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風の王  作者: zan
42/50

甘く見ていた者

 ウクルは調子に乗って暴れていた。

 今の彼を止められるような者はなかった。王国兵は次々と、彼の前に紙屑のように倒れていった。

 王国兵らとて、飛行船がやってきたのは確かに見えていた。戦闘の準備も確かに、怠ってはいなかった。

 油断していたつもりもなかったが、まるで歯が立たない。

 彼らは相対して今、ようやっと知った。

 まさに悪魔だと。

 それほどまでに、敵は強かった。強すぎるといってもいい。人智の及ぶところではなかった。

 王国兵は怖気づき、浮足立ち、混乱している。ウクルはそうした者たちを思う存分蹂躙した。徹底的に破壊した。


 殺戮行為がこんなに楽しいものだったとは!


 ウクルは自分が無敵のような気分で、無力な兵士たちを次々と撃ち殺し、ときには殴りつけて空へ飛ばした。兵士たちは手足をあり得ない方向へ折り曲げながら飛び、穏やかな回転をしながら悲鳴を上げ、地面に落下していく。

 遠くまで飛ぶと、こちらまで気分がよくなる。

 たくさんの案山子を次々と蹴り倒して壊しているような爽快感がある。

 彼らが仕掛けてくるささやかな反撃などは全く苦にもならなかった。銃などは通じない。少々痛いとは感じるが、その程度だった。

 一人が山刀のようなごつい刃物で切りかかってきたが、堂々と額で受け止めてやった。刃物は折れて、その男は須臾の間もなく踏み砕かれる。

 無駄な抵抗はやめろよ、と言いたくもなってしまう。

 少し殴っただけでつぶれて動かなくなってくる弱い生物たちが、自分に殺されるために立ち向かってくるが、あまりにもか弱くて、せつない。ああ、これでは自分が残酷なようだ。

 いや、残酷でも構わないか。これほど楽しいのであれば。


 血と臓物のにおいに囲まれ、ウクルは高揚しきっていた。

 楽しいのだ。あまりにも、楽しいのだった。

 殺戮は楽しいことだ。弱いものをいじめるのは、楽しいことだ。

 彼はそれが正しいと信じている。自分でやってそう思ったのだから、そう感じたのだから、当然だ。

 そんな彼の前に、明らかに軍用ではないコートと帽子を着込んだ子供が出てきた。


 躊躇もなくウクルはその子供にも銃をぶっぱなし、命を狩ろうとする。だが、その子供は弾丸から逃げることもなくこちらへ大きな銃を向けてくる。弾丸を確かにうけたが、倒れもしない。

 冷たい目でこちらを見て、しっかりと銃を構えている。いつでも撃てるだろう。

 その動作だけで、それがただの子供ではない、とウクルは見た。


 こいつは!


 出た。

 『竜の子』だ。おそらく間違いない。

 ウクルは興奮した。

 殺戮の中ですっかり彼は、冷静ではなくなっている。全能感が彼を支配していた。

 竜の子が多少強くとも、簡単にひねりつぶせるはずだった。

 見た目には小さな少女である相手を思う存分、国家の名の元に凌辱しつくしてよいという状況に、ひどく彼は興奮した。股間は屹立した。加虐趣味は彼にはなかったが、戦時の高揚が幼子を残酷に殺すことに背徳的な喜びを見出させている。


「お前が帝国兵を殺している『竜の子』か!」


 一応、問いかけてみる。すると相手は答えた。


「『竜の子』かどうかは知らない、私はイル。

 王国兵をたくさん殺しているあなたは、帝国兵?」

「そうだ!」


 自信たっぷりにこたえた瞬間、稲妻でも落ちたような強烈な爆発音とともにイルの持っていた銃が火を噴いた。ぱぎ、と何かが折れるような音が自分の頭蓋骨から響くのをウクルは確かに聞く。

 そして彼は倒れた。衝撃によって吹き飛ばされるようにして。


 何?

 まさか、撃たれたのか?


 そう思いながら、彼は自分の視界が狭まり、自分の意志通りに体が動かないことを知る。


 おかしいな、銃なんて効くはずがない。竜の血を浴びて、無敵になったはずじゃないか。


 ウクルの体から自由は奪われている。膝も立てられないし、目の前の光景もはっきりとは見えない。耳も聞こえない。


 馬鹿な、痛い!

 痛い、痛い! あのときの痛みほどではないが、ダメだ、立てない! 指先が、膝が、動かん、震える!


