した。理解はしたが、慈しみの心とか人に優しくとかは、よく分かっていなかったりする。そもそも人と動物と植物の違いを理解してないので、餌としか思っていないのだ。よく分かんないなりに、無闇に食べちゃ駄目な餌だと言うぐらいにしか思っていない。人間の子供との遊びもアグネラにはよく分からなかった、人形遊びとか、おままごととか、付き合っても面白さが理解できない。絵本も勇者って美味いのか、ドラゴンって美味いのか位の感想しか無い。そんなことを言ってていつの間にか食いしん坊キャラになったりもしていた。


 掃除、洗濯等の家事は、流石人外という働きを見せ、意外なことのすごく器用だったのだ。刺繍なんて何処の王族が使ってるんだと言うぐらい複雑な模様を描いたりもした、ちなみにその刺繍で作ったものは、高位悪魔が作ったアーティファクトだったりもする。でも孤児院なのですごいなーって感想でバレていない。シスターロザリアはアホなのか天才なのかよく分からないと評価したが、何をやらせても人並み以上に出来るので将来の心配はしていなかった。


 そんなすごい美少女だけどすごい残念なアグネラは、孤児院では人気だった。だからこそ居心地が悪くても居続けたし、アホな所は、生活できるアホにまで進化した。アホもアホなりに成長していたのだ。ただ、悪魔としては退化しているような気もする。

 そうこうしているうちに、半年もの時が流れた。


 現在アグネラはどうしているかというと、誘拐されていたりする。

 その日はたまたま、孤児院の前を掃除していて、目の前に強面のおっちゃんがやってきたのだ。


 「お嬢ちゃんおじさんが良いとこに連れて行ってあげるよ」

 「良いとこ?」

 「ああ、美味いものもいっぱいあるよ」

 「いく!」


 この間十秒も掛かっていない。勿論アグネラは悪魔なので、相手が嘘をついてるかすぐに分かる、そしておじさんの言うことは嘘では無いと理解した。何故そう思ったかというと、おじさんの魂は汚くて美味しそうだったからだ。アグネラ的に言わせれば、おじさんは付いてきたらいっぱい汚い魂を食べても良いよと言う契約になっていた、勿論おじさんも含めての契約である。おじさんは知らない間に、自殺したいので介錯して欲しいとお願いしたことになる。なので、アグネラ的に誘拐では無く食事処に案内されているだけだったりする。わら袋に入れられて自動で移動してくれるなんて、すごい親切だ位にしか思っていない。


 「気味悪いぐらい大人しいガキだな」

 「暴れられるよりは良いだろう」


 牢屋みたいな馬車に入れられると、ここまで運んできた強面で粗末な服装のおじさんは、黒いローブを着込んだ男と話していた。何も抵抗しないアグネラの様子を気味悪がってはいたが、目的地まで運ぶのが楽だから良いかと判断したようだった。馬車の中には、同じように連れられてきた子供達が絶望の中シクシクと泣いていた。アグネラは負の感情に満ちた馬車の中でニンマリと笑顔であった。まだ到着していないみたいだから食べたら駄目なんだろうなと、美味しい獲物を前に、我慢していたのだ。負の感情は悪魔の好物であり、絶望と苦痛に満ちた魂は程よく甘く甘美なのだ。今まで孤児院の中で我慢し続けたことによって、すごく美味しく感じられるだろうと、思わず舌舐めずりしてしまう。その様子を見ていた者はいないが、アグネラは誘拐犯にも、子供達にも気味の悪い者として見られることになった。


 一時間ぐらい移動すると、古びた屋敷に到着した。屋敷は森の中に有り、金持ちの貴族が趣味で立てたようなお世辞にも良い趣味とは言えない外観だった。その屋敷の地下には広い牢屋がいくつもあり、微かに血の臭いがしていた。奥の方からは腐敗臭がしているのをアグネラは感じ、そこらを漂う浮遊霊をつまみ食いしながら牢屋の中に入れられた。


