宣戦
本当に帝国の偉い人に届いているのかわからない。イルはそこだけが不安材料と感じている。
帝国軍のトップにはっきり宣言してやらねば、自分の目的と恐怖が教えられない。何かの具合で聞けなかったとか、伝わらなかったということになったのならそれはそれで構わないとも思っているが、せっかくここまで来たのである。目的は遂げたい。
『こちらは、帝国軍司令部。そちらからの通信はすべて記録されている。そのまま話されよ』
少しの間があって、機械がそのように返答してきた。
イルの言葉は本当に、帝国軍に伝わっているらしい。それなら遠慮はいらない、はっきり言おう。
「ではあらためて帝国軍の方々へ伝えよう。
私はあなた方のせいで故郷と家族をなくした。
以前にも名乗っているけど、私はイル。たぶん、私の村の中で生き残っているのは私だけだと思う。
だから、お返しに私も帝国軍の兵士を一人残らず殺すことに決めた。このことは前にも言ってあったけど、今日からは遠慮しない。どんなに幼く見えても、老いていても、男でも女でも、一人残らず殺す。
私はそう決めた。一人残らず殺す。
帝国兵は誰一人許さない。
勘違いしないでほしいのは、私が憎んでいるのは帝国軍だけで、帝国に住んでいるすべての人を殺そうというのではないってこと。私は帝国兵だけを殺す。平和な街を襲って、街の人をむやみやたらと殺したり、物をとったりすることは絶対にしない。
その代わりに帝国兵は絶対に許さない。どんなに偉い人でも、その逆でも、絶対に一人も残さない。
私がするのは、帝国兵を殺すことだけ。帝国軍をつぶすことだけ。
私は、イルは、帝国軍を絶対に許さない。どんな交渉も受け付けない。妥協もしない。
私の望みはすべての帝国兵の命。これを全軍に伝えてほしい。それが私の伝言」
そこで切った。
もう十分に伝わっただろうと思えた。
わかってくれたはずだ。自分がこれから誰を殺して、誰を殺さないかを。
『そちらの伝言は確かに受け取った』
機械からそう聞こえたので、イルは機械に背を向けた。閉じていた入り口のドアに対竜ライフルを放つ。
ドアは轟音とともに粉々に砕け、その奥で待ち受けていた帝国兵たちを肉片に変えた。続けざまに新式銃を連発しながら、イルは部屋を飛び出す。
通路にはすでに帝国兵が待ち構えていたのだが、そのすべてを撃ち殺す。先ほどの宣言通りである。
敵もさるもので、彼らとて死の間際に何発か銃弾を放っている。このうちの一発をコートに受けるが、びくともしない。服に穴が開いただけで、その下の肌は少し赤くなったくらいだった。
正直なところをいうと、騒ぐほど痛いわけでもない。本当に、痛いと思うくらいでしかないのだ。以前には膝をつくほどの苦痛を与えられた新式銃ではあるが、その程度。今のイルは竜の血により馴染み、あの頃よりもさらに頑丈になっている。
「すべての帝国兵を殺すと言っているのに、みんな逃げないなんて」
イルはそのあたりを不思議に思いながらも、両手に新式銃を構えて手当たり次第に撃った。左手でも銃は簡単に使える。
あっけなく帝国兵は額や胸を撃ち抜かれて倒れる。急所に当たらなかった者はない。ほとんどの者は即死だった。中にはなんとか生きようともがいている者もあったが、もって数分だろうと思われる。
そこを立ち去る前にイルはまだ生きている帝国兵を見つけては喉を撃ち、とどめを刺した。一人も残さなかった。
用件は済んだので、彼女はもう引き上げようとしている。
ここは帝国軍の本営である。まだまだ帝国兵は隠れているだろうが、そうした者を探して殺しまわるのは、後でもいい。まず殺すべきなのはイルたちの山村を踏みにじった部隊。誰かはわからないが、王国領土内に陣地をはっている例の大隊のどこかであろう。先陣を切って突っ込んだ部隊がわざわざ引き返すとは考えにくい。
