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風の王  作者: zan
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アフターケア

 一方のイルはといえば、射撃の訓練を続けていた。

 あれから帝国軍の兵士たちをあちこちで殺して、随分だ。帝国兵とみなしたものは大体、撃ち殺すか殴り殺すかした。

 彼女の戦争はレッサードラゴンのカイの背から始まり、空の上から軍隊を見つけると飛び降り、手加減なしに殺傷し、一通り殺して終わるとカイを呼んで帰るという具合だった。

 新式銃の撃ち方もかなりわかってきた。かなり遠くから撃っても的に当たる。両手で連射してもかなり的確だ。一方の対竜ライフルはあまり安定しなかった。どのように狙っても、弾道は一定にならない。多少外れてもその破壊力で目標は砕けるので問題にはなっていないが、敵側に竜の子がいたら、問題だ。

 ただし、対竜ライフルの弾道が不安定なのは当然であった。構造上の問題である。イルが練習しているような長距離狙撃をもともと想定していないのだから、当然である。

 常人が扱う範囲の距離については、イルの射撃はもう人間の限界をはるかに超えている。だが、彼女一人だけが満足していなかった。

 ハンナが何やらいろいろと難しいことをしているらしい、というのはイルも知っている。たぶん、帝国にとってあまりしてほしくないことをしているのだろう。

 それ以上は知る気にもならなかった。ハンナは帝国を滅ぼす、自分は帝国軍を滅ぼす。それだけなのだ。


 そんなハンナがカイに乗って、王国軍の陣地へ帰ってきた。

 彼女が戻ってくるのは何日かぶりだったが、出かける時には持っていなかった大荷物が目立っている。

 大きな荷台のついた車だ。

 イルは興味深くそれを見た。帝国ではたびたび見かける、トラックだ。


「おかえり、ハンナ。この車は? 中に誰かいるの」

「何の力もない女の子たち。帝国で騙されて、身体を売らされていた子たちだよ。

 中には男の子だっているし、イルより小さい子もいたよ。病気になっている子もね」

「そう」


 イルは帝国兵ではないことを確認するや、トラックに興味を失った。

 レッサードラゴンのカイに近づいて、その顔に手を触れる。カイは目を軽く閉じて、息を吐いた。


「カイ、疲れた?」

「この程度では疲れん」


 そんな会話をする横で、トラックから降りてくる女たちを見て、溜息を吐いている者がある。


「これは、たくさんでようこそ、といっていいのかな」


 答えたのはアザリ本人だった。彼女は疲れた顔をして、こちらに歩いてきている。

 イルはアザリに手を振った。表情を変えずに頷いて、苦い笑いを返してきた。


「随分、たくさんのお嬢さんがいらっしゃったものだね。まさか私たちに面倒見てほしいなんて言うんじゃないよね」


 アザリとしては、病気もちの娼婦たちの面倒を見るのは嫌だった。ただでさえ人手が足りないといのに、そのようなことはしていられない。しかも、ここは前線なのだ。イルが常駐しているおかげで帝国軍は攻めてきていないが、いつ銃弾の雨が降るかは全くわからないのだ。