 「ねぇ良いとこ付いたの?」

 「あ? ああそうさ、ここが良いとこだ、臭くて寒くて心地良いだろ!」


 ガン泣きする子供達のBGMと鉄格子を叩いて怒鳴る大人、苦痛に満ちた浮遊霊のダンスに死の香りアグネラはすごく心地よく感じていた。だから素直に頷いた。


 「とても良いところだね!」

 「は?」


 マジかという表情で、ここまで連れてきた強面のおじさんが呆れていた。だが、次の瞬間それは恐怖に歪んでいた。


 「いただきま~す」


 そう言ってアグネラは、赤い実をモグモグと食べ始める、口に含む度に赤い汁が床を汚していた。何を食ってるのかと見てみると、それは心臓だった。するとジワリとした感覚がしてきて、粗末な服が湿り気を帯びてくる。強面のおじさんが自分の胸を見ると、血に染まっている服と穴の開いた自分の胸が目に映った。


 「か、返せ・・・・・・」


 手を伸ばすがすでにアグネラの胃の中、取り返せるはずもなく、空しく空をつかんでそのままズルズルと倒れていった。なんと甘美な味なんだろう、アグネラはまだ足りないと子供達をみてニンマリと微笑んだ。恐怖の叫びが地下から聞こえるが、誰も気にするものはいない、何故ならその叫びはもうすでに日常で聞き慣れていたからだ。だからこそ気付かない、恐ろしい悪魔を住処に招いてしまったと言うことに、そしてその悪魔は、子供を喰らっても飢えていると言うことに、モグモグムシャムシャガリガリゴリゴリ何度も咀嚼する音が地下に響く。

 恐怖と絶望、痛みと悲鳴、足りないまだ足りない。


 「お腹減った」


 血塗れの衣服に、血塗れの床、だけどそこに居るのはアグネラだけだった。閉じ込めてるはずの鉄格子は飴細工のようにグニャリと曲がり、ガジガジと囓っていく。血と怨みの染みこんだ牢屋は砂糖菓子にも似た味がする。おやつ感覚で食べながら、腐敗臭のする方に歩みを進める。


 「腐りかけが美味いんだっけ?」


 得た知識でそんなことを言うが、そこにあったのはすでに腐っている子供の死体だった、モグモグしてみると、何となくコクがあるような気がする、多分怨念が良い感じにこもっているのだろう。アグネラにとって普通の肉は不味い物でしか無い、だから家畜の生肉を食べても美味いとは思わない、この様に拷問の末に死んで怨念のこもった肉なら魂よりは美味くないが、まぁまぁ程度には感じられる。そして良い子なので好き嫌いはしないのだ。


 「まだ足りな~い」


 地下を粗方食い荒らしてもまだ足りない、それだけ我慢に我慢を重ねたのだ、折角食べても良いよと言われたのだから、食べ尽くす勢いで地下の階段を上っていく。


 『誰も出ちゃ駄目!』


 アグネラは食い尽くすと決めたら、この屋敷から誰かが出ることを許さなかった。だから命じた誰も出るなと、それは悪魔の言葉であり魔法である。高位悪魔が命じたら無機物の屋敷は誰も出さないように固く閉じるしか無い。アグネラに知識は無いでも本能で魔法を理解した、知恵には魔術もあるが、それは人間が使うものであり、悪魔は魔法を使うのは当然だった。


 魔法は悪魔の法則に則って世界に干渉する術である、対価に魔力を世界に注ぐだけで息をするように使えるのだ。勿論ランクが高い悪魔が一番上手く効果的に使える。もしこの館から出たいのなら、アグネラの魔力を超える力で突破するしか無い。それが今ここに居る人間に可能かと言われれば不可能で有り、だからこそ悲鳴が聞こえてくるのだ。


 「な、何だこのガキッゴップガボボ」

 「たたっった、タスケゲボボオウォォォ」


 ムシャムシャモグモグ


 「開かねえ! 開かねえぞ!」

 「窓も割れねえよ!」


 ムシャムシャモグモグ


 「や・・・・・・止めてくれ!!」


 ムシャムシャモグモグ


 悲鳴が聞こえる助けを求める声が聞こえる、でも止めない、何故なら契約だから。悪魔との契約は絶対だ、アグネラは気分で破ることも可能だが、基本は守るのだ。悪魔は嘘を付かないのではなく、付けないからこそ契約は遂行される。勿論普通の悪魔ならの話で有り、アグネラは普通では無い、悪魔という自己を否定して、肯定した存在だ、嘘も付けるし契約も勝手に破棄できる、でもしないのは、素直な性格だからでしか無い。何処までも純粋な悪魔なのだ。

