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風の王  作者: zan
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帝国兵たち

 装弾子クリップを買ったが、お金はまだ残っている。

 どこかに銃の説明書でも売っていればいいのだけれどもと考えながら、イルは闇市を歩いていく。

 皆がそうしているように、イルも売られている品々を見ながら歩く。ふと、左右のレンズが一体化したメガネのようなものが見えた。これはどうやら、ゴーグルだ。

 イルが手に取ると、水中でも目が見えやすくなる道具だ、と店主が説明してくれた。これは価値がありそうだった。カイに乗って空を飛んでいる間、前から吹いてくる風が強くて目を開けていられなかったのだ。これをつけていれば、目を守ってくれるのではないか。

 そんな風に考えたイルはこれも買う。普段は帽子の上から巻いておけば邪魔にもならない。必要な時だけおろして、目にかければいい。首にかけていてもいい。

 新しいおもちゃに満足して、イルはまた歩き出す。しかし、少し歩いたところで立ち止まってしまった。


「終わっちゃった」


 ぽつりとつぶやく。さすがの闇市も無限には続いていないので、通りが終わってしまった。銃や、説明書などはまだ見つからない。

 やはり、あの帝国軍人に銃をとられたのはよくなかったかもしれない。二つあれば、片方をバラバラにして仕組みをしらべることもできたのだ。

 闇市の終わりから、元の場所へ引き返そうとしたところで、目の前に足が差し出された。普通の子供なら、気づかずに足をとられて転げてしまっただろう。

 が、イルはこれに気づいたので立ち止まる。

 顔を上げてみれば、それは帝国兵だった。さきほどの女性ではない。粗野そうな男たちだった。


 イルの心は、彼らを目に入れた途端に沸騰しかかった。彼らこそは、山村を滅ぼした悪党である。その顔に見覚えはないので、直接山村の事件にかかわっていたわけではないだろうが、どう見ても同類だ。

 たったさっき関わった女性のような、落ち着いた雰囲気ではない。完全にイルに危害を加えようとしている。


 彼らに配慮する必要などないのでそのまま押し通ってもよかったのだが、イルはそこに留まった。足を出してきた男はというと、木箱に坐って、一番偉そうにしている。


「お嬢ちゃんよお、ずいぶんお金を持ってるじゃないか」


 ニヤニヤ笑いを浮かべてそんなことを言ってきた。こちらを見下ろし、見るからに乱暴な性格をしていそうだった。

 そういえば、肉屋が「粗暴な振る舞いをする帝国兵がいる」と言っていた。これがそうなのだろう、とイルは納得した。

 彼らはどうやらイルのことを下に見て、どうにでもなる弱いものだと決めつけているようだ。


「ちょっと貸してくれないかな。おじさんたちお金落としちゃって困ってたんだよぉ」


 男は三人、全員がイルからお金を巻き上げようと考えているらしい。

 そうだ、この顔。山村に育ってきたイルは今まさに、あの夜のことを思い出してしまった。


 男の帝国兵。

 彼らはイルの家族や、村の優しい人たちを苦しめて殺した。目の前の男と同じ表情。それを浮かべてへらへらとしながら皆を殺した。何もできない村の人たちをいいようにした。


 煮える思いがこみ上げる。

 帝国兵たちは、全員、いずれは殺さなければならない。なんとしても、誰が何を言っても、絶対に。

 それが山の法則なのだ。悪いことしたのだから、同じだけのばちがくだらなければならない。自分がくださなければならないのだ。


 しかし今は、無理だ。


 さすがのイルもそのくらいはわきまえることができた。

 先ほどの女性帝国兵への遠慮もないわけではない。ここで暴れて、銃をもった男たちに勝てるかどうか、という面もある。

 さらにいえばここで問題を起こしては、銃のことがわからない。装弾子もいずれまた買いに来ることがあるかもしれない。だから、ここは我慢しなければいけなかった。


 目の前でいきがる兵士たちを無視することに決めて、通り過ぎようとする。彼らの差し出した足を避けて、わざわざ回り込もうとした。

 しかし、そこで兵士たちが行動を起こした。


 避けていこうとしたイルの胸元に、前蹴りを打ち込んできたのだ。


 瞬間、グギリと嫌な感触。

 イルの肋骨が折れたのでは、ない。


 ただの子供とみていた兵士は派手に蹴り飛ばすつもりで足を振った。しかし今のイルは同じ大きさの岩より重い。そう簡単には倒れないし、飛びもしない。その反動はほとんどが兵士の足に戻って、その骨を傷つけた。


