心は痛まない
衛兵二人はあっけなく倒れた。
彼らの体を見もしないで、イルは閉ざされていた門扉へ駆け寄り、足を振り上げて蹴りを見舞った。小型車が突っ込んだような衝撃が轟いて、門扉は強烈にひしゃげてしまう。かまわずにもう一度同じことをすると、頑丈に作られていた門扉は結合部分から壊れて、内側に倒れてしまった。
もちろん大きな音がそこらに響いたので、誰かが帝国分の本部に侵入したことはわかっただろう。
一切気にすることもなく、イルは歩いていく。行かねばならないのだ。ここでは、本部に入り込んだということのほうが大事かもしれない。敵の一番大事なところを踏みつけて、それからという流れにしたいのだ。
こちらに向かってくる帝国兵に躊躇なく銃を向け、すぐに撃った。脳天を撃たれた彼は倒れて、二度と起き上がらない。
いくつか建物があるが、正面の大きな建物に向かえば間違いないだろうか。イルは壊れているゴーグルを気にしながらも歩いていくことにした。
建物の正面にも帝国兵がいくらかいるようだが、こちらに銃口を向けてくる。
その前にイルはもう銃を抜いていて、躊躇もなく撃っていた。彼らは頭を撃たれてもうその場に昏倒している。
入り口は閉ざされているが、イルは景気づけとばかりに対竜ライフルを左手で抜いて扉へ放った。コンクリートに比べるとヤワにできている扉はそれだけで粉砕され、バラバラの木材となって吹っ飛んでいった。
粉塵が舞い散って漂うが、その中へイルはすすんでいく。別に急いでもいなかった。
あちこちから帝国兵が集まり、イルを止めようとしてくる。
「とまれ!」
壊したばかりの入り口から銃を構えてくる帝国兵。イルは左手を返して対竜ライフルで彼を撃った。その場で挽肉が出来上がり、鮮血や脳漿とともに地面にばらまかれる。
レバーを引いて排莢し、再び進む。どんどん帝国兵は集まってくるが、気にする必要もなかった。
少し歩くと階段があったのでこれを上る。何階に重要施設があるのかはわからないが、最上階から行こうと決めた。ここは三階建てだ。
何人か固まってやってくる気配がしたので、階段を上る前に振り返ってみる。
壊した入り口付近に4人の帝国兵がいて、銃を向けてきていた。彼らは警告もなく発砲してくる。
「痛っ」
弾丸が顔や胸にあたったが、イルは顔をしかめるだけだ。銃弾のお礼に対竜ライフルを放って、彼らを引き裂いた。三人がまとめて砕け散り、残った一人も新式銃で脳天を撃ち抜かれる。
帝国軍の本部だった玄関口は、人間の挽肉と臓物で彩られ、悪臭で飾られた。
ここまで何度も対竜ライフルを撃ったので、もちろん前後の騒動と合わせてすさまじい騒ぎになっている。ただでさえやかましい銃声に加えて、新式銃の発砲音と門扉の破壊音である。何事もない平和な一日だと思えるはずもない。
イルが階段を上り始める。彼女の体重はかなりあるため、一歩ごとに階段が軋むような音を立てた。足音自体もただ事ではないような音量で響き渡る。
これほど銃撃と死がばらまかれ、あたりは熱と喧騒で満たされているというのに。
同時にまるで地獄の底から死神が命を奪いにやってきているかのような、底冷えのする肌寒さをイルは発散させている。
また、すべての苦痛を詰め込んだ怨嗟を。
相手方の絶滅をも望むほどの、膨大な殺意を。彼女は内包していた。
これは建物の中にいるすべての帝国兵へと伝わっていく。
まさしく死神がやってきたのだと。
三階まで登った時、イルの目の前に黒っぽい石のようなものがいくつか転がってきた。それが何か、確かめようとした瞬間、石のようなものは破裂して砕け散った。
すさまじい爆圧で破片がイルを叩いたが、特に問題はない。
どうやら、手榴弾というものらしかった。ハンナに話を聞いたことはあったが、実物を見たのは初めてだったので反応が遅れた。
結構痛かったな、とイルはコートに食い込んでいる破片を払った。服がボロボロになるのは困るので、次からはうまく避けようと考えながら、さっさと先を急ぐ。
先から現れた帝国兵はすべて撃ち殺し、三階の部屋を一つ一つ開けてみた。そうしている最中、不意に大きな音が耳朶を叩く。
誰かが建物の中にある放送機器を使っているようだ。
「本営内にいる兵士らに告ぐ、現在本部は敵襲を受けている! コートを着込んで帽子をかぶった子供が武器をもって入り込んでいる。見つけ次第、即座に応戦せよ、射殺しても構わない!」
雑音交じりではあったが、ちゃんと聞き取れる声だった。
イルはこれを自分のことだろうと認識しながらほとんど聞き流して、三階の部屋を片端から開けていった。そうするうちに、大型の機械の前でマイクらしいものを持って驚いている帝国兵のいる部屋へたどり着いた。
この部屋が放送を行える部屋だろうか。通信室をも兼ねているのかもしれない。
「あなたも帝国兵? 私、帝国軍の偉い人へ色々と言いたいことがあるのだけれども。伝えてくれる?」
イルは対竜ライフルを彼に向けながら、通信・放送に使われているであろう機械類を眺めた。使い方はさっぱりわからない。
「お、お前が竜の子か。覚悟はできているぞ、早く撃つがいい」
「そうさせてもらうけど、その前にこの機械、使えるようにしてほしい。これを使えば、帝国の偉い人に私の言いたいことを伝えられるんじゃないかって、思うんだけれど」
帝国兵に操作を頼むと、彼は頷いて何やら機械をいじり始めた。
そうしながら彼は何かしゃべりだした。
「本営より、緊急連絡。先の連絡通り、本営は敵の侵入を許している。敵の数は確認する限り、一名」
そうして何か細長い道具をイルへ向ける。これに向けて話せというのだろうか。
「好きなだけ話すがいい。ここから通信できるすべての施設へつながっている」
「ありがとう」
礼を言って、イルは引き金を絞りかかる。帝国兵は目を閉じ、最後とばかりにこう言った。
「お前はどうしてそこまでして帝国兵の命を狙う。ここにいる兵士たちは国を守るために銃をとった立派な若者たちであり、一家を守るよき父であり、妹や弟を守るよき兄であった者だが。
それらを容赦なく殺して家族から奪ってしまって、本当にいいと思っているのか?」
「言われてみれば、帝国兵にだって家族がいたかも」
「ならばお前の心は痛まないのか」
イルは、まったく顔色を変えずに引き金を絞って、目の前の帝国兵を殺した。
先に手を出してきたのはお前らだ、とか。
自分たちの家族を殺しておいて、とか。
反論することはできたはずであったが、イルはそうしなかった。もう死体には目を向けず、帝国のすべての施設へつながっているというその道具に、言うべき言葉を整理する。
「聞こえている? 帝国兵の方々」