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風の王  作者: zan
44/50

離反

 ギイ司令官は、簡素なテントの中に坐っていた。

 警備のためにいくらかの兵士がついているが、それ以外には誰もいない。ハンナは会談の機会を得たことを幸運に思う。

 彼女は軽く頭を下げて、切り出した。


「はじめまして、ギイ司令官。私のことはご存知でしょう。自己紹介は必要ですか。

 それと、突然押しかけてしまったことをどうかお許し願います」

「ああ、楽にしてくれ。不意の来客には慣れているから、余計な気遣いは無用だ。あなたは帝国兵のハンナ・フォード殿だな。

 話は聞いているが、我々は詳しい事情を知らない。あなたがなぜ帝国兵でありながら、竜の子に殺されないのか、それどころか守られているのか。

 そして今や、あなたは帝国に追われる身となっているように思われる。

 我々の庇護を求めるというのであれば、せめてそのあたりはお話しいただいてもばちは当たるまい」


 と、ギイ司令官は一気にしゃべり切った。

 なんとしても話してもらうぞ、という気持ちを見せているのだ。ハンナは頷いて応じた。


「確かに、私は死んだことになっています。帝国にしてみれば、生きていて都合の悪い人間になってしまったからです」

「それで」

「帝国は私や私の家族を決定的に切り捨てて、放り出してきました。帝国に戻ったところで、殺されるだけです。お話ししたいことはたくさんありますが、時間は大丈夫ですか」

「有用な情報を得られるのであれば、時間は惜しまないよ」


 ギイ司令官は怒りを隠して言った。

 このハンナ・フォードという女と話をしていると、何か自分が試されているような気がしてくるのだ。言葉は丁寧だが、彼女からはそういう雰囲気が感じ取れる。プライドの高いギイとしては、あまり気持ちの良いことではなかった。


「まず私の目的を、お伝えいたします」

「お聞きしよう」

「帝国を滅ぼすことです。帝国そのものを」

「それは今まで聞いていたことと話が違う。帝国軍、の間違いではないかね。私たちは何度かそのように聞いている。

 竜の子は帝国兵を憎んではいるが、帝国人の平和を無暗に乱すようなことは好んでいないのではなかったか。もしあなたが帝国そのものをつぶすつもりであるというのなら、最初と目的が違ってしまっている。それは認められまい」


 帝国軍に対して既にそのように宣戦しているのだ。

 あくまでも、帝国軍にしか敵対しないと『竜の子』はハッキリ言ってしまっている。それを違えるのはよくない。


「いいえ。『竜の子』はあくまでも帝国軍にだけ敵対する。

 けれども、私は違う。私は帝国そのものを壊すつもりで行動する。それだけのことです、ギイ司令官」

「あなたと、竜の子の目的が異なるということか。それで、私たちに何を求めるというのかな」

「私は帝国を滅ぼしたい、王国軍は帝国軍を撃退したい。私の認識は間違っていないでしょうか、司令官」

「間違いではない」

「私たちは協力し合えるはずです。あなた個人の目的が別にあれば、話は変わりますが」

「私は軍人だから、上に従うだけだ」


 ギイ司令官は軽く頷いた。一点の曇りもない瞳でだ。彼は本心を隠すことに長けている。

 が、もちろんその心中では竜の子をうまくつかって帝国がもつ莫大な財をどうにかして切り取ろうと考えているのだ。ギイ司令官個人が利するような形になるよう、帝国を奪う。それが彼の目的だった。

 うまくやれば、帝国がもう一つ作れるほどの金が手に入るのだ。狙わない手はなかった。


「先ほどの激しい戦いの様子を聞いたが、『竜の子』とはいかにもおそろしいものだな」

「かもしれません」

「各地の軍需工場をつぶしにはいかないのかな」

「イルは民間人を殺さないと決めているのです。少しでも可能性があるなら、彼女は工場をつぶせないでしょう」

「そのような気弱で帝国を滅ぼせるかね」


 ハンナは答えなかった。かわりにこう言った。


「この基地に、帝国から逃げ出してきた女性がいるかと思います。サウティという名で、慰安部隊にいるはずです。

 彼女に会わせてはいただけませんか」


 サウティのことは特に隠しているわけでもないから、彼女のことを知っていても不思議ではない。

 だが、彼女自身はいまや何の力も持たず、ただ帝国の滅亡を願って兵士たちを慰め続けるだけの存在である。サウティが受けた拷問も、帝国の非情な行いを咎めて喧伝するにやや弱い内容であり、どちらかといえば帝国の内輪もめである。王国が表立って出ていく理由にするわけにもいかない。つまり、サウティは戦争とは直接関係のない人物である。