 激痛が彼の体を襲った。痺れかえるような、指先から全身に電気でも流されたような声も出せない痛み。

 痙攣が彼の体を襲った。自分の意志ではない、生命活動の危機的な状況を知らせる振動がガクガクと彼の体をゆさぶる。

 そうした変化に、発汗も追随した。さらに動悸も加わる。

 じわり、と背中の筋が熱を帯びてきた。

 ブルブルと震える不自由な手でウクルは必死に地面を這いつくばった。滝のように流れる血が視界を遮った。赤くぬめる視界の中を彼は探る。


 敵は、敵はどこか。

 殺さなくては、と。


 まさかの不意打ちで、少々痛い思いをさせられたが、それだけだ。まだそれだけだ。無理にもそう思い込んで、ウクルは『竜の子』を視界の端にとらえた。叩き殺せば、終わりだ。

 『竜の子』さえ殺せば自分の勝ちのはずだ。他の有象無象にいくら撃たれようと効くはずもない。


 歯をむいて小さな子供に襲い掛かるウクル。

 かつてはコイントスで、切り絵で、あらゆる奇術で人を楽しませてきたその男は、暴力の化身となって器用だった手先を乱暴にふるう。楽しみではなく死を与えるために。

 『竜の子』は襲い掛かるウクルと一瞬だけ目を合わせてきた。

 その瞳にうつされたものは、深い絶望と怨嗟。深淵であった。

 希望も、未練も、執着も、全くなかった。ただ、恐ろしいほどの恨みがそこにあった。

 ウクルの八つ当たり的な攻撃とは違う。

 イルは、報復をしているのだ。それも、とてもわかりやすい報復を。そして達成するまで決して揺らぐことのない信念をも併せ持って。


 ああ、こいつは支えているものが違う。その足を、大地に立たせているものはこれほどに深い復讐心だったのだ。俺とはまるで違う。心のありようが全く異なっている。

 普通なら勝てないだろう。だが、今の俺は無敵だ。

 その復讐心は噛み砕いて、捨ててやる。俺の力なら、お前を葬ってやれる。

 恨みの力はすごいが、竜の血を浴びたのは、お前だけじゃない。叩き伏せてやる。

 踏みにじるということは、こういうことなのだと知らしめてやろう。世の中には恨みだけではどうにもならないことがあると教えてやろう。


 痛みと痙攣に支配される身体にも、歯を食いしばって言うことをきかせる。ウクルはイルを叩き潰そうとした。

 だが伸ばした腕は砕け、手首から先が四散した。

 イルが伸ばしてきた右手とかち合って、打ち負けたのである。『竜の子』の拳に砕かれた自分の手がバラバラになって飛ぶ。骨ごと千切れ飛んでいく。


「お」


 憎しみに凍った目がウクルをとらえていた。

 殺意が彼を襲った。

 竜の血で無敵となったはずの、彼の腕が千切れていく。なぜ負けるのか、ウクルにはわからない。

 バランスをとれずに崩れ落ちかかる。痛みが激しい。


 だが、まだだ。まだ!


 ウクルは目を見開いた。何もかもを押し殺して、両足を踏ん張った。

 自分の右手は砕けたが、敵だって無事で済んではいない。『竜の子』の腕は肩からだらりと垂れ下がって、動かない。折れたのだ。

 無敵とも思える敵の片腕を傷つけたのだ。無意味ではなかった。


 もう一歩だ。今こそ、今だからこそ戦うのだ!

 こいつを殺せ!

 凶暴になるんだ。殺すのだ。そうだ、殺せば終わりだ。帝国からたんまり報酬をもらって、またあの贅沢三昧の日々に戻るんだ。しかも、今度は労働もしなくていいのだ。


 イルは自由の利かない右手を見限っていた。

 エマの報告で、この目の前にいる相手が帝国でつくられた『竜の子』だということはわかっている。対竜ライフルで倒れてくれるとは思っていなかったが、さすがに竜の血を浴びた苦痛を超えてきた相手である。

 とんでもない生命力を持っているようだった。片手を砕いたのに、まだ戦うつもりでいるのだ。

 どうすれば相手が死ぬのか、と一瞬考えてしまうほどには、強い。

 しかし相手は帝国兵である。

 見逃すという選択肢はありえないし、生かして返すわけにもいかない。必ずここで、報いを受けさせる。後払いはない。


 敵はこちらの首元に噛みつこうと歯をむいている。

 そこでイルは左拳を握り固めて、敵の両ひざあたりを薙ぎ払った。彼の足は砕けて、上半身が崩れ落ちていく。

 反撃の機会を与えず、倒れこむ彼の腹の上に踏み込む。体重のあるイルの足はずぶずぶとその腹へ食い込んでいった。めりこんだだけの肉が周囲にずぶりと広がる。

 イルは腹の上に立ったまま彼の首元をつかみ、つりあげようとした。

 体の上に立っているので、それは不可能ごとである。敵の体が一つである限りは。それでも、無理やりにイルは彼を引っ張り上げようと力を籠める。

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