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風の王  作者: zan
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本部襲撃

 輜重部隊は困惑していた。出発の時間になったというのに、ハンナが戻ってこない。そればかりか、出発の時にはいたはずの将校も、彼が連れてきたと思われる10名近い人員も消えていたのである。

 ハンナは竜に会いに行くと言っていたし、「時間になっても戻らなければ出発しろ」と言っていたのでもしかすると心配するにはあたらないのかもしれない。

 言われた通り出発するべきかと輜重部隊の隊長は考えたが、将校がいないのはかなりの問題になるだろう。

 そこで人を集めて会議を行ってみることにする。

 輜重部隊といえども、下士官を複数抱えている。隊長は主だったものを集め、どのようにするか意見を求めた。

 意見は二分されていた。このまま出発するか、ハンナが戻るまで待つか。将校を待つという意見はなかった。


「女神が戻らないなら、うかつに山の中を動けまい。それに、彼女を見殺しにはできない」

「とはいえ、早く帝国に戻らなければ我々に課された任務はどうなる。補給が一日遅れれば、それだけ前線は苦しむのだが」

「わかっているが、女神がいないのでは我々には重い罰が下るのではないか? 彼女が帝国にとってどれほどの重要人物であったかはわかるだろう」

「かといって、このようなところで何日も時間をつぶせというのか」


 結論が出ないまま、時間だけがすぎていく。雷が落ちたようなすさまじい音が何度も山を揺るがしたこともあり、全員がハンナを置いて行軍することに不安を感じているのだ。だから、行動に踏み切れないでいる。

 彼らがこの会議を続けることに疲れてきたころ、轟音と衝撃を引き連れて、何かが降ってきた。最も恐れていたものがやってきたのだ。

 闇の中にわずかな灯りで照らされたそれは。

 竜だったのだ。

 その口に、何かをくわえている。竜はまずそれを、度肝を抜かれて叫びだすことさえもできない補給部隊の隊長の前に、置いてきた。なるべく優しくそうしたことが、彼らにはわかった。

 目の前の地面に転がされたのは、ぐったりとして血に染まったハンナの体だった。


「しっ!」

「お前たちが、帝国の補給部隊か」


 死体か、と叫びかかった彼らを半ば制するように竜が話した。


「ハンナというその女はまだ、生きているぞ。しっかりと面倒をみさえすれば、回復の見込みもある」

「りゅ、竜よ」


 勇気を振り絞った隊長は、震える足をなんとか踏んでハンナのもとへ歩み寄った。血みどろではあるが、たしかに死んではいないのだ。だが気息奄々といったところだ。

 少し見ただけでも今にも死にそうとわかるようなひどいありさまだ。何か物凄い衝撃を受けたのだろう。

 これがどうして助かると言えるのか。すぐにでも帝都の病院で一流の外科医にかからなければ無理だろう。


「すでに治療は施されている。竜の力を与えた、心配するに及ばない」

「ありがとう、竜よ。だ、だが、我々はただの輸送隊だ。彼女を保護することはできない。彼女とて帝国兵なのだ」


 隊長は焦ってそう答えた。

 ハンナに回復の見込みがあったとしても、輜重部隊で保護し続けるというわけにはいかない。帝国に戻れば、軍病院に預けられることだろう。それを竜には理解してもらわなければ、と彼は言葉を絞った。

 もちろん、結論から言って彼の努力は無駄であった。


「我が姫が何を望んでいるか、知らないのか。お前たちは戦いを専門とするわけでもないだろうが、帝国兵には違いあるまい。

 この女がいればこそ、姫は本格的な攻撃をこれまで避けてきた。これのおかげでお前たちは生きてこられたというのに、自分たちに都合が悪くなればこいつを見捨てるというのか? 人間というのはそこまで低俗だったか。

 そのような種族はやはり信用するに足らないから、滅ぼしてしまったほうがいいかもしれんな。姫ではなく、竜自身が」

「そんなことはない。竜よ、われらにできることはしよう。だが組織の中に生きている軍人というものは」

「お前たちが団結してすれば、たった一人のけが人を保護するくらい、できるだろう。

 女神だといってあがめていた女を隠すことくらいもできないのか。なにが帝国軍人だ、聞いてあきれる」


 竜はそう言いながら軽くその爪を振り上げた。瞬間的に隊長はなんでもすると認めた。

 それがもう一瞬遅ければ、彼の首から上はなくなっていたに違いなかったのだ。


「わ、わかった! われらが団結して彼女を保護すると誓おう! だから殺さないでくれ!」


 こうしてハンナ・フォードは輜重部隊に預けられ、イルたちの手から離れることとなった。



 イルはひどい頭痛で目を覚ました。そこは『巣』の中で、自分には毛布が掛けられていることがわかった。

 わずかな光のさす入り口側と反対へ、イルは目をやった。カイの大きな体が横たわって、静かに目を閉じているのが見える。その左目は血を流していたが、弱っているような気配もなかった。カイは生きていたのだ。

 それでも、彼は目を撃たれた。痛烈な銃撃を受けたのだ、イルの目の前で。しかも、ハンナの姿は見えなかった。

 のそりと起き上がって、歩く。入り口から外を見た。月が森林を照らし、暗いながらも落ち着いた、青々とした空を。

 まったく静かに落ち着いた、静寂の世界が広がっている。イルは頭痛に呻きながらもこれを見やって、自分の額を触った。そこを撃たれたのだが、まだ傷口が熱い。出血はある程度止まったようだが、完全ではない。体中が熱かった。

