冗談のような銃
化け物のような銃が出来上がってきた。
帝国技術部は実に丁寧な仕事をしたといえる。竜を殺すためだけにしか使われない、使いどころの限られた銃であるというのにだ。
試し撃ちをしてみたところ、雷でも落ちたようなすさまじい大音響。弾丸は狙い違わず標的の大木を砕き、その背後に用意されたコンクリートの壁を貫通し、帝国本部の建物に亀裂を入れた。建物の中にいた佐官の一人が大けがをしている。
狙撃手に選ばれたかわいそうな軍人に至っては、肩の骨を粉砕骨折している始末だった。
率直にいって、化け物のような銃という表現しかない。まさしく対竜専用ライフルである。もうライフルというくくりにいれていいかどうかもあやしい段階だ。
「痛ましい犠牲は出たが、予想以上の威力だな。これで完成といってよかろう。この銃で殺せないような怪物などいるわけがない」
試射の様子を見ていた男は、鷹揚にうなづいてみせる。技術部の男がこれに応じた。
「量産する用意もございます」
「そうだな、五丁ほど作るがいい。弾丸もあとから必要になるかもしれんから、急いで作らせろ。なんなら竜が出没する地域に技術をおろし、そこでつくらせてもいい。そうしたほうが、帝国の安全につながる」
「そのようにいたしましょう」
彼らはすっかり、問題の竜を殺したつもりでいる。
もともと帝国の軍事力は圧倒的なのであり、竜さえいなければ王国など簡単に征服できるはずである。思わぬイレギュラーを排除するめどがついたことで、帝国はもうすっかり安心しているのだ。
そうして喜んでいる彼らは早速狙撃手を手配し、山村へ送り込む計画を立てる。
しかし五丁も生産したところで、持ち運ぶことも容易でなく、撃っただけで狙撃手の肩を破壊する冗談のようなこれを一体誰が使うというのか。衝撃を殺すためのアタッチメントを開発しない限り、産業廃棄物以下の何かだ。
残念ながらそれを指摘できる者はここにいなかった。
「竜というのはな」
カイが背中に乗っているイルへと説明してくれている。
何しろ、イルのカイに対する信頼は非常に篤い。山の神様であり空の王であり、何より自分を救ってくれた恩人だと信じている。もちろんそうして慕われることは、イルの峻烈なる魂を知るカイにとって、ありがたいことではあるが、全能であるように思われていては困る。
そう遠くない将来、カイは神竜によって殺されることがわかっているのだ。そのときになってイルが生きていけないようでは困る。
竜という存在について、イルには説明しておかなくてはならなかった。
「まず人の前に姿を見せるものではない。強すぎるからな」
「カイは?」
「特例中の特例だ。めったにこういうことはない」
ふうん、とイルはうなった。
「でも強すぎるっていっても、銃で撃たれたら少しは痛いでしょう。私も痛かった」
「お前の体はまだ完成されていないからだろう。根本的に竜の身体を金属の弾でどうにかできるというのは愚かしい」
「私はもっと重くて強い銃が欲しい。それでも無理かな」
「本物の竜はそう簡単に殺されん。ワイバーン、あるいはドレイクと呼ばれるものは違うだろうが」
レッサードラゴンのカイも、弱い部類であるとはいえ、れっきとしたドラゴンである。銃ごときにおくれをとるわけはないと自負していた。
「ドレイクなら銃で死ぬの?」
「可能性はある」
ドレイクというのは、ドラゴンよりも若干小さく、力も低い代わりに繁殖力の高まった種族だ。彼らのうろこは竜ほど頑丈ではないので、銃で貫かれる可能性はあった。
本来的にはドレイクという呼称も単にドラゴンの別称に過ぎなかったのだが、いつの頃からか少し小型の別の種をさす言葉に変化していた。
「今からそのドレイクを狩りにいくの、カイ」
「そんなことはせぬよ、ほかの種族の領域を侵すのは本来的にはよくないのだ。だから、人の種族に竜がいることも本当はよくない」
緊急避難的に許されるだろうとカイは思っているが、いいことではない。
「ふうん、それじゃどこへいくの。帝都?」
「それでも別に構わないが、悪目立ちするのではないか。戦うことになれば、軍人ではない帝国の者が大勢死ぬことになるとは思わないか」
「そっか」
「今から行くのは、廃棄された土地だ。そういったところには魔物たちが溜まるのでな、スカウトを行う」
「スカウト?」
「身の回りのことをしてくれる者が必要だろう」
二人が向かったのは帝国よりもさらに遠い位置に存在する、奥深い森である。カイの背にまたがっても、イルが昼寝をするくらいの時間が必要だった。相当に遠かった。
カイが降りたのはその森を過ぎたところにある高山だった。雪が残るほどの位置に、カイは降り立った。できるだけそっと降りたが、それでも地響きが鳴った。
「寒いね」
気温は低かった。空気も薄い。
このようなところには生える植物も少なく限られ、それを食べる動物も少ないはずだ。
「こんなところに誰かいるの?」
「いるのだ。そいつらを勧誘する、特に影魔だ」
「影、魔?」
聞いたこともない、とイルは首をかしげる。魔物自体が、そもそも見かけないものである。名前も知らなかったものとなれば、どのような姿であるのか想像もつかない。
太陽は強く照っているが、寒い。このようなところに何がいるというのか。イルは首を振り、周囲の景色にあらためて目をやった。
「風は冷たいけど、あれって。雲が見下ろせてる」
カイの背から降りると、冷たい岩肌の露出した地面に残雪。
「あまり急斜面には行くな」
カイにいわれるまでもなく、斜面には近寄れない。今のイルは非常に重い。足を滑らせるようなことがあれば、そのまま滑落して命を失いかねない。墜落した衝撃では死なないでも、そのまま地面にめり込んで身動きがとれないまま餓死ということは考えられた。
とはいえ、そこから見える景色は文句なしに素晴らしいものだった。カイの降りた位置は頂上ではなかったが、相当に高度がある。山から雲を見下ろすことができ、その絶景はイルにとって初めて見るものだった。 地面の下に雲があるという不思議な光景。空を飛んだときとはまた違ってみえる。
「すごい」
絶景。イルが見とれている間に、カイは山の斜面に沿って下りていき始めている。どこへいくというのか。
「いたぞ、影魔だ」
その言葉にカイの視線を追う。黒っぽい鳥が崖の端に立っていた。
この日の降り注ぐ中というのに、その鳥の足元には影がない。どこから見ても、影がなかった。
「あれってどういう魔物?」
魔物を見たのは初めてである。イルは恐々と訊ねた。
「人や魔物の影に宿る寄生性の怪物だ。やつらには剣や槍、銃などの物理的な攻撃の一切を受け付けない。影だからな」
「そうなんだ」
「お前のために、影魔が必要なのだ。話しかけてみるがいい」
「話しかける」
そう言われても、どうしたものか。戸惑っていると、黒い鳥がこちらを向いた。竜の姿におびえているのか、飛び立つこともできないで、その場にくぎ付けになっている。
もちろん、カイが逃がさないように睨みを利かせているからだ。逃げようとすれば、即黒焦げにするぞという脅しをかけている。