「んごぉ」


 そんなうめき声をあげて、兵士は苦痛にゆがむ顔をこらえようとしている。まさかこのような子供を蹴りつけたくらいで痛い思いをしたなどと、仲間に知られたくなかったのだろうか。

 冷めた目でこれを見たイルは、わざわざ足を止めた。


「今、何かした?」


 なんという、馬鹿な男たちだろうか、と思ってそのように言った。自分を下に見ていた男たちが勝手に怪我をしたので、少し気分がよかったのだ。

 言い返してやってもばちは当たらないだろう、とイルは思った。


 帝国兵たちは自分たちの予想と違った、イルのすました態度に怒った。全員が立ち上がって、痛い目にあわせてやる、という態度をとっている。もう間もなく襲い掛かってくるだろう。

 イルとしてはさわぎを起こして下手な注目を浴びたくはない。

 彼らから逃げるには闇市の人ごみを突っ切る必要があった。無理やりにそうすれば、けが人がでるだろう。

 だが、冷静になってみればそのような考えもあまり必要なかった。どうせ彼らは大した力を持っていない。

 イルを蹴り倒そうとした男が、かえって足を痛めたことを見ても明らかだった。彼らはイルを押し倒すことも殴り殺すこともできないのだ。このまま無視していけばいい。


「さよなら」


 今にもつかみかかってきそうな兵士に対して、イルはさっさと別れを告げた。そうしてそのまま、闇市から立ち去ろうとする。

 後ろから殴りかかってきたところで、蹴りかかってきたところで、頑丈なイルは傷つかない。問題ないはずだった。

 しかし数歩行き過ぎたところで、不快な破裂音とともに右の足首へ鮮烈な痛みが走った。


「んぅっ」


 あまりの痛みに、立っていられなかった。思わずしゃがみこんでしまう。

 まるで犬にでも噛まれたような痛みだったが、そんなものではなんともないはずだった。なら、いったい何が来たのか?

 振り返ったイルの目に、銃を構える兵士が見えた。


 銃で撃たれたのだった。


 イルは納得したが、痛みは引かなかった。さすがの竜の血でも、弾丸を跳ね返すには足りなかった。カイの鱗なら銃弾くらい蚊に刺されたほどにも感じなかっただろうが、イルの体はまだそれほどではなかった。

 カイは「もう十全に血の力は引き出されている」と言っていたが、体重はいまだに増え続けている。まだ、完全に竜の血はイルの体になじんでいなかったのだ。時間はもっと必要だ。

 今のイルには、新式銃は十分な足止めになりえた。痛くて、足が動かない。

 兵士が近づいてくる。うずくまったイルにさらなる追撃を仕掛けようというのかもしれない。


「お前が悪いんだぜ、生意気に。素直に金を出していれば、痛い目はみなくてすんだのに」


 その目は、エズリの死体を見せつけてきたあの兵士と同じ、嫌な笑い方をしている。

 イルは思わず地面の砂をつかんで、力任せに投げつけていた。

 まともに砂を受けた兵士の一人がバランスを崩してよろめき、倒れかかった。


「うっ」


 ただの砂かけではなかった。砂の質量は軽かったが、投げられた力が尋常ではなかったせいである。

 帝国兵たちはどうにか体勢をもどし、初めは子供が投げた砂でよろめかされたことに驚いた。そして後からは子供などによろめかされたという事実に怒りを湧きたたせた。

 服を汚されたということもあるだろう。


「この! もう許さねえ、やっちまえ。理由は後からつけられらぁ!」


 兵士たちは怒りのあまりに再び銃を撃った。砂を受けた兵士も背中に持っていた銃を抜いて、安全装置を解除し銃口をこちらへ向けてきた。

 イルは彼らが銃を撃つ様子を見て、一瞬だけ本来の目的を思い出した。


 ああ、あのようにして撃つのか。


 覚えた。そうして、銃の扱い方を知った。自分も銃をもって同じようにすれば、彼らは殺せる。殺すことができる。


 しかし、今のところ撃たれるのはイルのほうだ。

 撃たれたくらいで死ぬとはあまり思えなかったが、たぶん痛い思いはする。そう考えた直後、左肩に弾丸がめり込んだ。

 一発では終わらず、次々と銃弾が飛んできてイルの体を叩いていく。あまりに痛くて、イルは倒れ伏した。

 それでも銃弾は止まらなかった。次々と銃は撃たれ、そのたびにあちこちが痛む。ひどく痛んだ。

 クリップが地面に落ちる小さな金属音が聞こえて、ようやく弾丸の雨が止まる。

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