 だからこそ無慈悲、だからこそ恐怖をまき散らす天災なのだ。

 勝手に契約を結ばれ、勝手に遂行される。迷惑以外の何ものでも無いが、逆に契約を結びたいのに結べないという状態でもある。故に混沌の悪魔なのだ。


 正義も悪も無い純粋に、無慈悲に食す。全ての命は平等なのだ、人間だから特別なんてアグネラにも悪魔にも無い、そしてアグネラは騙すことも無い故に騙されることも無い。騙したと相手が思っても、アグネラは遂行するのだから騙されない。Aと言う場所に特定の人物がいるから見つけてきてと契約を結んで、居なかったとしたら依頼者もAと言う人物もその時点で魂を食われる、アグネラがそこに行って魂を食ったのだからAと言う人物の魂を見つけて依頼者の魂に合わせたから以来遂行と勝手に変えるからだ。そこに物理法則なんてない、世界がアグネラの意思に従うのだから、だからこそアグネラは騙されることは無い。


 最悪で最強に近い能力を持っているが、だからこそ素直で純粋なのだ。もしランクを上げ続け狡猾さを学んだとしたら、だからこそ触れてはいけない、追い詰めてはいけない、討伐してはいけない、何が起きるか分からないのだから、自由に放し飼いにするのが一番無害なのだ。

 そんなアグネラと契約してしまったのだ。死に絶えるのは必然である。こうなっては満足するまで止まらないのだから、我慢はするけど自重はしない。

 それでも屋敷の住民は抗う、だからこそ禁忌にふれる。悪魔召喚という禁忌に、もとよりそのつもりだが、生け贄も無い状態で呼び出すのだから、捨て身でしかない、でもすがるしか無いのだ。


 「こい悪魔よ! 我の願いを聞き届けろ」


 中央に配置された魔方陣が、アグネラの魔力を吸い上げていく、そして満たされていく、光り輝き魔界の扉を開こうとしていた、アグネラは気にしない何故なら食事に夢中だから、それ幸いと悪魔召喚師は悪魔を呼び寄せた。


 アグネラの純度の高い魔力を吸い上げて、呼び出された悪魔は高位悪魔であった。醜悪な羊にも似た角を生やし瞳は赤く白目の部分は黒く染まっていた。ぱっと見人型に見えるが、足は蹄になっており、背中から蝙蝠にた皮膜状の羽を生やしトカゲに似た尻尾を生やしていた。その悪魔は下等生物を見るように呼び出した召喚者を憎悪の瞳に映し、怒りを口にした。


 「貴様良くも呼び出してくれたな」


 何故ここまで怒りを吐くのか召喚者には分からなかった。だが、悪魔は呼び出されたことでアグネラの契約に掛かってしまったのだ。そう、アグネラの勝手な契約である、『いっぱい汚い魂を食べても良い』という契約にだ。誘拐された子供は憎悪と絶望で黒く染まった魂なので食われた、誘拐犯はすでに腐った魂であった、ならここに呼び出された悪魔はと言うと、勿論この場に居るのだからアグネラのご飯になるわけだ。


 その出来事を呼び出された高位悪魔は即座に理解したのだ、自信が某かの契約に縛られ食われると、詳しい契約内容は分からないが、何がそれを望んだかはすぐに理解した。魔方陣の中央で無邪気に魂を喰らうアグネラは悪魔から見ても特別なのだから。


 悪魔から見たアグネラは正に異質であった。存在自体が不安定であるのに、自分を上回る力を感じる、気を抜いたら喰われてしまいたいと陶酔する気持ちがわいてくる。何より中身が酷い、醜悪で残酷で純粋で白と黒を混ぜ合わせた姿に悪魔なのか別な何かなのかと思わせる存在、悪魔の知識には無いが、似た存在は知っていた。悪魔を超越した神の存在だ、正にそれに似た異質さを若いながらに出していたのだ。


