0-3 ダンジョンには鉄パイプで!
祭壇の高さ5メートルはあろう大扉は、その重厚そうな雰囲気とは違って容易に開いた。
そして扉の先には、祭壇と同じ青い石の部屋であり、そこには長く続く上り階段があった。
「えっ、これ上るの? ダルくね? エスカレーターとかないの?」
自然と口に出た。科学技術に溢れた現代に生きていた青年にとっては上り階段すら難儀に思えるらしい。
「はぁっ、はぁ……」
5分ほど上り続けて、ようやく階段が終わった。
正直疲れた。息切れしそうになった上に脚も若干悲鳴をあげている。どれだけ運動不足だったんだよ前世の俺……。
まあ、体に見えるのはただ骨が透けているのみで、筋肉や脂肪といったものは見当たらない。そりゃ持久力ないのも当然か。
階段を上り終えた場所には祭壇の出口と同じような扉。これを開ければ外に出られるかもしれない。
という期待は儚くも砕け散った。扉を開いた先には祭壇と同じような雰囲気の大部屋。大きさ自体は祭壇のそれよりは全然小さいが。
部屋は四角形で、四辺それぞれに扉がある。
「どれを選べばいいんだ?」
1つは先ほどの長い階段からこの部屋に入ってきた扉なので、選択肢は3つ。
「なんか、正解は1つで残りはアイテム部屋だったりするんかいな」
などとくだらないことを考えつつ、
「なんか、ダンジョンみたいだな。これはわくわくしてきた」
と、ゲーム脳じみた発言をしながら、とりあえず3つの扉すべてを調べてみることにした。
まずは入ってきた扉から向かって左の部屋。
「さて、なーにがあるかなっと」
なんとなくノリノリで扉を開けてみると……そこには何もない小部屋があるだけだった。
何もないんかい。なんかガッカリだよ。
心のなかで愚痴りながら、もとの大部屋に戻る。
次は正面の扉を調べてみよう。
扉を開けると……。
「……」
思わず絶句した。
扉の先には長い廊下があり、また動物っぽい影も見えた。なんかめんどくさそう。
「よし、とりあえず真ん中は後回し! 右見てみよう!」
右の部屋は左の部屋と同じような感じでした。つまり、何もなかった。
動物っぽいのがいなかっただけマシだが。
となると、選択肢は自然と1つに限られる。あの廊下を進まなければいけないわけか。
まあ、進めばそのうち出口にたどり着くか。
「異世界初のダンジョン、ちゃちゃっと攻略しちゃいますか!」
ケントの冒険譚の最初の1ページを華やかに飾りましょう。
……とその前に、今の自分の状態を確認しないと。ダンジョン攻略にステータス確認は大切大切。
まず着衣は綿の長袖Tシャツとジャージのズボン、あと先ほどサイズが判明した黒いスニーカー。
持ち物は、先ほど入手した鉄パイプ。何回でも問おう、なぜ鉄パイプなんだ。
剣と魔法のファンタジー世界なら伝説とまではいかなくてもそれなりの剣とか、ナイフとか、なんか立派な武器くださいよホント。鉄パイプでも一応武器にはなるが。
それと、ズボンの右ポケットを漁ってみると、日本国と書かれた500円玉1枚と100円玉が2枚。それとバネ状のゴムチェーンでつながれた鍵があった。
鍵はおそらく前世で住んでいた住居の鍵かな、もう出番はなさそうかなぁとなんとなくノスタルジックな気分になる。
そういえば、なんかゲームみたいにステータスウィンドウみたいな機能ないのだろうか。
「ケント Lv.1 職業:学生 HP:20/20 MP:15/15」
みたいな。
ちょっと指を振ってみる。
――ひょっと。
……しかしなにもおこらなかった。
じゃあこの鉄パイプならどうか。
――うりゃっ!!
……鉄パイプが石の床にぶつかり、カンッという音がする。そしてその衝撃が手に伝わってきた。痛い。
……この世界に魔法の類いは存在しないのではないだろうか。
とにかく、この鉄パイプがなんの変哲もないただの鉄パイプで、自分も特に前世と変わってないことは確認できた。
――なんか、想像していた異世界と違うような……
などとふと考えたが、ここでくよくよしていても仕方ない。ないものはないと割り切って進むしかない。それが男ミヤブチ・ケントなのだ。たぶん俺にも特殊能力はある! たぶん!
さて、進もうか。
決意を新たにして、正面の扉へと進んだ。
正面の扉を出た先は廊下であり、少し進むと先ほど見えた影の正体が判明した。
ネズミである。いや、ネズミっぽいものか。
姿形は元の世界のネズミそのものであるが、大きさが中型犬ほどとかなりデカく、おまけに二足歩行をしている。あと色が毒々しいピンクである。
どうにかやり過ごせないかなーと思ったが、向こうが許してくれなかった。
「シャアアーーーーー!!」
「うおっ!!??」
二足ネズミに襲いかかられて、思わず猛ダッシュで逃げる。
そして逃げるものは追うという動物の本能なのか、向こうも猛ダッシュで追いかけてくる。
――うわ、こええよ! 誰か助けて! てかあいつ速い!
