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風の王  作者: zan
24/50

憎しみ

 ほとんど片手で撃ったが、その反動も全く気にならなかった。

 狙い通り、憎い帝国兵が細切れの肉片となって消えていくのを見届けられたが、満足はしない。ほとんど嬉しいとも思わない。殺しつくすまでは、笑えもしないだろう。

 イルは血でべとべとになった果物の残骸を踏み越え、銃のレバーを引きながら帝国兵たちのところへ歩いていこうとした。

 頭の中がかきまぜられたようになっている。自分が立っているのか、座っているのかもよくわからないようなありさまだ。それでも前に進み、手の中にある銃を敵へ向ける。

 引き金を絞ると、再び轟音が鳴って敵の姿が消えた。巻き込まれるようにして、その近くにいた兵士も砕けて消えている。


 死ね、死ね、死ね!


 イルは水の中を進むような速度でのろのろと敵へ近づいていく。思考がまともに働いてもいないし、まともに地面を踏めてもいない。彼女を支えているのは憎悪と殺意だけだ。


 帝国兵たちは指示を飛ばしていた将校が消えたことで、焦っていた。今狼狽しているのは彼らのほうだった。

 対竜ライフルをもった兵士は一人だけ生き残っていたが、恐怖から狙いも定まらなかった。彼にとってこの距離は至近距離といっていいほどだったが、震える指で引き金を絞った銃は、狙いを外した。

 観測兵があわてて護身用に持っていた新式銃を撃ちまくったが、目の前に歩いて迫る子供はびくともしない。

 直撃しているはずなのに、ゆらゆらと歩いてくる。死神のように。

 帝国兵たちは恐怖を覚え、逃げようとする。撤退するのだ。

 撤退して、作戦の失敗を伝えなくてはならない。そう考えれば逃亡を正当化する言い訳もたつ。

 だが脱兎のごとく一目散に逃げようとしたその一瞬、足が動かなくなる。視線を下ろせば、膝を貫く武骨な矢。動物の骨を削ってつくったと思われる鏃のついた、実用一本主義のような矢が刺さっていた。

 それでも彼らは膝立ちで、手で地面をかき分け、逃げようと試みた。あの子供につかまれば、肉片にされるのだ。撃たれれば血と肉片。遠くへ、敵の射線から逃げなくてはならないのだ。


「ぐこ」


 奇妙なうめき声が聞こえてきた。

 思わず振り返ると背中から胸まで踏み貫かれた仲間がこちらへ手を伸ばしていた。助けを求める彼と、視線が合った。だがどうにもできない!

 悪魔のような子供は、額から滝のように赤い血を流して顔や服を汚し、それでも冷酷な目で踏みつけた帝国兵を見ている。

 憎しみだけが、原動力のような眼だ。

 子供が自分で作ったような小さな弓と矢をもって、目にも止まらない速さでそれを放った。いずれにしろわずかな間しか生きられないであろう帝国兵の頭部に矢が何本も生えていく。落書きをされた写真のような、ある種滑稽な姿にされた帝国兵はもうぴくとも動かない。

 残酷な殺し方でもあの子供は平然とする。

 それほど憎いのだ。帝国兵が!

 彼は仲間の殺され方に一層の恐怖を覚え、恥も外聞もなく命あっての物種とばかりに地面をかき分け必死に這いずった。だが十秒もしないうちにその手も足も、矢に貫かれて身動きできなくなる。まるで地面に縫い付けられたようだ。

 死神がのたのたと歩いてくる。

 彼は恐ろしさのあまりに小便を漏らし、がちがちと鳴る歯をおさえることもできないで振り返った。

 逃げている帝国兵はまわりにもう、自分ともう一人だけだった。

 自分以外の兵士は震えながらも銃を構え、殺されまいと気合を入れているようだ。が、無駄な抵抗だろう。

 予感は当たった。

 死神は殺した兵士の持っていたライフルを拾い上げ、無感情に引き金を引いた。銃を構えていた兵士はそれで上半身をばらばらに引き裂かれながら吹っ飛び、肉片となって消えていく。