 悪魔は食われたくないと言う気持ちで怒りを表し、でも何処か陶酔するように食われたいとも思ってしまっていた。ここでアグネラに食われたら大悪魔に進化するだろう。その手伝いが出来るのは至上の喜びにも思えてしまう。抗いたいのに抗えない、何という強力な契約なのだと冷や汗すらかく思いであった。

 それ程までに深い空腹をアグネラは感じているのだ、何処までも満たされないでも満たされていると理性を働かせている、尽きることの無い欲望を理性で抑えてせめぎ合っている気が狂いそうな精神状態がアグネラにとっては普通なのだ。

 そんなアグネラはテクテクと近づいてきて、高位悪魔に尋ねる。


 「食べて良い?」


 まるで親におやつを強請るような愛らしい笑みだった。勿論契約上でなら食べても文句は言われない、だがアグネラは同胞だと認識しているので、他の餌とは違い尋ねたのだ。悪魔同士で食い合うのかというと、無くは無い、下位悪魔は悪魔同士で争い喰らいあい自己進化するのだから、だけど高位悪魔にまでなると人間の魂を喰らうので数は少ないだけだ。だからこそ同胞を喰らう時は、己の存在をかけて争い喰らうのが悪魔の常識であった。でも、アグネラは争ってまで喰らうつもりはなさそうだった。


 悪魔はなんと慈悲深い存在なのだと涙を流した。一方的に喰えるのに喰わない正しく醜悪な存在であると、喰われたいなら己から身を差し出せと命じているのだ。ああ、喰われたい役に立ちたい満たしてあげたい、愛にも似た感情、この醜悪で醜い化け物に己が身を差し出したい。だからこそ深々と膝を付き己が胸を貫き悪魔の核をアグネラに捧げた。


 「・・・・・・どうぞお納めください」

 「わ~い、いただきま~す」


 その光景を見ていた悪魔召喚者は理解できなかった。呼び出した高位悪魔は正に凶悪な存在で有り、見ているだけで精神が削られそうな力を持っていたのだ。なのに、力を感じさせない小娘に自分の核を無抵抗で差し出すなんて、理解できるわけが無かった。確かにアグネラは召喚者から見ても異常であった、でもこの高位悪魔なら退けれると思っていたのだ。まさに混沌とした空間が目の前で繰り広げられた。


 アグネラは差し出された高位悪魔の核をモグモグする。人間とは違い味らしいものは感じない代わりに己が存在の力が増していく、二度目の変調それは大悪魔に進化を遂げようとしていた。ケタケタとした壊れた笑いをアグネラは吐き出している。聞くものの精神を壊す声に、悪魔召喚者は耳を塞ぐが気が狂いそうになっていた。


 そこで初めて理解する、この小娘は先程呼び出した悪魔よりも格上なのだと、今垂れ流される気配だけで肉体が腐り始めそうだった。恐怖、嫌悪、絶望、と魂が汚されていく、黒い色に染め上げられていく、差し出せと上位者が命じている。悪魔召喚者の肉体から魂が勝手に抜け出してアグネラに食われていった。ただの人間には抗うことなど出来ないのだ。


 アグネラの灰色の髪が白と黒に分かれ、瞳も白と黒に分かれていった、その色は自己を表している。背中からは悪魔の羽が片方にはえ、もう片方からは天使の羽が生えていた。見た目六歳児だった見た目は十二歳まで成長をとげ、存在自体が異質で不安定を表し悪魔であり悪魔でない存在が覚醒したのだ。

 混沌の大悪魔アグネラは、この物質界に誕生した瞬間であった。


 「ご馳走様でした」


 だがそのアグネラは進化を遂げた後、お腹がいっぱいになったので寝る始末。強くなってもやはりアホは治らなかった。


 そしてアホは起きてから孤児院への帰り道が分からないと又彷徨い始めるのだった。

 アホな悪魔は、物質界を謳歌する旅は、始まったばかりなのだ。


 余談ではあるが、この屋敷跡は汚染され、ベングストの街では不吉な兆しと囁かれ始めるのだった。

アホっ子の旅は続くのでした。誰か常識のある保護者を用意してください!

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