輜重部隊の女神
イルは固定されていた大きな銃を手にとった。かすがいのようなものと、ボルトでガッチリ固定されていたが、それを無理やり引っこ抜いて、ドレイクへと銃口を向ける。
村で大人たちが使っていた銃と構造は似ていた。使い道もわかる気がする。
銃身の横にせり出しているレバーを引っ張ってみると、排莢された。中に込められていた弾丸が装填されたような音もする。
これで撃てるはず。
地上に迫るドレイクの脳天に狙いを定め、引き金を絞る。時間的な余裕はほとんどなかった。
ふたたび、轟音が響く。イルの右肩にすさまじい反動が襲い掛かり、骨まで震えるような衝撃が走る。ずいぶん重い反動があるんだな、と彼女は思う。これでは普通の人間にはとても扱えまい。
だが彼女はこの銃の反動を心配しながらも、気に入っていた。こういう銃を探していたのだから、当然である。
「うわっ!」
発射された弾丸はただの一撃で、ドレイクの脳天を粉砕した。想像を絶するエネルギーがはたらき、脳漿と鮮血をばらまく。
ネコハと呼ばれた男はドレイクの血をしとどに浴びたが、体に押しつぶされるようなことはなかった。彼はまさにドレイクに食い殺されるところであった。イルの狙撃があと一瞬遅ければ噛み砕かれていただろう。
ドレイクの死体がぶつかってきたものの、それは死ぬほどの怪我とはならない。
「あぶねえな!」
「いや、なんだよ今のは! ドレイクの野郎、一撃じゃねえか!」
「誰が撃ったんだ? ドラゴンピアッサーを撃てる奴なんてそうそういねえだろ」
荒くれたちが色めきたった。彼らはドレイクの頭部が吹き飛んだ無残な死体を目の当たりにし、それが信じられない。彼らがいくら弾丸を撃ってもびくともしなかったドレイクがあっけなく破壊されているのだから。
彼らは周囲を見回し、大きな銃を構えるイルに気づく。
「あれを撃ったのか!」
それならあの威力も納得だ。だが、その小さな体であのような威力をまともに受けて大丈夫なのか。
「いや、そうだろ。疑う余地はないぜ」
「だが嬢ちゃん、そんなの撃って大丈夫なのか。怪我してねえか?」
驚愕から心配へ意識が移った。荒くれたちはイルを気遣う。しかしそれは無用というものだった。
「大丈夫。もっと撃てる」
「なら残りのもやってしまってくれるか?」
要請を受けて、イルは戸惑うように上空で旋回しつづける残りのドレイクに銃を向けた。味方があっけなくやられて、どうすればいいのかわからないのかもしれない。狙いは簡単につけられる。
トリガーを絞ると同時に肩に頼もしい反動。ほぼ同時にドレイクの頭部が砕けた。
「おお、いいぞ!」
「ほ、やるじゃねえか! ドレイクはこれで全部か?」
頭を失ったドレイクはきりもみ回転しながら町はずれへと落ちていく。飛んでいた勢いに流されたのだろう。人的な被害はおそらくない。
素晴らしい威力である。大きく重く、イルの期待に沿う性能だ。この銃はぜひとも欲しい。
これならたぶん、防弾服を着ているような帝国兵も一撃。安心して撃てる。
イルはそのように考えていたが、周囲の荒くれたちはイルの体を抱え上げてたたえようと近寄ってくる。
しかし、男たちが考えているほどイルの体は軽くない。先ほどのごろつきがそうだったように、軽いと思い込んで重いものを持ち上げようとすると体を壊すことになる。イルは咄嗟に彼らから逃げた。
「おっと、すまねえ。小さくてもレディだったな」
どうやら勘違いしたらしい男が照れ笑いを浮かべた。そう言いながらまるで子供にするようにイルの頭をなでてくるのだから、どちらにしても子ども扱いには違いなかった。しかしこれなら相手がけがをする心配もない。イルは相手のいいようにさせてやった。まわりの男たちはみんながイルの頭をなでたり、肩をたたいたりして労をねぎらってきたのでしばらくされるがままになる。