 困った顔をしているアザリへ、ハンナは軽く頭を下げた。


「すまないけど、彼女たちを綺麗にしてやってほしい。それと、元気になるまでここに置いてほしい」

「言いたくないけど、こんな前線に持って来なくてもいいだろ。なんで町の方に連れてかないのさ」

「王国の内部にはツテがなくて。アザリが面倒見てくれるなら安心していられるんだけど」

「ううん」


 アザリは天を仰いだ。無論、この程度の人数は抱えておけないこともない。だが問題なのは竜の子たちから預かるということで、丁重な扱いをしなくてはならない。

 それに、ギイ司令官の判断も必要だ。

 とりあえず食糧や、衣服の買い出しが必要なので、足りなそうなものをハンナに伝えた。そうしてから、彼女はギイ司令官のところへ走る。


 ギイ司令官はこの事態をあまり歓迎しなかった。面倒だったからだ。


「どうも余計な問題ばかりを持ってきてくれるな、竜の子たちは」


 ハンナの頼みを聞かないという選択肢は、残念ながらない。ここは受けておくべきだ。

 ギイとしてはハンナは目障りだった。彼女は好き勝手に帝国を荒らしまわろうとしている。それでは経済も文化もガタガタになってしまう。

 彼の計画では帝国をそのままの形で乗っ取り、自分に利益がくるようにコントロールをするつもりだったのだ。このままではそれができない。多少危ない橋を渡っても彼女の行動に干渉せねばならなかった。

 しかたなく、彼は自ら歩いてハンナたちのところへ出向いた。


 竜の子たちはアザリたちが用意した頑丈な椅子に腰かけ、何やら話しているところだった。

 カイ、イル、ハンナ。それにイスハもいる。問題の娼婦たちは車から降ろされ、アザリから何か確認を受けているようだ。

 ギイは努めて明るく声をかけていった。


「やあ、皆さん。この度は、たくさんのお客さんを迎えられて光栄だ。詳しい事情を聞きたいと思って、やってきた。すまないが、時間をもらえるだろうか」

「ギイ司令官、急に無理を言って申し訳ない。だが、この子たちは帝国に戻す予定だから、さほどの手間はかけないつもりです。

 ただ、帝国には戻りたくないという者もいるかもしれない。その場合は少し便宜を図ってもらえると助かります」


 ちっとも悪いと思っていなさそうな顔で、ハンナがそう言ってきた。ギイは頷いた。


「なんの。捕虜とした者たちを養うことを考えてみればこのくらいは大したことではない。

 それよりも君たちは休みもなく帝国へ飛び立っては戦ってきているではないか。しばらく休みを取ってはどうか。

 こちらとしてもゆっくりと話を聞きたいのだ。それに、王国内でも君たちの胸のすくような活躍を、ぜひとも詳しく聞きたいという者が多いのだ」


 これは嘘ではない。実際に、王国の議会や新聞屋がそう言っている。

 竜の子の機嫌を損ねればタダではすまないので、全てギイが退けてはきたが、確かにそういう輩は多かった。ただの好奇心で聞きたがっている者も多かろうが、サウティのように帝国憎しで、それをバタバタと倒すイルの英雄譚を聞きたいという者もあった。


