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風の王  作者: zan
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帝国兵の地獄

 イルの目標となっている帝国軍の前線基地を指揮する司令官も、情報を得ていなかったわけではない。

 目の前の王国軍の陣営に竜が下りたことは見えていたし、この頃には帝国の本営がたった一人の子供に潰されたことも情報として入ってきていた。

 さらには将校や下士官から一旦帝国へ引き返すべきだという声もあがっている。これ以上竜を刺激してはならない、彼らにとって自分たちは塵芥も同然であり、いまにも消されるだろうと。

 しかし帝国軍の前線基地の司令官は、将校や下士官の言葉をあまり聞かなかった。この大軍勢なら竜と子供の一人くらいは押しつぶせるだろう、という判断をしたのである。

 だから彼は、王国軍が竜を迎えて何やら宴をするような油断の限りを尽くしていると聞いても、特に脅威に感じることもなかった。自分たちは王国軍にとっても十分な脅威であるし、竜にしても安易に攻め入れない軍勢だと思っていたのだ。

 司令官は完全な愚か者というわけでもなかったが、そうした判断をした。何しろ彼に与えられた情報というのが、正しいものとは言えなかったのである。


 帝国から見れば、対竜ライフルの威力は十分なものであった。そもそもあれ以上威力を上げることは大型化を招き、携行して歩くことが不可能となる。

 竜の殺害は失敗した。だが本営に表れた子供は明らかに怪我をしていた様子であったし、竜は片目が潰れていた。そのように報告されている。ということは、つまり、通用しないわけではない。しっかりと相手をとらえて撃ち込むことができれば、殺せると考えられた。

 その上射撃術に秀でるとはいえ、竜を従えているのは子供である。


 こうした考えから帝国の司令官は撤退を考えなかった。

 逃げないで、戦うつもりだった。帝都からは対竜ライフルが配備されていることも、彼の自信になっていた。もちろん輜重部隊が運んできたものだが、二丁ある。耐衝撃用のアタッチメントもあるので、肩を破壊される心配もない。

 ここで竜を仕留めれば、司令官の名誉はゆるぎないものとなる。

 彼は動かなかった。いつでも来い、とばかりに守りを固めた。子供の一人くらい、集団でかかって押しつぶせる。いくら射撃がうまくとも、こちらは何万人もいるのだ。数の前に個は無力だ。竜だって、このライフルの前に倒れるはずだった。


 戦いは唐突に始まる。

 竜が近づいてくればわかるだろう、と思っていた司令官は特に愚かというわけでもない。普通ならそうだからだ。帝国で開発されている飛行機の類はどれほど早く飛ぼうが近づいてくれば見えるものだ。なんにしても、実際の襲撃までに余裕はある。その余裕の間に対竜ライフルを用意して迎え撃つくらいはできるはずだ。

 だが竜はそうでなかった。偵察兵が何か空に舞っているな、と視認して、すぐに大きな声で叫んだ。


「何かが近づいてく」


 それが言い終わらないうちに、彼の真上を通り過ぎて、陣の中に何か非常に重いものが落ちた。それで彼は自分たちの手遅れを知った。

 土煙が舞い上がって、何も見えない。同時に轟いたすさまじいばかりの音が耳から消えるまでの間に銃声が少なくとも20発は響いた。勇敢な帝国兵が所属不明の物体に果敢にも銃を撃ち込んだ、というわけではない。

 偵察兵は何が起こっているのか見極めようと目を凝らしたが、自分の胸に食い込んだ弾丸を熱く感じる暇もなく、その場に倒れ伏した。何が来たのか、何があったのかもさっぱりわからないまま、意識を失ってしまう。

 偵察兵だけでなく、その場にいる帝国兵の大半は何が来たのか、何にやられているのかわからない。まるでも何もわからないまま、次々と味方が倒れていく。突然のことに戸惑っているだけの帝国兵ばかりではない、咄嗟に反撃を試みる者もいた。敵の姿はどこにあるのかと探し、銃を持ち、怪しいところへ即座に引き金を引く。

 しかし命令を下すものがいなかった。どこにもいなかった。がむしゃらな反撃はほとんど効果を出さず、かえって反撃で死体が増えていく。悲惨な同士討ちもあった。

 もちろん、カイがイルを連れてきたのだ。カイの背から飛び降りたイルが帝国軍の前線基地を襲撃しているのだ。

 イルは一番偉そうな人間のいる位置を狙って飛び降りた。司令官はその下敷きになって死んだ。だからもう、この前線基地を指揮する人間はいない。

 兵士たちは何もわからないまま、イルの持つ新式銃を食らって倒れていく。

 帽子とゴーグル、コートまで見えたところでようやく帝国兵は竜の子だと知った。

 帝国兵たちは逃げ出そうとする。その背中にもイルは容赦なく銃弾を見舞った。

 その場にいる帝国兵の多数が、司令官の近くにいることを許された歴戦の者か、あるいは身分の高い者だった。それでもイルの襲撃にはほとんど対応できていない。頭を撃ち抜かれる者も多い。