 憎悪がひたすらに彼女をとらえている。


 帝国兵たちが。二度も。


 天まで裂くような怒りが思考を支配していた。

 殺さなくてはおさまらない。絶対に許してはおけない。

 すぐにも殺しださないといけない。そうしないと自分まで殺されて、奴らは思うがままに山を蹂躙する。阻止するのだ。


「起きたのか」


 と、後ろから声がかかった。イルは振り返ってうなづく。

 カイは右目だけを開けて、少しだけきまりが悪そうにしている。だが、すぐにこう言った。


「帝国兵を殺すつもりなら、計画立ててやることだ。いかにお前ひとりが強かろうが、敵がばらばらに逃げ出せばそのすべてを追い回すわけにはいくまい」

「わかってる。カイ、目は。飛べる?」

「このくらいは問題ない」

「すぐにでも、飛んでほしい。暗いうちに、全部片づけたい」

「無理なことを言うな。お前も万全ではないというのに、今から行ってもまた同じようにボロボロにされるだけではないか」


 それでもじっとしていられなかった。イルは頭痛をかみ殺して、遠くをにらみつけた。帝国軍の陣地がある場所を。

 影魔が鳥の姿をとって、その肩に乗ってきた。この魔物も、一応はイルのことを心配しているらしい。

 イルは冷徹な目で影魔を抱いて、『巣』に戻る。確かに休まなくてはならない。


「ハンナは?」

「死にかけている。治療中だ」


 死んでいない、というだけでイルはかなり安心していた。よかった、彼女は奪われなかったのだ、と。

 怒りがおさまるわけでもなかったが。


「カイ、お手伝いを頼んでもいい?」

「お前を載せて運ぶくらいはしよう」

「ありがとう」


 イルは毛布にくるまって、横になった。影魔を抱いたまま、目を閉じる。



 作戦は失敗したと、帝国の上層部は判断していた。

 大変なことだった。自信満々に成功するはずだと決めつけていた作戦だった。それが、失敗してしまったのである。

 コンクリートを貫通し、建物に亀裂を入れるような銃で、竜が殺せないはずがなかった。だというのに、現実はどうだ。日が昇ってもう、昼になろうというのに「作戦成功せり」の一報もなければ、「作戦失敗せり」の報せもない。つまり、この作戦にかかわった人間は誰一人生還していないということだ。

 ただ一人、前線基地の将校から「作戦部隊との連絡つかず」の報告があったきり。やはり全滅したと考えるのが普通であろう。

 そのうえ先ほど入った最新情報で「竜が飛び立つ姿が目撃されり」との追撃がもたらされ、わずかな希望もついえた。


「つまり、我々は竜の力を見誤っていた、ということになりましょうか」

「何かの具合で、狙撃前に事が露見したのかもしれん。今の段階では作戦失敗の原因を銃の威力だけと考えるのは、早計だろう」


 作戦立案にかかわった者たちが顔を突き合わせて、緊急会議を行っている。


「竜は怒っているだろう。子供もだが。いつ、報復に来るかもしれん」

「ああ、間違いないが、だからと言って何をすれば対策になるのだ。全部隊に例のライフルを持たせるのか」

「実際そのくらいしかあるまい。ほかにどうする。竜一匹のために爆弾をこさえるか? 山のひとつも丸ごと吹き飛ばすような!」

「山ならそれですむだろうが。竜は飛び回っているのだぞ、考えて物を言え」


 会議は無駄な意見を口にしては、それを誰かに否定されるということの繰り返しになりつつあった。

 彼らの会議場からそれほど離れていないところに、まさしく話題の竜と子供がやってきていたことを、彼らはまだ知らない。



 まだ完全ではないが、体は動くようになっている。

 イルは警備兵が二人、入り口に立ちふさがるその建物に歩いて行った。頭と右腕には包帯を巻いて、まだ残る痛みをこらえながらではあったが、戦えるはずだと考えている。敵から奪い取った銃と弾丸をありったけ抱えて、彼女は進んでいく。

 カイはイルだけをこの場に下ろして、目立たない場所に隠れるといって飛んで行った。

 イルはここに一人だけで来ることを望んでいたのだ。

 帝国兵たちをすべて殺す前に、まずは宣言する。以前にもハンナに告げているが、いままたあらためて言おうと。それも、これ以上ない形でいうのだ。

 帝国軍の本部を襲撃して、一番偉い人をまず殺してしまおう、とイルは考えた。そのあと、帝国兵を全部殺すつもりだ、といえば結構現実的に聞こえるだろう。そうすれば誰も彼も、少しは思い知る。自分たちが味わった恐怖と、絶望を。


「そこで、止まれ! 用がないならこの先に近づいてはいけない」


 入り口を守る衛兵が、銃をこちらに向けて警告してきた。彼らとて、帝国兵の中では選ばれた人間なのだろう。きちんと仕事をしているというわけだ。

 彼らからすれば、イルはただの女の子にしか見えないはずである。帽子とゴーグルをかぶり、コートを着込んだ上に銃をたくさん持っているとしても、それでも背丈の低い女の子である。だが侮ってはいないらしい。さすがだった。


「あなたたちは、帝国兵?」


 イルは、帝国軍大本営を守る二人の衛兵にそう訊ねた。

 二人の衛兵は顔を見合わせたのち、「そうだ、速やかにここを立ち去りなさい」と告げた。

 しかしイルは立ち去ったりはしない。すぐに新式銃を引っ張り出して、何の遠慮もなく引き金を絞った。

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