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風の王  作者: zan
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銃の名産地

 影魔は動かないので、イルが話しかけても特に何も反応を見せない。

 仕方なくカイがにらみを解くと、途端に影魔は地面に吸い込まれる水のようにその場から消え失せてしまった。当たり前である。竜が目の前にいては何もできない。

 近くにいた多数のものも含め、影魔たちは逃げ去ってしまった。


「逃げられたか」


 レッサードラゴンのカイはそれが自分のせいであることをわかっていたが、あえてそれには触れなかった。

 イルは特に表情を変えず、指さす。


「誰か残ってる」


 逃げずにいる影魔がいたようだ。目を凝らすと、確かに一体の影魔がその場に残っていた。

 何かの原因で弱っているのかもしれない。彼は動きが鈍かった。逃げずにいるというよりも、逃げられなかったのだ。


「イル、そいつを連れ帰るぞ」

「わかった。こっちにおいで」


 角張った道をそろそろと歩き、イルが近づく。やはり影魔は逃げなかった。鳥の姿をした彼は、近づいてくるイルの姿を見てぎゅっと縮こまろうと試みたが、無駄なことだ。イルは影魔をつまみあげることができた。


「影がない」

「そういう魔物だからだ。

「この子に、助けてもらう?」

「そうだ。ずいぶんおびえているようだから、抱いててやるがいい。帰るぞ」


 長居は無用とばかり、カイは飛び立とうとする。イルは慌ててその背に飛び乗った。もちろん、影魔は手に抱いている。

 多少弱っていようとも、回復させればいい。カイはその弱った影魔で十分と考えている。なにしろ特に戦闘能力を期待しているわけではないのだから。


「このまま『巣』に戻って、お昼寝?」


 イルは背中からカイに訊ねる。

 地面をまさに蹴ろうとしていた足を止め、別に昼寝までしようとしていたわけではない、とカイは心の中に言い訳をした。


「どこか行きたいところでもあるのか」

「ドレイクを見てみたい。カイと似てる?」

「それほどではないだろう。だが、見てみたいというのなら一度くらいは挨拶をしてくるか」


 他種の縄張りにちょっかいをかけることはあまり好まれないが、近づくくらいはいいだろう。イルの願いを聞き入れるのにそうした言い訳をしながら、カイは今度こそ地面を蹴って飛んだ。

 空の上でゴーグルをかけたイルは影魔について色々と訊ねた。

 風の中でもカイの声はよく聞こえる。イルの声もカイに届いているようだ。

 影魔というのはいろいろと便利な存在であり、光を吸収してエネルギーとしているから特に食事や排泄は不要だという。不思議なものだが、それで『魔物』として動物と区別されているのだろう。

 イルはそう納得して、今度はドレイクについてカイの知っていることを聞き出そうとした。


「語るよりも実際に見たほうがよかろう。そろそろ降りるぞ」

「え、もう?」


 下を見ても、とても竜らしい生物が棲めそうにない森林地帯だ。カイは森の中、湖のほとりに降りようとしている。そこなら多少は木々がまばらになっており、なんとかカイの大きな体でも着陸できそうだった。

 羽ばたきながら下へ向かう。接地の一瞬で地面が多少震えたが、なんとか耐えたようだ。湖の中へ滑り落ちていくような事態にはならなかった。


「こんなところにドレイクが来る?」

「いや、来るのは近くの町にだな。奴らは人間を脅かすのを好む。襲撃までは来ないだろうが、町にいたほうがよく見れるだろう。

 さっきもいったとおり、竜がいくのはよくないからな。

 竜が行けば、ドレイクたちは襲撃されたと思って死に物狂いの抵抗をするに違いない」


 違いない、と言いながらその可能性は低いだろうと思う。なぜならドレイクたちがどれほど抵抗したところで竜の前ではほとんど無力だからだ。

 おそらくカイが行けば、彼らは一目散に逃げだすだろう。それではイルがドレイクを見れない。


「じゃあ、私だけで行ったほうがいい」

「そうだ。また帰りは呼ぶがいい。今度は場所を間違えるなよ」


 カイはそう言い残して飛び立ち、去って行ってしまった。たぶん、夕食でも探しに行ったのだろう。

 残されたイルはゴーグルを帽子の上へ戻し、影魔を抱えたままで歩き出した。その背中には帝国の新式銃を背負い、腰にはクリップポーチがついている。コートを着ていることもあって、幼いハンターと見えないこともなかった。

