クリスマスイブ
【クリスマス】
クリスマスの日、俺も美沙も休みなので、朝からお買い物。
美沙は、先週買ったワンピースを着ていた。黒タイツがむちっとした太ももとふくらはぎを覆っているのが色っぽい。
二人ででかけたのは、郊外の大きなショッピングモール。
美沙がクリスマスプレゼントとして「好きなもの」を買ってくれるというので、美沙の懐具合も考えて、ちょっとした革細工の名刺入れを包んでもらった。
俺からのプレゼントは・・・・
密かに宝石屋で下見しておいた。
目をつけておいたのはプラチナ製の指輪。きっと美沙に似合うに違いない。びっくりする顔が楽しみ♪
そこで、すかさずプロポーズ・・と。
ところが、宝石屋の手前にあるファンシーショップをのぞいていると
「ねえ、健太。これ欲しいな」
ちょっと大きめのオルゴールで、サンタさんやトナカイのフィギュアが踊る仕掛け。
値段は・・・・3000円→1000円 なに?、千円だと?
クリスマスの日にクリスマス用品を買うわけなので、値段が安いのは納得できるが、俺が買ってもらった小物入れより安い・・・・・
「『これで』いいの?」俺は不満げに聞き返した。
「うん…………だめ? これ欲しいんだけど」
「もっといいもの買ってあげようと思ったのに」
「お願い!。これ欲しいの・・プレゼント好きなもの買ってくれるって言ったじゃん・・・だったらいいよ。私、自分のお金はたいて自分で買うから。ケチ!!」
「そ、そんな。ケチだなんて・・・・わかったよ」
オルゴールを包んでもらって店を出ると
「うれしい!!ステキなクリスマスプレゼント、ありがとう!!」美沙は大感激して踊り出しそうにしている。クリスマスは明日で終わりなのに、千円のサンタのオルゴールなんて。
とても指輪なんて言い出せる雰囲気ではなかった。
食品売り場は悲惨なことになっていた。
総菜やオードブルのコーナーは人やカートで溢れ、商品も少なくなっていたので、サンドイッチやもも肉、寿司などあるもので揃えるしかなかった。
ケーキも殆ど売り切れていて、残っていたのは幼児向けのキティちゃんケーキ。小さな丸いケーキにキティちゃんを描いたチョコレートと、イチゴが4つ載っているだけ。
俺は、悲しくなった。
あの裏切り者の令子とのクリスマスは、一流ホテルのレストランに名の通ったベーカリーのケーキ。プレゼントは30000円のアクセサリー。一昨年はシティホテルの部屋まで取った。
一方、一番愛しい美沙とのクリスマスは、幼児用のケーキの売れ残り。料理はオードブルや総菜の寄せ集めで、1000円のプレゼント。しかも、キティちゃんのケーキは少し潰れていた。…………
いつもクリスマスは要求の多い令子に任せていた一方、美沙は何も分からない様子だったので、俺は為す術がなかったのだ。
自宅に着き、俺は脱力感で座りこんでしまった。
一方の美沙は嬉々としてケーキや料理を並べ、冷蔵庫からシャンメリーを出し、プレゼントを開けるとオルゴールの音色に聞き入っていた。少し沈んだ表情が気になる。泣いているの??
「ねえ、どうしたの? 機嫌悪いよ」少しして、美沙が聞いてくるので、俺は情けなさで涙が出てきた。ホテルのディナーをキャンセルしたことも悔やまれる。
「美沙、ごめん……こんなことしかできなくて……」
「えっ」
「がっかりさせてしまったのかな?、と思って……」
「バカなこと言わないでよ!!」美沙が怒った。
「??」
「わたし。わたし…………こんな幸せなの…………すごく久しぶり。嬉しくて涙が出てきた…………信じられない…………私たちのクリスマスなんだよね」
「そうだよ……美沙に喜んでもらいたくて……でも」
「うわーん」美沙は俺の胸に飛び込んでくると、泣きじゃくった。
「うわーん。嬉しいよー。今まで、いままで・・・・辛かったの・・」
俺が抱きしめると、少し落ち着いて、話し始めた。
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美沙が最後にクリスマスを祝ったのは小学校3年生の時。建てたばかりの家で、大きなケーキを囲み、プレゼントをもらい、両親と美沙の3人でジングルベルを歌った。
ところが、その翌年。美沙の父親は事業に失敗。借金を抱えてアパートに引っ越すことになった。今まで買ってもらっていた服とかも買ってもらえなくなる
小学校4年生のクリスマス。母親が「プレゼント何がいい?」と聞いてこないので、恐る恐る聞いてみると「こんなに貧乏なのに買えるわけないでしょ!!」と怒られた。おもちゃ屋に安物のオルゴールが売れ残っていて、それが欲しかったのに買ってもらえなかった。