「この者たちの境遇をしっかり聞きたい。勿論本人たちにも訊いてみるが、あなた方から聞いたほうがいいこともあるだろうし。

 そのついでといってはなんだが、王国の者たちに勇者の声を届けてやってほしい」

「少しなら構いませんよ」

「そうか。明日なら大丈夫かな。たくさんの人が話を聞きたいと言っているので、まとめてすませたい」

「問題ありません。イルは?」


 ハンナはイルに目をやったが、彼女は軽く首を傾げた。


「私、何を話したらいいのかわからない」

「だいじょうぶ、難しいことは訊かない。どうして帝国兵を倒してくれるのか、帝国がどんなあくどい奴らかを説明してくれればいい」

「そのくらいなら」


 イルが頷いたので、ギイ司令官は深く息を吐いた。

 時間は稼いだ。その間になんとしても、ハンナに先んじて帝国を保全する方法を考えるのだ。


 ハンナとしてみても、しばらくの間は娼婦たちの教育のために王国軍の陣地から出るつもりはなかったので、問題はなかった。 

 だが、イスハは休むことができなかった。女たちが必要とするものを手に入れるため、アザリの指示であちこち飛び回ることになったからだ。


「なぜ私がこのようなことを」

「いや、助かったよ。力仕事を任せられる女がいるってのは、ラクでいいね」


 アザリは大助かり、という意味でイスハに感謝していたが、彼女は溜息でこたえるばかりだ。

 彼女の頑張りのおかげで、その日のうちに連れてこられた娼婦たちに湯を使わせ、新しい衣装を用意し、温かい食事をふるまう予定がたった。

 アザリやサウティも無論飛び回っていたが、イスハの労働量が飛びぬけていた。竜の血の無駄遣いだな、とその様子を見ていたカイは鼻を鳴らした。


「結局、何人いたのですか?」


 たくさんの洗濯物を抱えたサウティが、アザリに確認をとっている。

 娼婦たちは今、順番に湯を使っているところだった。


「15人! うち、男の子が2人。みんなキャアキャア言ってるけど、できるだけ自分でしてもらわなきゃね」

「にぎやかですね」

「かわいい男の子なんて貴重だからでしょ。帝国だとそういうの、流行ってるのかもしれないけどさ」


 かしましい、という感じだ。慰安部隊の女たちは、陰間のかわいらしさに黄色い声まであげてしまっていた。

 身体を洗ってやるなど過剰なサービスをしているようだが、本番行為でなければ目をつむってやろう、とアザリは考えている。

 問題は今後の処遇だ。万一、彼らが慰安部隊に所属することを希望したとしても、直接的に兵士たちを慰撫するようなことは、させられない。

 ここに残る場合は別の仕事をしてもらうことになるだろう。

 アザリは15名分の聞き取り調書を用意している。15名か、と考えてうんざりした。


「頭痛いよ、どうもよくない」

「一服しますか?」

「何か飲み物をいれて頂戴」


 この後一人一人に話を聞き、情報をまとめなければならない。アザリは溜息をつく。

 しかしそんな彼女にギイ司令官は急遽、客を招くから会場を作るようにと言いに来た。イルたちの話を聞きに、王国内部から新聞、雑誌関係の者が来るらしい。

 つまるところ、マスコミ関係の者を招くのだから悪いことを書かれないようにしっかりと対応しろということだった。むさくるしく血なまぐさい戦場を生のまま見せるわけにはいかないというのだろう。段取りを組まなければならない。

 もちろん、彼女としては「慰安部隊は便利屋ではない」と言いたかった。言いたかったが、イルがかかわることとなれば、仕方がない。彼女は王国軍全員、どころか王国民全ての生命線なのだ。

