つくられた竜の子
男三人、女二人。
老若男女問わず3,500人の志願者に血を浴びせて、動けるようになったのはたったの五人。
帝国軍人であったものは二名。ほかの三名は非戦闘員、文人であった。
皇太子は五人の竜の子を集めて、食事をふるまった。そうして帝国の存亡は君たちにかかっていると言った。
この成功に気をよくした皇太子はさらなる竜の子を得るべく、志願者の募集を再開していたが、それは言わなかった。
「こうしている今も、竜の子は帝国兵を手にかけているだろう。帝国には諸君の力が必要なのだ」
言っていることは間違いない。竜の子の助力がなければ、遠からず帝国軍は消え去ってしまう。
一方で、実のところ皇太子は竜の子になった者たちを恐れてもいる。彼らがもしも帝国を裏切るようなことになれば、被害の拡大は確実だ。人心を掌握することにかけては自信のある皇太子であるが、こればかりはどうにもしようがなかった。
彼らが帝国を相手にしても勝てるだけの力を得ていると気づき、野心を抱いたならその途端、国は傾く。帝国は飼い犬に手を噛まれて滅びることになるのだ。
皇太子は軍人であった二人の男に、特に目をかけていた。
一人は格闘技の教官であり、血を浴びることに対してのリスクを説明されても眉一つ動かさなかった愛国者である。
もう一人は新人だったが、それでもその勇猛さと勝利への貪欲さは人一倍にあって、裏切る心配はないように思えている。
彼らに任せれば何とかなるのではないか、と皇太子は思う。
何しろ残りの三名はといえば、このご時世にあって旅芸人などをやっていた素性のしれない男と、栄養失調で死ぬ寸前だったのを拾われた女、それに性病にやられていた娼婦である。こいつらは信用できたものではない。
とにかく竜の子という戦力が欲しかったので志願者の全てに血を与えたものの、そこに他国の間者が混じっていなかったとは言い切れない。五名の『竜の子』はそろって帝国への臣従を誓っていたが、口先だけならなんとでもいえる。
「あらためて、諸君らの心意気を聞きたい。帝国を滅ぼさんとする『竜の子』に打ち勝つ自信はあるかね?」
試しにと、皇太子は問いかけてみた。
まず、格闘技の教官が声を張り上げた。彼は血を浴びた時には四十を過ぎていたが、血のおかげか若々しい外見を取り戻していた。その筋肉も盛り上がり、力強さをアピールしているようにも感じられる。
「あります。血を浴びる以前より、竜の子のことは耳に入っていました。何万もの同胞を殺した彼女に対し、慈悲は一切ありません。
ここに、この帝国軍人アンピスの全力をかけて、竜の子の首を殿下の前に届けることを誓いましょう」
怒りを内側におさえこんだ声で彼、アンピスは誓う。
次にほっそりした女性が前に進み出て、胸に手を当てた。
「死を待つばかりであったわたしを救い上げてくださった殿下のためならば、恐れるものは何もありません。
竜の子とやらに、私のすべてをぶつけてまいりましょう」
「よろしい、君の名は?」
「失礼いたしました。私はイスハと申します」
イスハが頭を下げると、次に旅芸人の男が出た。
「たいそう痛い思いをしたぶん、私らはうっぷんが貯まっている。それを竜の子とかいう敵にぶっつければいいのでしょう、殿下。
二か月以上もただただ苦しんだんだから、私もいっちょう、がんばらせてもらうつもりでおります」
彼の名はウクルという。皇太子にはジャルーがこっそりと教えた。
おかげで皇太子は頷いて引き下がらせるだけでことがすんだ。それが終わると、今度は娼婦が一歩前に出た。
「忌々しい病気が治ったうえに、こんなに強い力ももらったのです、殿下。ほかの者はどうか知りませんが、私は殿下と帝国に恩を感じております。
この恩を返すためにも、竜の子は必ず討ち取って、殿下の前に戻ってまいります」
娼婦の名はエイリーという。ジャルーの言葉にうなづき、皇太子は娼婦を下がらせる。
最後に出てきたのはオスロという名の帝国兵である。
「5人とも母音から始まるとは。覚えやすくてよかったな、殿下」
ジャルーはニヤニヤと笑っていたが、皇太子はこれを無視してオスロの言葉に耳を傾けた。