「ぐげっ」


 ようやくそこで子供は額を抑え、わずかに苦痛をこらえるように顔をしかめたが。

 矢で手足を縛り付けられた兵士にはどうしようもなかった。


 イルは血を失いすぎ、脳へのダメージも無視できないほど負っていた。気分が悪くなって、また胃液を吐く。血が混じっていた。

 怒りはわずかも沈静化していないが、足が立たない。地面に膝をつきながら、最後の帝国兵を見やる。一人も逃がすつもりはなかった。


「やめっ。に、にがじ」


 矢に貫かれ、身動きできない帝国兵は泣いて命乞いのような言葉を口にしてくる。無駄なことであった。

 山村の女性たちがいくら命乞いをしても帝国兵たちは決して許さなかった。だから、帝国兵たちがいくら命乞いをしても、イルは聞き入れる気がない。

 味方であるはずのハンナまで殺した彼らに、何の遠慮など必要だろうか。

 イルは手を伸ばして帝国兵の足首をつかんだ。そこまでしか、手が届かなかった。もう意識が飛びかかり、立ち上がることもできそうにないが、それで十分だった。力任せにその足を引っ張って振り回す。

 無理やり地面から引き剥がされ、足を万力のような力でつかまれ、体を回転させられる。これだけで帝国兵は意識を失う。彼は幸運だった。そこから先、地面にたたきつけられて全身の骨が砕かれる苦痛まで味わうことはなかったのだから。

 だが、さすがのイルもそこまでだ。

 自分たちに襲い掛かってきた帝国兵は始末したが、怒りに任せてそのまま帝国領に乗り込むまではできない。彼女は大けがをしている。

 竜の血にも限度があった。彼女は気分の悪さのあまりにもう立てない。動けない。


 この体が治ったらきっと今度こそは帝国兵のことを殺して回る。武器も手に入ったし、唯一助けると約束したハンナは帝国兵たちが殺してしまった。私が死なせてしまった。

 だったらもう何の遠慮もいらない。片端から全員殺してしまおう。

 憎いから。

 帝国兵が憎いから、殺そう。


 少し休息が必要だ、と自分に言い聞かせてイルは目を閉じた。今すぐに帝国兵たちを全部殺すことができないのが無念だとばかりに、地面の砂をつかみながら。



 右の目を撃たれたカイは、残った左目でじろりと見まわした。

 相当な衝撃を受けたが、死ぬほどではなかった。眼球は破壊され、脳が揺れたが、それだけだ。気分が悪くて体を動かすのが少しばかり億劫だったが、他はどうということもない。

 少しの間は動けなかったが、どうにか気分も持ち直した。まだ体は重いが、イルのことは心配だ。動かなくては。

 イルは倒れてしまったが、恐らく生きているだろう。大層な銃で撃たれたものの、さすがに竜の血で強くなった今のイルの頭蓋骨を割るほどのものでもないはずだ。それより問題は、帝国兵のほうである。

 カイとしては帝国兵のハンナには生きていてもらいたいところだった。帝国兵ではあるがイルにとって必要なものをいろいろと運んできてくれるし、気軽に話のできるイルの大事な友人でもある。

 ならば、助けなければならない。竜やイルにとってはどうにか耐えられる衝撃だったが、あれをまともな人間が受ければどうなるかというのは、たったさっきイルが実証して見せた。挽肉になってしまうだけだ。

 しかしハンナはまだ人間の形を保っている。イルの腕が銃の威力をだいぶ殺したのだろう。それに、参謀のハンナが着ているのはただの軍服ではない。防弾のための金属が仕込んであったのだ。おかげでハンナは肉片にならずにすんだ。

 とはいえ、重傷である。


 これはひどいな。


 彼女の容態をみて、カイは顔を背けかかった。ハンナは死んではいないものの、肋骨が折れて内蔵に刺さり、口からは血の泡を噴いているような状態であった。ここから救命するためには相当な医療技術が必要である。もちろん、カイはそのようなものを持っていない。

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