クリスマスの日に用意されたのは、ショートケーキ1つ。仕事の掛け持ちをしていた父親は家に居らず、「お母さんはお腹いっぱいだから、あなた、食べなさい」……で、ケーキに手を付けると、母親が欲しそうな顔で見ているので、結局半分こ。
小学校5年生のクリスマスは、ひとりぼっち。母親は更にきつい仕事に就いていたのだ。イブの夜はテレビを見ながら、唐揚げ弁当と、ショートのバターケーキだけ。
小学校6年生のクリスマス。今年も一人で過ごすという美沙を憐れんだ友人のお母さんが、友人と一緒に祝ってくれた。暖かい部屋、食べきれないほどのご馳走に大きなケーキ。プレゼントとして、手作りのクッキーももらった。が・・・玄関脇に真新しい自転車が置いてあったのを見てしまった。(友人の)親から友人へのプレゼント。私のためじゃない。パーティーだってお情けで呼んでもらっただけ・・・・・・
友人のお母さんの親切と自分の立場、頭の中がぐるぐるになり、帰り道は泣きじゃくりながら帰った。
中学〜高校2年までのクリスマスもひとりぼっち。父は出稼ぎに行っていたし、母は深夜の仕事なのだ。
でも、もう慣れた。
高校3年のイブ。父親が食事に連れて行ってくれると言う。おめかしさせられて連れられたレストランには見知らぬ父親と同年代の紳士がいて、父親は気を遣いまくっていた。
と、飲み物を飲んだ美沙は眠くなり、別室で目が覚めたときはその紳士に女として大切なものを奪われていた。
借金のカタに娘を差し出した父親を嫌悪した美沙。卒業と同時に県外に飛び出した。
(両親は無理がたたって病気がちとなったが、仕送りをするに留めていた)
医者代も満足に払えない両親は、間もなく病で亡くなったが、奨学金返済とか、美沙名義で作られた借金の返済があるので、一人になってからも切りつめた生活をしていた。
クリスマスにケーキなんて食べるどころではなかった。
暖房なんてつける余裕はなかった。(コタツのみ)
おしゃれに気を遣う余裕なんてなかった。通勤に使う服を揃えるだけで精一杯。
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ファンシーショップで「ジングルベル」のオルゴールを手にしたとき、小学校3年生の幸せなクリスマスの記憶が蘇って、欲しくなり、買ってもらった・・・・
だから、暖かい部屋に自分たちのためのご馳走やケーキが並び、欲しかったプレゼントを買ってもらい、流行の服を着ている自分が嬉しくてうれしくてたまらないという。
「そうだったのか……美沙…………そこまで喜んでくれるなんて」
「うん………………食べようよ。イクラのお寿司も何年ぶりかな」
美沙は嬉しそうに顔を真っ赤に火照らせながら、料理やケーキの大半を食べていた。
お腹がふくれた俺たち。洋画のラブコメをかけ、ソファに並んで座る。美沙は寄りかかってきて、
「ねえ、健太」
「美沙?」
「私、すごく幸せ。何か、暖かいものがあふれ出てきて止まらないの」
「うん」
「あのね、怒らないでね……」
「??」
「私、ずっと毎年こうしていたい」
「毎年?」
「うん。ずーっと」
「美沙、それって?」
「もうっ、鈍感なんだから。私、前の人より胸も小さいし、美人じゃないけど、でも、あなたしか見えない。私じゃ、だめ…………ですか?」
「??」
「ひどいな、健太。ねえ、その先も私に言わせる気?」
「…………」
「もう……何か言ってよ」
「うん……美沙。一生そばにいてほしい。愛しているよ」
美沙が俺に飛びついてきて、唇が合わせられた。美沙のぬくもりが、俺の傷ついた心にしみこんでいく。
こんなに俺のこと思ってくれるなんて…………
その夜、俺たちは一つになった。
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会社が冬休みになった俺と美沙。レンタカーのトラックを借りると、美沙のアパートから荷物を運び出した。
もともと二人用だった俺のマンション。アパートを引き払って一緒に暮らすことにしたのだ。
「美沙、一緒に暮らそう」と言うのが照れくさくて「美沙、アパート代がもったいないよ。一部屋空いているから」と誘ったのだが、美沙は全てお見通し。にこにこ笑って「うん♪」
いそいそと部屋の模様替えを始めた美沙の表情は、完全に嫁のそれだった。
将来の妻に借金があるのは好ましくないので、美沙の借金(軽自動車が1台買えるぐらいの金額) はとりあえず、あの慰謝料から全額立て替えて返済した。
(俺は"別に返さなくてもいいよ"、と言ったら『私の借金だから働いて返したいよ!!』と怒られた。でも、怒り顔もかわいいんだよね)
08.12.24 ちょっと修正しました。