対竜ライフル
イルの心は動かない。人間を殺したが、冷静だった。敵を殺したというだけで、大騒ぎする理由もない。
案外人間も脆いんだな、というくらいである。
一方これを見守る男たちは動揺していた。逃げ場をなくして子供から身分不相応な金を巻き上げるだけのはずだったというのに、気が付けば首謀者が死んでいるのだ。こんなことになるとは全く予想もしていなかった。
二人がもしも銃を持っていなければ、逃げていただろう。このような得体のしれない存在に挑みかかるほど彼らは勇敢でない。しかしその手に握る銃が彼らの心まで強くしていた。銃さえあれば、人間はたやすく殺せると彼らは信じていたのだ。
だから、彼らは激高してイルに銃を向けた。幼子を撃ち殺そうと銃口を向けたのだ。
「おい、今何をした」
片方の男が問いかける。イルはその質問に答えないで、抱えていた影魔を下ろし、片手で新式銃を握った。
あわてた男たちは銃を持つ手に力を込めたが、一瞬遅い。イルは落ち着いてポーチからクリップを込めて、ほとんど同時に発砲。
話しかけた男の脳天が撃ち抜かれ、彼は路地裏に倒れる。もう一人の男は、相棒が倒れたことに驚愕し、慌てて引き金を絞った。殺さなければ、殺されると反射的に考えたからだ。狙いは外れて、銃弾がイルのすぐそばの空間を抜けていった。
反撃にイルはもう一度撃った。それで男は崩れ落ち、死ぬ。
直後にその場から逃げた。面倒ごとには巻き込まれたくない。影魔の回収も忘れなかった。足跡を残さないように気を付けながら逃走し、一分もしないうちに中央通りの人ごみへ戻った。銃声を聞きつけて人が集まるまでの間に、どうにか逃げられたようだ。
「化け物みてえな銃だな」
咄嗟に飛び込んだ人ごみの中では、何か催し物があったらしい。
人々が何かを見て、それについて色々な話をしているようだ。
「ばかみてえな威力がありそうだが、あんなので銃自体はもつのかよ。使い捨てってわけでもないんだろ」
「一応弾丸が詰め替えられるみたいだから使い捨てじゃないだろ。まあ撃つ人間はどうなるかしらねえが」
どうやら帝国本部から持ち込まれた、新しいタイプの銃について議論がされているらしい。この人ごみの中央に現物の銃があるのだろうか?
イルは気になった。今自分が持っている新式銃も十分実用的だが、より重く、より威力のある銃を自分は求めているのだ。
人々の話に耳を傾け、どういう状況なのかを探る。竜の血で強化された聴覚が、イルに人々の話声を伝えてきた。
「おう、今来たけど何があったんだ」
「新型銃が届いたんだってよ。とんでもねえ威力があるって触れ込みだが、帝都で試射したら撃ち手が両肩を壊したらしいぜ」
「なんだそりゃ、帝都じゃずいぶんヒョロい撃ち手がいたもんだな?」
銃くらいで肩が壊れるとは情けないと言わんばかりに、その男はせせら笑った。
「で、今から誰が何を撃って見せてくれるんだ?」
「帝都での評判が心配だから、遠隔操作で撃たせるらしい」
「標的は」
「無理やり5人のケツを襲った変態よ。官憲にしばり首か、新作銃に撃たれるかどっちか選ばされたって話だ」
ははは、とその話をしていた男たちも笑い声をあげる。
話を総合すると、今から行われるのは公開処刑で、帝国がつくったという新しい銃で行われるということだ。
なるほど見てみたい。こうして人が集まるのもわかる。イルは人ごみの中を重量任せにかき分け、現場を目指してみた。
到着したころには定刻となったのか、罪人が引き立てられ、すでに銃が用意されている。これからまさに始まるのだろう。
銃口の向く先は罪人の胸である。心臓を撃ち貫くのだ。おそらく即死するだろう。
だが万一狙いを外して彼が生き残るようなことがあれば、彼は放免されるようだ。そこに可能性をみているのだろう、罪人はまだあきらめてはいないようだった。
一人の男が進み出て、長々と話を始めた。同時に罪人が縄につながれ、地面に固定された杭に縛りつけられる。
男はどうやらこの罪人の処刑される理由を語って聞かせてくれているようだ。イルは興味がないので聞き流した。罪人も男も、帝国軍人でなかったからだ。
やがて演説は終わり、こちらもしっかりと固定された新しい銃がついにお目見えした。
イルが背負っている新式銃よりも大きく、重そうだ。取り回しが大変だろうし、そもそも普通の人間がこれを背負って戦場を走り回るのは不可能だろう。
しげしげと観察するイルをよそに、死刑執行のときが迫った。
銃の撃ち手はいない。事前に聞いた情報通り、トリガーにつけられた発射装置を遠隔操作するようだ。
「うてっ!」
男が合図を出すと同時に、銃が火を噴いた。
その場に雷でも落ちたようなすさまじい音が響き渡る。町の外まで聞こえただろうというくらいの音だ。
あまりの音にその場にいた人間の大多数は目と耳をふさいだが、目を開けた時には罪人の体は下腹部から下を残して、消し飛んでいた。
発射された弾丸は罪人の体を固定されていた杭ごと粉砕し、消し飛ばしたのである。人間一人を殺すのに使うのは、あまりにも威力が過剰すぎたのだ。
見物人の体に血や臓物の破片が降り注ぎ、騒ぎが起こった。
イルはその騒ぎから逃げようともしないで、その銃を見つめていた。
カイの一撃にも匹敵する威力を生み出した、その銃を見つめている。
帝国兵すべてがこの銃をもってカイに挑んだ場合でも、カイは勝てるのだろうか。
ちらりとそんなことを考えてしまい、背中に冷や汗が流れるのを感じる。
竜といえども決して無敵ではない、そう言われたような気がした。しかし力には、力で対抗するしかない。
その銃を手に入れるにはどうすればいいのだろうか。欲しいな。
ここにきた目的も忘れて、イルはそのように思った。
「竜だ!」
騒ぎがおこっていたその中で、誰かが叫んだ。
「本当だ、竜がきた!」
「早く、銃だ!」
数名が空を指さす。まさか、とイルは焦った。
今のすさまじい音でカイが勘違いしてきてしまったのか、と考えたからだ。あわてて空を見たが、飛んでいたのはカイではなかった。
竜のような形をしているが、もっと小さい。それに、複数いる。
3頭はいる。それが空を飛び、こちらへ首を向けているのだ。集まっていた多くの人間たちが逃げ出そうと試み、パニックが大きくなった。イルはびくともしないで、その場に立ち続けられた。
そうか、あれがドレイクなんだ。あまり、カイとは似ていないんだな。
クリップを込めたままの銃を手にしながら、イルはそんなことを考えていた。