などの心のぼやきが誰かに通じるはずもなく、逃げていると突き当たりにぶつかった。
右か左かの分かれ道。迷っている暇はない!
とりあえず右だ!!
突き当たりを右に曲がり、しばらく走って進むと……行き止まりだった。
あらやだ、どうしましょう。
振り返ってみると、さっきの二足ネズミがダッシュで駆け寄り、そして飛びかかってきた。
ネズミの目はまさに獲物を狩らんとするそれである。
ちょっと待ってどうしようヤバいヤバいヤバいネズミ怖い食われる食われる食われる待って待ってヤバい死ぬ死ぬ死ぬ誰か助けて――
――バシッ!!
気がつくと、鉄パイプを両手に持ちネズミに向かって振り下ろしていた。
ネズミは地面に叩きつけられる。
「キイイイイィィィッッ!!」
「うりゃああっ!!」
起き上がってきそうだったので、再度鉄パイプを振り下ろす。
ぐしゅっと肉が潰れたような音がしたあと、二足ネズミは沈黙した。
……殺した……のか?
「おっうぇっ……」
ネズミだったものを見て、思わず吐きそうになるが、生憎胃の中に口から出すものは入っていない。
そのあと、なんとも言えない気分にさいなまれた。
「これが、命のやりとりをするってことなのか……」
ははっと乾いた笑いが響いた。
――自分には、少しつらいかも。
その後、ネズミから逃げてきた道を戻り、先ほどの突き当たりまでたどり着き、さっき行かなかった方へ進む。
しばらく廊下を歩いていると、階段が見えた。
「これを上れば出口に行けるのかな?」
と階段を上ったが、上りきった先にはさっきと同じような廊下が続くだけだった。
階段を上ったあと、廊下は迷路のように入り組むようになり、幾度となく分岐そして行き止まりに遭遇した
また、さらに2回ほど二足ネズミの襲撃に遭い、そのたびに鉄パイプで殴り殺した。
――そう、これは正当防衛だ、襲われて、殺されようとしているからやり返しているだけなんだ。
自分の感情を殺しながら、敵を殺す。なんて滑稽な字面なんだ。
祭壇で拾ったときに鉄の輝きをしていた鉄パイプは、少しくすんでいた。
だいたい、あのネズミ速すぎだろ。
運動音痴な俺でも全力疾走すれば50メートル走で8秒代、つまり時速22キロほどは出していることになるが、それに普通に追いつけるとかどんな脚力しているのやら。
元の世界と同じように、ネズミらしく短足なのに。しかも二足歩行でダッシュしてくるのだ。
などと考えながら廊下を歩いていると、またしても二足ネズミに遭遇した。
「またかよ……」
頭を抱え、そして鉄パイプを両手で握って構えた。
……が、様子が少しおかしい。先ほどまでと違って、ネズミは襲ってこない。
なんだ、友好的なヤツもいるのか。まあ無用な殺生はよくないしな。
殺してるこっちとしても、わりと心身にきていた。
と思っていたのもつかの間、前に立っているネズミは自分の手を咥えると、
「ピイイイイイイイイイイイイイイイッッ!!」
「うおっ、何だ!?」
ホイッスルのような音が廊下中に響いたあと、自分の後ろからドドドドドドっと足音がする。
振り返ってみると……10体ほどの二足ネズミが迫ってきた。
「うわっ、ちょっ、まっ」
さすがにあの数は無理。三十六計逃げるに如かず。
「シャアアァァァ!」「キエエエエェェェ!」
「うわあああああっ、ちょっと、いや、そういうのは、なしだろ、さすがにぃ!!」
とにかく全力ダッシュで逃げた。
「はぁっ、はぁっ」
どのくらい逃げたのだろうか。
時間的にも距離的にも別に大したものではないのだろうが、俺にとってはとても長く感じた。
殺意むき出しで襲いかかってくるモンスターの大群怖すぎだろ!
階段を1つ上がって1つ上の階にのぼったのだが、ネズミ共は階段だろうがお構いなしに追ってくる。
ヤバい、疲れた。
そうして廊下をひたすら走っていると、右側の壁に1つ扉があることに気がついた。
「少しあの部屋に避難しようッ。ちょっと、走り疲れた」
自分で聞いていて生気のない声である。
扉を乱暴に開けて、素早く部屋に入り、素早く扉を閉める。
うん、今の一連の扉閉める流れ我ながら完璧だったぜ。
などと考えながら、扉の方に耳をやると、扉の外からネズミの鳴き声がするのがわかる。
「はぁっ、あいつらッ、まだいるのかッ」
一時的にではあるが、なんとか凌げた。さすがに走り続けて疲れたので、少しこの部屋で休憩するか。
祭壇にいたときからおなかはすいていたし、さっきからのネズミ共とのやり合いでのども渇いた。食糧調達とかも考えないとな……と思って部屋の中を見回すと、思わぬものに遭遇した。