なかでもネコハというドラゴンピアッサーを持っていた男はひときわ強く、頭を押し付けるようになでてきたので帽子とゴーグルがずれてしまった。まるで人形のような扱いだ。
彼らはドレイクから町を救おうと戦った勇者である。イルの憎む帝国兵ではない。彼らから何をされても大した苦もなかった。
が、まわりの男たちから「この働きに対して何か報酬は求めないのか」と問われた際にはすかさず今抱えているこの大きく重い銃を求めた。
男たちとしても撃つだけで肩を壊すような馬鹿げた銃は運用に耐えないと思われたので、遠慮なく譲ってしまっても構わないだろうという結論を出し、これはその場でイルに譲渡された。もちろん正確にはこの銃は町のものであり、男たちのものではない。よって、銃は竜の攻撃によって跡形もなく壊れたということにされ、こっそりとイルの手に渡った。
竜を撃退するだけならネコハが持っているドラゴンピアッサーで十分であり、取り回しもよかったのだ。
「お嬢ちゃんすげえな、あんな怪物みたいなのを撃てるなんてよ」
「なんかコツでもあんのか?」
問われたが別に何もない。ただイルが頑丈だということ以外には。
「別にそんなこといいだろ。どうせ俺達には撃てないんだから」
「よっぽど衝撃の逃がし方がうまいんだろ。子供なのに全くとんでもねえハンターだな」
「ここにある予備弾も全部もっていけよ、なくなったらいつでも来な。軍の奴らはまた運んでくるだろうからな」
そういう次第で、イルは男たちからすっかり認められ、銃を持っていくなら早く町を出たほうがいいと助言までされた。それに従い、イルはそのあとは特に何もせずに町を出ることにする。
殴り倒した帝国軍の男や、殺したごろつきたちのことは全く追及を受けなかった。これ幸いとイルは町を去っていく。
湖のほとりまで歩いてカイを呼び、『巣』へと戻った。
冷静に考えれば獲物を跡形もなく破壊する銃が狩猟に向かないことはわかるが、今更蒸し返すこともない。これからはこの銃をもって帝国兵たちの命を狙っていくのだ。
同じころ、帝国軍人のハンナは軍用車両に乗って山道を走っていた。
イルたちに会おうとしているわけではない。むしろその逆で、会わないほうが都合がよかった。輜重部隊と行動しているからだ。車は二人乗りで、ハンナは助手席に乗っている。彼女は運転していないが、疲れていた。
輜重部隊の手伝いというような名目で帝国へ帰り、また前線に戻ってきたところだった。それだけならまだしも、輜重部隊はハンナのことを女神と敬い必要以上なほど丁重に扱ってくるのだ。前線視察のためにハンナよりも地位の高い帝国軍人も同伴しているのだが、そっちよりもむしろ待遇がいいほどだった。
何しろハンナは帝国兵の中でも唯一、「竜に殺されない女」なのである。彼女さえ連れていれば、竜に襲われて無残な屍をさらすことはないと信じられている。この情報は帝国軍にとっては機密扱いだったが、どういうわけか一般兵士まで漏れていて、ハンナは今や帝国兵の中でも一番人気であり、一番有名な存在になっている。
帝国軍は竜に睨まれている。なのに、帝国軍は帝国本土からの補給線を竜のいる山を突っ切って敷いてしまっているのだ。できるだけ竜の怒りを買わないように山村のあったあたりは迂回していくようなルートを切り開いたものの、それでもいつ、彼らの逆鱗に触れるかわからない。これまでの補給任務は虎の尾を踏むようなものだといわれてきた。それでもせねばならなかった。
これに同行してきたのがハンナだ。輜重部隊の希望である。命綱だ。彼女は実際に何度も竜と話し合って、生還している。殺されないということは実証されていた。