 そんな女に会うというのは、何なのか。


「会ってなんとする」

「帝国を必ず滅ぼすと、約束します」

「それは私から伝えておこう」

「いいえ、彼女にも訊きたいことがありますから」

「わかった」


 ギイ司令官は部下に命じて、サウティを呼ぶ。ひとまず相手の望みをかなえることで、話し合いを優位に進めようとしているのだ。

 ハンナは彼女が来るのを待った。むろん、これが初対面である。

 しばらく経ってからそこへやってきたのは、華奢な一人の女であった。眼帯をしている。その下には痛ましい傷があることが、すぐにわかった。

 王国軍の服を着て足りない指を手袋で隠し、平気なふりで歩いてきた彼女が、ハンナに与えた衝撃は小さなものではない。だが、ハンナはそれを押し殺して隠し、立ち上がって頭を下げた。


「呼びつけてすまない。私は元帝国軍人のハンナ・フォードだ。

 あなたとは同郷であり、そして私と同じように帝国を憎んでいると聞いて、ぜひ会いたくなった」


 サウティもまた驚き、戸惑った。

 だがハンナ・フォードという名はよく知っている。『竜に殺されない帝国兵』であり、『王国兵が殺してはならない帝国兵』である。


「私こそ、お会いできて光栄です」


 サウティは相手をたてて、へりくだった態度をとった。いつも通り、声はがらがらの聞きづらいものだった。

 相手は元帝国軍人と名乗ったが、帝国を憎んでいると自分で言ったのだ。であるなら、サウティはいつも王国兵たちを慰めているように、ハンナの味方をするしかない。


「知っておられるとは思いますが、私の指は帝国の者たちによって切り落とされ、純潔も名誉も踏みにじられました」

「そのように聞いております。おそらく、あなたの味わった屈辱と苦痛は私の想像を超えているでしょう」


 同じように、ハンナもサウティをたてた。気遣い、深い同情を示している。


「ありがとうございます。けれども、私は憎い帝国に対し、ふるう力を持たないのです。浅学非才、虚弱な私は恨むばかりで帝国に対して、何も。

 そこにイルが来てくださって、憎い帝国の輩をバッタバッタと倒してくださり、撃ち殺し、叩き伏せてくださった。

 私は、久しぶりに胸のすく思いがしました」


 そうだろうな、と後ろで聞いていてギイも思う。

 彼女たちはすでに、守るべきもののほとんどを失ってしまっているのだ。何もかもを奪われつくした後なのだ。

 ギイは自分の守るべきものや得るべきもののためにこれからも戦っていくが、イルやハンナ、サウティらはすでに失ったもののために戦ってきた。たぶん、今後もそうだろう。共感もあろうというものだ。


「私もそう思っています。死んだ帝国兵の数だけ、私たちは微笑むことができる。殺した敵の数ほど、私たちは心休まる」

「でも、足りません。私は帝国の人間が一人残らず絶えるまで、ゆっくり眠ることなどできないでしょう。だから、そうなるように願っています」

「ならば、行動しなければいけません。サウティ、あなたは帝国を激しく憎みながら他人頼みだ。それではいけない」

「私の指で、銃を持てと」


 無力感を募らせた目で、サウティは言った。

 彼女も本当は自分の手で戦いたかったのだ。イルのように、バッタバッタと敵をなぎ倒すことはできなくとも、一人くらいは打ち倒したかった。だが、蝶よ花よと育てられ、重い荷物を持ったこともないようなサウティにできることは限られている。その上、今は人並みの視力も器用さも失っている。

 それでも、ハンナは許さない。


「あなたは自分の体で、王国兵たちを慰めている。自尊心を押し殺して復讐に心を燃やしているのは立派だが、それは間接的な手段だ。それでは心は晴れない。

 あなたが求めているのは、他人である王国兵たちの武勇伝ではなかったはずだ。あなたは戦わねばならない。あなたが求めているのは、残念ながらもっと残酷で、直接的なものだ。血だ。帝国兵どもの汚い血を見てこそ、あなたは晴れる。

 そうであるはずだ、私だってそうなのだ。ましてや、自分の誇りと純潔と、必要だったたくさんのものを奪われたというのなら」

「そうかもしれませんが」


 サウティは戸惑った。

 確かにハンナの言うことは当たっていた。帝国を恨むサウティが望んでいるのは帝国兵たちが自分の力で死に絶えていくさまを見ることなのだ。

 だが、迷い始めたサウティを遮るようにギイが口をはさんだ。


「そこまでにしてもらいたいな。目の前で部下を引き抜かれるのは気持ちのいいものではない」

「ギイ司令官、彼女には帝国に対して報復する権利があるのです」

「しかし君は私の軍の人事に口を出す権利を持ちえない。彼女についてはこれまでだ。あらためて訊こう。君は本当に帝国を滅ぼせると思っているのかね」

「叩き潰します、必ず」


 ふむ、とギイ司令官はうなった。

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