そんなことを考えながら本営の建物を出たイルだが、のこのこと正面出入口から外に出た彼女を、百名近い帝国兵が銃口を向けて待ち受けていた。
この帝国軍本営には、出入口が二つしかなかったのだ。表口と非常出口の二つしかないため、近くに詰めていた兵士たちは非常収集をかけられたのち、その二つの出入り口を固めたのである。イルを殺すために。
百近い銃口が火を噴くのを見ながら、イルは「少し演説に時間をかけすぎたかも」と思ったが、後悔などはもちろんしていなかった。やはりここでも思ったことは、
「なんでこの人たちは逃げないのだろう?」
ということだった。
ここに来るまでに弾丸を詰め替えたので、対竜ライフルは撃てる。一斉射撃を浴びながらもイルは一撃を放った。
敵兵は挽肉になり果てて吹っ飛ぶ。
わざわざ敵のほうから挽肉にされに進み出てくれている。イルはレバーを引いて、もう一度撃った。今度は数名が同時に挽肉と化し、合挽になりながら鮮血を吐き出し地面にへばりついてしまった。事務的な目でそれを確認し、イルはレバーを引いてさらにもう一発撃った。また何人かが四肢を断裂させながら内臓を吐き出し吹っ飛んでいく。
敵が密集していたため、対竜ライフルは十全な威力を発揮した。
帝国兵たちはやたらに撃って、本営の建物や床にも銃弾を撃ち込みまくっているため、もうもうと煙がたちこめている。それにマズルフラッシュやら銃声が絶え間なく轟くので何が起きているのかわからない。
結果として、彼らは何が起きているのかわからないまま、死んでいった。
イルは新式銃をこれでもかと連射しながら帝国兵たちに近寄り、思い切り振り回している。銃弾にあたる幸運から見放された帝国兵は彼女の力任せなスマッシュをその身に受け、少なくとも5本以上の骨を粉砕されながらあらぬ方向へ飛んでいく。
鈍器にされた新式銃は折れ曲がって使い物にならなくなるが、そこら中に予備があるので問題もない。イルは持ち主の死亡した銃を平気で失敬し、生命のある方向へ遠慮なくバンバンと放っていく。
クリップを換えることすら面倒だったので、イルは撃ち終わった銃を次々と鈍器にしてしまい、使い捨てにしていく。兵士たちは手榴弾をも携行していたようで、何名かは撃った際に爆発を起こし、さらなる惨事を招いた。
100人近い兵力を動員しながら、帝国軍は使い方を誤っていた。至近距離からの一斉射撃で確実に仕留めようとしたのだが、イルには効かない。無駄に兵士の命を散らしてしまっている。
結果、戦いはほんの数分で終わり、イルを撃っていた帝国兵は倒れ、中には地面や壁にへばりついている者も多かった。
イルは硝煙と血の悪臭の中で自分の着ていたコートを叩いて、ずいぶんと穴だらけになってしまったそれを見る。近くの帝国兵が片足を失って苦しみもがいているが、イルはこれを銃の先で小突いた。
「ねえ、お金をもらえる? あなたたちのせいで、服がボロボロなのだけれど」
その兵士は何かの都合で現金を持ち歩いていたらしく、助かりたい一心で紙幣を懐からつまみだしてイルへ差し出した。
ありがとうとイルは受け取り、お返しに銃弾を彼の脳天へ撃ち込んだ。
紙幣をボロボロになったコートの内ポケットに仕舞ってから、指笛を吹く。レッサードラゴンのカイは呼び出しがもうあるだろうと予測して近くまで来ていたため、ほとんどタイムラグもなく地面に降りてくる。
血が一面に広がって、足の踏み場もないような帝国本営の入り口にカイは強引に降りた。その図体が建物を少々壊してしまい、門扉を跡形もなくぺしゃんこにしたが、彼らにとっては些事だった。