輜重部隊はそれでなくとも、戦わないのだから兵士ではないなどと言われ、軽視される傾向にある。軍の中でも肩身の狭い思いをすることが多い。視察のため輜重部隊に同行している将校も、彼らのことを戦士とみていない。命を懸けて戦う最前線の兵士たちのほうがよほど大事だと考えているようだった。
だが一方、ハンナは参謀である。いかに精鋭の部隊であろうとも補給がうまくいかなければ満足に戦えないということをよく知っている。だからまず輜重部隊の兵士たちの労をねぎらい、いたわり、激励した。いかに兵士たちが歓喜したかは言うまでもない。
こうした流れで輜重部隊の中ではハンナを神聖視する声が出始めた。必要以上に丁寧な待遇がされるようになったのも仕方がない。ハンナは輜重部隊の苦労を知っていたので兵士たちと同様に歩いて山をこえることも想定していたが、とてもそんなことはさせられないと言われ、軍馬にまたがることになった。
休息の間に少し兵士たちの間を歩いて彼らの不満を聞き、同情しているとそれだけでさらに待遇がよくなった。馬なんかに乗せて女神さまの体が傷んだらどうするんだ、と何やら過激な意見が出始めた。
自分は骨董品の焼き物か何かか。ハンナは突っ込みたかったが、彼らの熱は高く、とても抑えられない。最終的に軍用車の助手席に座っていてほしいということになったが、女神の乗る車を運転する名誉をかけて、補給部隊の中で内乱が起こりかけたことは余談だ。
そのような苦労もあり、ようやく前線の陣地へ補給物資を届けた。任務を全うしたわけである。輜重部隊はハンナとの別れを惜しんで泣き叫ぶ者さえあったが、仕方のないことだ。
彼らと別れ、帝国で持たされた指令書も将校に届けた。
しかしその指令を見た将校の顔は曇り、ゆがむ。ハンナは下がっていいと言われたが、何か恐ろしい指令が下ったのだということはわかった。
数分後に将校はハンナを呼び戻し、彼は何事もなかったような顔で再度補給任務についてほしいと告げた。また山道をこえて輜重部隊を率いるのだ。
輜重部隊ではハンナは竜に襲われないための守り神として扱われているので、そこでの待遇はよかった。一部では女神として敬われているまである。なので補給任務につくことは特に苦ではなかったが、気になることは多かった。
「王国軍の動きについては、情報はないのですか?」
「ああ、奴らが竜に接触したという情報はない。山側はこちらが抑えたので、手間取っているらしい。特に心配はいるまい」
「わかりました。戻る途中で、竜に会っても構わないでしょうか」
「そうするがいい」
一瞬、将校の目に悲しそうな色が浮かんだが、ハンナはその理由まではわからない。
しかしともかく、折角補給で手に入れた果物も早くイルたちのところへ持っていかなくては悪くなってしまうだろう。ハンナは輜重部隊とともに帝国へ戻ることを決めた。
これを知った輜重部隊は狂喜し、再び内乱が起こりかけた。
混乱を避けるためにもハンナは一日置いて翌日に出発し、山道へ入った。
山村を突っ切るルートは避け、できるだけ竜に会わないように祈りながら行く。
たくさんの自動車や馬が列をなし、ひたすらに道を行く。
ハンナはその先頭付近で車を運転していた。内乱が起こりかけたというのに彼女自身が運転しているのは、その隣に座っている男がそう望んだからである。彼はハンナの上司である将校よりもさらに高い地位にある。前線視察という名目で輜重部隊と一緒にやってきた男だった。
たったの一日で何が見れたのかとハンナは思っているが、それは口にしない。ちらと横目にその顔を見ると、寡黙で真面目そうな鋭い目が見えた。彼は堅物で有名な将校だった。なんやかやとハンナに話しかけてくるようなこともない。
補給任務というのは名目で、この男が竜に殺されないようにしろというのが本音だろうな。
ハンナはそのように考えていたが、その予想は外れている。
その男は全く違う任務を帯びていたのだ。