ドラゴンピアッサー
意外なことに、その場に残って銃を構える男も多かった。
逃げまどい、パニックを起こしてあちらこちらでぶつかり合っては喧騒をたてる群衆をよそに、彼らは手にした武器を構えて空を見上げるのだ。まさに、ドレイクを倒そうとしている。
中には処刑に使われたものにこそ及ばないものの、それなりに大きな銃を構えている者もいる。大きさに見合った破壊力があるとするなら、あれもまた人間一人を撃ち殺すには過剰な威力を秘めているに違いなかった。
「竜くらいで逃げてるようじゃ男がすたるってもんだ、じいさんから受け継いだこの銃の威力を見せる時がきたようだな!」
「てめえの出番はねえからすっこんでろ。この俺が竜を落としてやっから」
気勢は十分らしい。
レッサードラゴンのカイよりは小さいといえども、人間たちと比べては十分すぎるほどにドレイクたちも大きい。彼らがそのまま降下してくれば軽く二人はぺしゃんこにできるだろう。そのような巨大な相手に立ち向かおうというのだ。彼らの勇気は本物なのだろう。
イルも銃を構えた。ドレイクが攻撃を仕掛けてくるつもりなら、反撃しなければならない。
その姿を見た周囲の大人の一人が声をかけてきた。
「子供が何をしている。帰っておとなしく、部屋の隅で震えていろ」
「私も戦う」
簡単にイルは拒否したが、それでおとなしくはならなかった。
「いいから出ていけ、邪魔だ」
「私もハンターだから。気にしないでいい」
そう言ったが、やはり相手は引いてくれずにまだ何か言ってこようとしている。
彼の態度は他の者から見ても不快だったようだ。
「おいおい、ぐだぐだ言ってる場合かよ。子供とはいえ大層なオモチャを背負っているじゃないか。立派なハンターなんだろうし、無碍にすることはねえだろ? 目は一つでも多いほうがいい」
周囲のハンターたちがそうやってイルのことをかばった。
ほとんどの人間がこれに同意する。彼らは銃を撃つことを生業とするゆえに、子供であろうが実力のある者と勇気あるものは尊重するのだ。仲間に敬意を払っているともいえる。
しかしこの目の前にいる男はそうでないらしく、執拗にイルを追い払おうとした。
「いうことをきけ、クソガキ。帝国軍は邪魔なものに容赦しないのだ」
自慢気に彼は帝国軍の階級章をイルに見せつけた。その階級は低くない。どうやら、帝都から例の銃を運んできた責任者なのだろう。しかしドレイクが迫る今となっては残念ながら、身分など何の役にも立たない。
確かな実力と勇気だけが認められるのだ。ドレイクの襲撃に臆さずこの場に残ったことは称賛されるべきで、子供であるからと追い出すことはおかしいのだ。イルは落ち着いており、ドレイクに恐怖して逃げ損ねたのではないということは、すぐにわかるはずだった。
彼が残っているのは立派だが、何しろ彼の率いるべき帝国兵の大半はすでにドレイクにおびえて逃げているのだ。説得力などあるはずもない。
「帝国に逆らうつもりがないなら、すぐにここから出ろ。ガキは邪魔だ」
イルはそいつの顎を銃床で殴りつけた。彼は一撃で昏倒し、余計なことを言えなくなる。これで十分だった。
帝国兵は殺すと決めているので脳天を撃ちたいところだが、ここではまずい。今後もここには新作の銃が運ばれてくる可能性があるので、まだ騒ぎを起こしたくはなかった。ふもとの町のようなことになるのは、面倒だったのでどうにかこらえる。
「やっと黙ったか」
「帝国兵はろくなことをしねえな。嬢ちゃん、あんたも戦うつもりなら死ぬ覚悟だけはしとけよ」
周りの男たちは彼に同情などしなかった。どうやら、この街において帝国軍は嫌われているようだ。何が理由なのかはわからないが。
イルは片手に抱えていた影魔を地面に放した。彼はイルの影の中に潜み、その姿を消した。
逃げ出したわけではない。影魔は生物の影の中に潜んで隠れることができる。今もそうしてくれている。
「にしても竜かあ、久しぶりに見たぜ。何しにきやがったんだ?」
「見ろよ、こっちに来るぞ。あのバカでけえ銃声にお怒りらしいぜ、帝国のせいだからな」
「そろそろ散れよ、まとまっていると一気にやられるぞ」
銃を持った荒くれたちは散開していく。リスク管理のために当然の行動だ。
山で育ったイルもそのことは知っている。影魔を潜ませたまま、物陰に隠れようとした。
ドレイクが一体、そこへ降りてきた。勢いを抑えず、地面に降り立って荒くれたちを踏みつぶそうというのだ。
「きたぞ、蜂の巣にしてやれ!」
男たちの持っている銃が一斉に火を噴き、降下してくるドレイクの体をとらえる。弾丸の続く限りに撃ちまくって、追い払おうとしているがうまくいかない。
ドレイクの鱗は固く、銃弾が通じていない。
いくら撃っても無駄なのだ。弾は鱗を貫通せず、はじかれてどこかへ消えていくばかりだ。イルも何発か打ち込んだが、新式銃でもダメだ。ドレイクに傷を与えることはできていない。
帝国兵は頼りにならずに逃げだしているありさまで、町に残った荒くれたちだけがドレイクの相手をしているのだ。
パチパチと体をたたく銃弾を気にもせず、ドレイクの一頭がついに地面に降りてきた。荒くれたちは咄嗟に飛びのき、その場を離れる。誰もつぶされたりはしなかった。
「効いてねえぞ! てめえあの銃を持ってきてぶちかませ! あれなら効くだろ!」
「無茶をいう!」
呼ばれた男は仲間の提案を拒否した。
あの銃というのはもちろん、いましがた死刑囚を粉々に粉砕したあれをいっているのだ。確かにあれはバカげた威力がある。ドレイクを撃ち殺しうるだろう。
「どけっ、俺が目に物を見せてやる」
受け継いだという大きな銃を構えた男が狙いを定める。ドレイクが地面に来たことで狙いやすくなったと思ったのだろう。
イルはクリップを換えながらその銃を横目に見た。確かに強そうな銃だ。
「ドラゴンピアッサーか! 早くぶちかませ!」
「わかってるって!」
怒号のような声でこたえながら、その男は大きな銃の引き金を握り締める。
ドラゴンピアッサーと呼ばれたその銃は、轟音とともに巨大な銃弾を吐き出し、ドレイクの喉に鮮血の花を咲かせた。
狙いたがわず命中したのだ。
「よっしゃ! いいぞネコハ、その調子で残りもやっちまえ!」
このドラゴンピアッサーという銃は、帝国が対竜ライフルを開発する土台として使用した、実績のあるものだ。ドレイクに効くのも当然といえた。
しかしこの場にいる者はそれを知らない。帝国軍は自分たちが一から開発した銃という触れ込みにしてこの街から技術料を頂戴するつもりであったのだから。
ネコハというらしい荒くれの一人は素早く弾丸を詰め替え、次の標的を狙う。
ドレイクたちはあと2頭いるようだが、1頭が急降下してネコハを狙ってきた。当然の行動であるが、その動きが素早すぎて誰も対応できない。
「うお、やべえ! ネコハを守れ!」
「早く逃げろ、避けろ!」
下りてきたドレイクに銃弾の雨が降り注ぐが、効果をなさない。
もうネコハという男を救うにはこれしかない。イルはとっさの判断を下す。あの化け物のような銃を使うのだ。