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風の王  作者: zan
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志願者たち

 ジャルーと皇太子の手によって、『竜の子』にならんとする志願者が集められた。

 無報酬ということだったが、それでも応募者は多数にのぼり、ジャルー一人の手ではとても管理できないほどになっている。皇太子は自分のところから人を回して、竜の血を浴びる人間を管理させた。


「帝都に集まった志願者は、昨日までの時点で3,500人ほどになっています。ひとまず彼らは館に押し込んでいますが、どのようにされますか」

「なに、片っ端から血を浴びせるわけにはいかんのか」


 皇太子は思わずそう答えていた。

 彼は、竜の子になる可能性が低いというのであれば、母数を増やすべきだと考えている。集まった人間すべてに竜の血を浴びせれば一人か二人は竜の子になるだろうという見込みだった。

 白衣を着込み、博士らしい格好になったジャルーは彼の問いに答えた。


「それでは大半の人間が物も言えないで苦しみ続けるだけの肉人形になり果てるが、殿下。それでよいというのであれば、私はかまわんがね」

「志願者には十分にリスクを説明したのだ。ほんの少しであろうとも彼らが竜の子になる可能性だってあるのなら、血を浴びせることに躊躇する理由もあるまい」


 そう言われて、ジャルーの助手に任命された男は思わず意見する。


「し、しかし、おそれながら、殿下。ほとんど動けない重病人や、貧乏のあまりに栄養失調になっている者も多いように思われます。彼らにも血を与えてよいのでしょうか」

「かまわんよ」


 もちろんジャルーもこれに反対しなかったので、志願者には漏れなく竜の血が浴びせかけられることになった。

 特に実験的な要素はなかった。竜の子になることを期待した皇太子の思惑通り、全ての志願者が血を浴びる。

 中には帝国軍人もいたし、平民もいた。男も女も、老いも若きもあった。健康な者もそうでない者も。

 どういう者に適性があるのか、前例が少なすぎてわからないとジャルーは言う。であるなら、皇太子の言う通り片っ端から血を浴びせることが近道だとも思える。

 帝国軍の技術者たちは竜の血に興味を抱いて研究の対象にしたいと申し出ており、これは認可された。だが彼らは何の成果もあげられなかった。結局、予算をバカ食いしただけで何の結果も残さない帝国技術部に苛立った皇太子は彼らの部署を解体してしまうことになる。


 一方血を浴びた者は例外なく、苦痛に呻いた。

 このことは予想されていたので、重病人に対するような扱いを彼らは受ける。ベッドに寝かされ、食事なども世話された。


「至れり尽くせりじゃ」


 何がおかしいのか、ジャルーはこれをみてゲラゲラと笑ってさえいた。

 抗いがたい痛みに耐える彼らがうめき声を上げるさまは地獄にも見える。そうして、彼らの中の何割かはそのまま意識を失って二度と目覚めなかった。

 これも予想されたことではあったが、皇太子は溜息を吐いた。


「1,000人以上も死んだか。こいつらの世話をしていた金は無駄になったな」

「安心しろ、殿下。残った連中には見込みがあるということだ。あとは体をしっかり動かすことさえできれば、竜の子になれる。まあ体を動かすだけでも死にたいほどの苦痛があるという話だが」


 ジャルーは笑っていた。人が死んでいるのがおかしいらしい。

 皇太子にはその感覚が理解できなかったが、とにかく仕事はしているのでいいだろうと判断した。そして問いかけた。


「竜の血はまだあるのか。そもそも、どこから調達してこれたのだ」

「懇意にしている竜がおってな。譲ってもらっておる。まだまだ在庫はあるが、あまり無駄遣いはしたくないな」

「まあそれはいい。それで、どのくらいが動けるようになる」

「わからん」


 皇太子はじろりと横目でジャルーをにらんだが、彼女は全く気にした様子もない。


「資料は少ないし、人体実験をするわけにもいくまい。約束通り、全滅しても何も言うまいな」

「わかっている。その場合はまた人を集めるだけだ」


 それからしばらく、皇太子は国の業務に忙しくなっていた。その間も『竜の子』は場所を問わずに出現し、次々と帝国兵を殺していた。もう犠牲者の数を数えることすらばかばかしくなるほどの被害が出ている。

 相手に傷を負わせたという報告もないし、討ち取ったという報告ももちろんない。

 たった一人のために何個師団が壊滅したのか。

 被害の総額は年間の軍事予算に匹敵しようとさえしていた。


 国土は侵されていない。

 非戦闘民が殺されることもない。軍需産業が被害をうけることもない。

 だから、まだ帝国は元気である。

 日々、戦争のために必要なものは次々と生み出されている。各地で帝国兵も雇用され続けている。

 それ以外にも多々国としての問題はあるのだが、そのための会議などをしている場合ではないような気がしてくる。


「山岳で訓練中の軍がつぶされました、生存者はありません」

「公国軍への出撃予定だった第八師団が全滅しました。竜の子の仕業と思われます」


 一週間に二度はもたらされるそうした報告をまるで途絶えさせられない。対竜ライフルなどどこにどれだけ配備しても、抑止力には全くなっていない。

 『竜の子』はひどい勢いで帝国兵を殺している。

 一方竜の血を浴びさせた者は、勝手に死んでいた。何もしなくとも毎日死亡報告が上がってくる。正確には、意識が戻らなくなったという報告だった。

 ただの肉人形となったそれらを捨てることも面倒なことになっている。

 意識のない『竜の子』へのなりそこないを前に、ジャルーは冷徹に言った。


「彼らはもう、自分の意志で動けはせん。かといって放っておいても死ぬことはない。何をしようが、寿命が尽きるまでは生きる。動かない分だけしぶといのだ。こうなってはどうしようもない。どう使うかは殿下に任せる。捨てるか、土嚢にするか」

「男女に選別して、女は娼館に送ってやれ。男はそのまま埋葬しろ」

「娼館に送ったところで、動けないのだ。マグロだがいいのか」

「多少は需要もあろう。少しでも金を戻してもらわにゃ困る」


 皇太子は憂鬱な時を過ごしていた。

 何しろ、竜の子によって本営が壊滅しているのだ。あれは、いつでも帝国の本部など叩き潰せるという宣言でもある。

 ということは、いつこの場に竜の子が飛んできてもおかしくはないということだ。

 竜の血を浴びせた者たちは病院に見せかけた施設に収容し、管理してはいる。それでも、いつ彼らがやってきて決定的な破壊をするのかわかったものではない。


 だが、ジャルーは彼に朗報をもたらした。志願者全員に血を浴びせてから、二か月が経過していた。


「殿下、五名が生き延びて『竜の子』になった。彼らは皆元気で、かなりの強さと重量を備えている」

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