 粗野な男どもに任せられるもんか、という考えもある。他人に任せて、万一のことがあってはまずい。

 だがこれは明日の夕方ごろまでに間に合わせればいい。まず今は、調書をつくらなくては。


 それから、かなりの時間が経過した。アザリは着替え終わった娼婦たちを一人一人部屋に招き、事情を聞いたのだが、15名ともなると随分かかった。

 サウティがすっかり冷めてしまった紅茶をとりかえてくれている。アザリはそれに礼を言うが、かなり声は小さかった。


「問題がありましたか?」

「問題しかなかったよ、彼女たちみんな望んで娼婦になったんじゃなかった。そこらへんから無理やりに連れてこられて、やらされてたんだ。どっちかというと、あんたに近い」


 アザリが顔を上げると、サウティは頷いていた。

 彼女の嗄れた声は聴きとりにくい。


「彼女たちと話をしても、よろしいですか?」

「うん、お願いしたい。そうだ、夕食に同席させよう。イスハが色々持ってきてくれたから、それを使って豪勢にしちゃおう」


 自分で忙しさを加速させてしまうが、これは必要なことだ。

 サウティがうまく入ってくれれば、娼婦たちとはある程度うまくやっていけるようになるだろう。

 アザリはぐっと背中を伸ばしてから、ギイ司令官へ許可を取りに行った。


 彼女のたちの奮闘のおかげで、その夜はささやかながら歓迎の宴が催された。

 15人の娼婦たちは、比較的落ち着いていた。竜やハンナにはまだ怯えている様子が見えたが、とりわけ幼く見えるイルをそれほど警戒することはなかった。

 娼婦の一人が会場の端に坐って、料理を食べているイルに近づいた。イルの座る椅子が異様に堅牢に作られているのが気にはなったが、話題にはしない。


「ここに坐ってもいいでしょうか?」


 ここでイルに近づいたのは、ドロテという名の娼婦だった。


「いいよ。私はイル、あなたは?」


 イルは食べる手を止めて、ドロテを見た。


「私はドロテと申します。あなた様が、竜の子なのですね」

「そうだと思う」

「まあ」


 ドロテは比較的裕福な家で育った娘だった。娼館へ拉致されたのも比較的最近である。

 その彼女の目から見ても、イルの見た目はあまりも幼かった。ハンナもかなり若かったが、それにもまして幼い。それも女性なのだ。


「何かおかしい?」

「いいえ、あまりにもお若く見えるので」

「そうかな」


 ドロテは年の離れた妹たちのことを思い出してしまった。


「私は帝国兵は許さないけど、そうじゃないなら仲良くしたい。ドロテ、よろしく」


 イルが差し出してきた手を、ドロテは握り返した。彼女はその手の小ささに驚きながらも、しっかりと握った。


「一応聞くけど、あなたは帝国兵?」

「いいえ。私は帝国兵ではありません、イルさま。私たちは帝国で誘拐され、これまで望まない仕事をさせられてきました。そこを、ハンナさまにお救い頂いたのです」

「望まない仕事って、くるわ? サウティもそうだって言ってた」

「ご存じなのですね」


 ご存知も何もないもんだ、と近くに立っていたアザリは息を吐いた。


「そう。サウティはひどい目にあったって言ってた。

 私もそうされかけたし、私の村の人たちは残らず殺されたし、ひどいこともされた」


 ひどいこと、というのがドロテには容易に想像できた。

 誘拐される際についでのように強姦されて、それで純潔を失くしたという者も仲間にはいたのだ。


「サウティ、こっちにきて」


 イルは話題に出たサウティを探し、呼んだ。実際にはここにいるほぼ全員がつらい目にあっているのだが、イルは細かいことを考えていなかった。


「イル、呼びましたか」


 やってきたのは、軍服に眼帯をした女だった。その声は嗄れていて、聞き取りにくい。


「ここに坐って。ドロテも帝国でひどい目にあったって言ってるから」

「おお、そうでしたか。さぞやおつらかったことでしょう」


 サウティは手袋をした手を差し出してきた。その手を握ったドロテは驚き、声を出しかけた。指が足りないことに気が付いたからである。

 さすがのドロテも驚愕の目でサウティを見たが、彼女は平然として、自己紹介をしてきたのだった。。


「よろしく、ドロテ。サウティは、帝国ではそこそこの家庭にいたのだけれど、家族はみんな死んでしまった。

 この指も、喉も、目玉も、全部帝国の人たちにやられてしまった。あなたは帝国に何をされたの?」


 ドロテは完全に飲まれている。

 片目で、声は嗄れ、指の足りないサウティの言うことには説得力がある。

 もちろん、ドロテとしても誘拐されて娼館に叩きこまれた被害者だ。特段の不自由なく育った彼女にとって、娼館での生活は地獄に等しかった。

 だが、指や声や視力まで奪われることはなかった。ドロテは娼婦にされただけだが、サウティは拷問を食らったのだ。

 彼女が圧倒され、言い淀んでいるとみるや、サウティからドロテの手を握った。


「私もあなたの気持ちがわかる。さぞ、さぞつらかったでしょう」

「確かに、あの生活はつらかったです。いつ、病気になるかと」

「でも、もう大丈夫。彼らはここまで追っては来れないでしょうから」


 ドロテはまだ困惑していた。大丈夫といわれても、ピンとこないのだ。

 彼女の現在の一番の目標は家族のもとへ帰って、抱き合うことだった。彼女だけではなく、ここにきた大半の娼婦がそう思っているだろう。

 その思惑を見透かしたように、彼女の背後にハンナが立った。そしてこう告げた。


「帝国の、家族のところに帰りたい?」


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