オスロは新人兵らしい暑苦しい挨拶をしたが、あまり印象に残らない。それよりは顔が素晴らしかった。かわいい顔立ちであったが、竜の血でそれがより加速しているようにみえる。
軍隊などにいては、あっという間に汚されたであろうなと容易に想像されるほどの女顔だった。
彼は周囲からの欲情の目やセクハラに耐えきれなくなって志願したのだとも言っていた、とジャルーが小声で注釈する。なるほどと皇太子は納得し、あらためて五名の竜の子を見回した。
イスハは痩せているが、肌は綺麗だった。もう少し肉付きがよくなれば男たちが放っておかないだろう。
エイリーは元々美しい娼婦だったらしいが、いささかもそれが失われていない。美女には見慣れている皇太子でさえ、一瞬目を奪われるほどだった。
その二人の女性をも上回って、オスロの美しさは目立つ。セクハラを受けていたという話が嘘とは全く思えないほどだった。
飄々としたウクルはつかみどころがない。本当に帝国に忠誠心があるのか怪しいところだ。
アンピスは今すぐにも戦わせろと言いたげだった。隆々とした肉体がはちきれそうにみえる。
「うむ、皆の心意気確かに聞いた。私は一人一人の意気込みを支援するものである。
殺された同胞の無念を背負ってくれるアンピスよ、お前の心強さに殺された皆も晏如として眠ることができるであろう。お前の名は帝国の歴史に刻まれ、決して忘れられはすまい。
イスハのような者は他にも多くいたが、残念ながら多数の者は強すぎる竜の力に意識を飲まれてしまった。私に尽くしてくれるイスハはそのような者たちをも安らかにするであろうし、また私の心痛をもきっと取り除いでくれるであろう。
この二か月に味わった痛みを忘れえぬウクルは、自らの痛みのみならず、ここに来れなかった3,400以上の魂の痛みをも引き連れているであろう。存分、竜の子へその鬱積をぶつけて晴らすがよい。
私への恩を感じてくれているエイリーよ、私は忠勇な士を得て真にうれしく思う。きっと、お前の活躍が近く耳に届くものと確信している。
オスマ、おお、オスマよ。お前がここに志願するまでにたどった悲惨なる道のりと苦難を私は知っている。そして私は謝らなければならない。誠実・忠実・勇猛なるはずの我が部隊においてお前という貴重な人材に対し不貞を働く輩がいたことを、私は知りもしなかったのだ。どうか、どうか許してほしいオスマ。そして新たな力をどうか、この役立たずの皇太子のためにふるってはくれまいか」
と、皇太子はそれぞれに向けて語りかけた。
ウクルはともかく、他の四人はそれぞれに感じ入った様子であった。これならひとまず大丈夫であろう、と彼は判断する。
その後食事は終わり、5人の竜の子はそれぞれの宿舎に戻った。その場に残った皇太子とジャルーは彼らをどう使うかの計画を立てなければならなかった。
「一人か二人は、帝都に残しておきたい。今まで攻められなかったのが不思議なくらいだが、帝国兵以外を殺さないようにしているのは本当らしい。
しかしそれでも首脳部を殺されれば終わりだ。虎の子として温存する意味でも残したほうがいい。オスマが適任か。
あとは、一人くらいはどのくらい戦えるものか派遣してみてもいい。その戦いの様子でも持ち帰ることができたら、だいぶ精神的に楽だが。この役目はアンピスかウクルだろうな」
「ウクルがいい、あれで逃げ足と見切りの早い男。逃げられるところを、アンピスだと突っ込んで死にそうな感じが危うい」
「ならば様子見役はウクルだな。イスハも行かせて、奴が万一死んだときは報告させるようにすべきかもしれん。ほかは今のところ帝都に残しておくか。一応輸送手段も用意させたことだし」
「ではそのように」
皇太子は頷いて、立ち上がった。彼は次の仕事場に向かう。いつまでも竜の血で遊んでいるわけにはいかなかった。
この二か月間に軍が受けた被害を回復させるため、財務卿と折衝が待っているのだ。
「ああ、次の志願者はどのくらい集まった?」
ひどく気軽に彼は訊ねた。部下が答える。
「応募者は16,000人を超えています、殿下。イスハとエイリーの命が救われた事例を取り上げ、宣伝させましたので効果があったかと」
「帝国中から集まってくる勢いだな。なんとか予算を増やさねば」