 ゆったりと歩き、イルはカイの言っていた近くの町へと向かう。

 ドレイクがよく出没するという噂の、町へだ。


 町はかなりの賑わいだった。人間の往来も盛んな様子で、イルが町に入ってもほとんどだれも関心を向けない。

 ドレイクが頻繁にやってくるとカイが言っていた町だが、人々は明るく元気である。ただ、町のあちこちに銃器を扱う専門の店があり、お金さえあれば簡単に銃や弾丸が手に入るようだ。やはりドレイクに抵抗するために必要なのだろうか。

 気になったイルは武器を扱う店に入って聞いてみたが、店主はケラケラと笑ってこたえた。


「そんなにしょっちゅう竜が来てるわけじゃないんだよ、お嬢さん。ただ、以前にはそういうことも結構あったから、今でも竜がいつ来るかわからないって心配しているのも多いだけさ。

 まあ実際、銃で追い払えてるんだから本当に竜がきたところで大した心配はいらないんだろうがな。

 それにそのおかげで銃の開発競争があって、ここは帝国一番の銃の名産地にもなってるんだ。嬢ちゃんも結構いいおもちゃを持ってるみたいだけど、うちの製品に乗り換えないか? 狩猟用なら新式より絶対使い出がいいぜ」

「いや、いい」


 営業はそっけなく断って、外へ出る。他の店でも同じように聞いてみたが、同じような回答であった。

 ただの一人も、ドレイクという言葉はつかわなかった。自分たちが撃退したのは竜であると信じているようだ。

 念のためもう少し聞いておこうと、古いつくりの建物に目をつける。イルはそこへすたすたと歩いて入ろうとしたが、床板がみしりと音を立てた。あわてて飛びのき、断念する。

 そうだ。町の中だと忘れがちだが、自分は重いのだ。非常識な重さのために、床板を踏み抜きかねない。巨体の大男ならともかく、自分が床を割ってしまっては明らかに不審に思われるだろう。

 強くなった副作用として受け入れていくしかない。別の店を探すため、イルは大通りから外れて小さな路地を歩いた。

 めったに人が来ない位置にある隠れた名店、などがあるかもしれないとなんとなく思ったからである。

 少しばかり行ったところで、前を一人の男がふさいだ。かなり若い男で、薄汚れた服を着こんだ上、手には小さな銃を握っていた。これでも人間を撃ち殺すには十分な威力が出るだろう。


「待ちなよ、お嬢ちゃん」


 声までかけられた。

 振り返って路地の入口を見るが、別の男が二人でそこをふさいでいる。彼らは長銃を構えていた。


「へへ」


 ニヤニヤと笑って、彼らはイルに迫った。


「けがをしたくないなら、ポケットのものを全部渡しな。わかるだろ」


 武器を突き付けながら、彼らはいう。どうやらイルが手持ちのお金を確かめているのを見ていたらしい。

 イルは落ち着いたまま、何も言わなかった。彼らは帝国兵ではないが、自分に害をなそうとしている敵であった。敵と会話する意味などない。


「あぁ?」


 正面にいる男がすごんできた。顔を近づけ、怒気をぶつけてくる。銃口を顔へと近づけ、早くしろとばかりに脅しをかけてくる。


「いいから出せ、ポケットのもの全部」


 もちろん、イルは答えない。そろそろ叩いて黙らせようか、と考えたところで男のほうが行動した。

 幼いイルに対して手を伸ばし、胸倉をつかんで引っ張り上げようとする。


「いっ?」


 瞬間、グギッと男の腰骨が鳴った。

 イルの体はほんのわずかも浮き上がっていない。男はうめき声をあげてうずくまってしまった。


「がああぁぁ……」


 呻いてもがき苦しむ彼の頭をイルは軽く蹴りつける。重々しい音ともに首の骨は折れ、数秒のうちに彼の命は絶えた。

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