 手当たり次第に帝国兵を撃ち殺しながら、イルは地面を蹴りつけて飛びあがった。

 敵はまだこちらに敵意を向けることさえもできていない。今のうちに多数を殺せば、組織だった抵抗も無意味になる。

 踏み切った地面を影魔が保護し、イルの体は大きく浮き上がった。周囲に築かれた簡素な軍用の建物の屋根をも飛び越え、兵士たちの真上に舞う。その滞空時間も無駄にせず、撃って撃って撃った。


「敵襲、だ!」


 兵士たちが叫んでいるが、すでに何もかもが遅かった。叫んだ帝国兵もすぐに銃弾の雨を浴びた。目に見えた動くもののほとんどすべてを、イルは正確に撃った。カラになったクリップが地面に落ちていく。

 撃ち抜かれた兵士たちは倒れ、何も語れない。

 着地と同時に、目にも止まらない速さでクリップを詰め替え、すぐさまイルは次の敵を撃つ。いくらでも敵はいた。

 一秒に一人の敵を倒しても、この前線基地の帝国兵を全滅させるには一日以上かかる。それほどに敵は多いのだ。そんな甘い見通しはしていないが、とにかく急いだほうがいい。

 敵は、逃げるのだ。

 イルはすべての帝国兵を殺すつもりでいるから、逃がしたくはない。逃げられもしない今のうちに殺せるだけ殺してしまう。

 報復だ。

 これは、報復なのだ。復讐なのだ。

 イルは、左右に新式銃を一丁ずつ構えて撃ちまくっている。銃身が焼け付くのも構わず、とにかく目についたものは撃った。


「竜はいない! 子供だけだ、全員でかかれ! 司令部の近くだ、集まれ!」

「聞いたか、竜はいないんだと!」

「恐れることはないな!」


 兵士たちに情報が伝わると、イルの予想とは違った方向に彼らが動いた。

 逃げずに、戦いに来るのだ。願ってもいないことだ。


「殺されに来てくれるの」


 まるで疲れを知らないイルの両手が機械のように射撃を繰り返す。それこそ、真横に飛ぶ雨のような勢いで銃弾が飛んだ。何十人の兵士が一斉射撃を繰り返しているかのような量の弾丸が、帝国兵をとらえる。

 クリップを交換するのも一瞬で、隙とも言えないようなわずかな間である。帝国兵から見れば、これはもう狂気だった。


「奴には腕が四本あるのか」


 途切れない弾丸の雨を見て、帝国兵の一人は驚愕のあまりそう呟いた。その直後に彼の脳天には綺麗な穴が開き、驚愕の表情のまま彼は亡くなった。

 クリップ交換は新式銃においてもまだまだ簡単なものとはいえず、ひと手間かかるものだった。上から力任せにクリップを押し込むだけではうまく動作しないのである。それを、イルはほんの一瞬で終えていた。

 帝国兵から言えば、これが単独の敵だとは到底信じられない。

 さらにいえば、敵は自陣の司令部に飛び降りてそこから攻めてきているのであって、銃弾を防ぐための塹壕もなければ、なんの準備も事前作戦も役に立たない状況である。

 何人かが作戦指示を出そうと逃げ回りながらそれらしいことを叫んでいるが、無意味極まる。

 この状況では数でかかって押しつぶす以外に何ができるというのか。戦略も戦術もない。

 そうこうしている間に、イルは手持ちの弾丸を撃ちきった。持ってきたものは全部撃ち尽くしたのだ。地面は帝国兵の死体と血で足の踏み場もない。

 イルは背中に背負っていた対竜ライフルを両手でつかんで、無造作に撃った。

 彼女は何度もこの銃を撃っていて、その威力も知っている。だから特に何も考えずに撃った。倒した帝国兵が持っている新式銃やポーチを奪うまでの時間稼ぎのつもりだった。本当にそのつもりで撃ったのだ。


 だが撃たれた帝国兵側は、この対竜ライフルの威力を知らなかった。

 もちろん、馬鹿げた威力があるとは聞いている。その銃が配備されたということも一部の者は知っていただろう。だが狙撃手の肩を粉砕骨折させたという悪名から、試射もされていない。

 彼らはその銃が竜たちの手に渡っているとは夢にも思っていなかった。そして自分たちに向けて撃たれるなどということも予想していなかった。

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