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風の王  作者: zan
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帝国軍人

 教えられた場所には、露店が広がっていた。

 肉屋がいうには「闇市」ということだったが、名前から想像されるような後ろ暗い感じはしない。明るく、さわやかな活気が見えている。むしろ、普通の市場よりも騒がしいくらいだ。

 人の通りも多く、あちこちで値切り交渉をする声もきこえていた。

 イルは、帽子をかぶった。伸びてきた髪が邪魔なので、帽子の中にしまい込みたかったのだ。以前に来た時には確実になかった喧騒に驚きながら、キョロキョロと商品を眺めてまわる。

 だが「流通が止まっている」というのは間違いないようだ。外部との接触を断たれ、食べ物や消耗品に困るようになった人々が、手持ちのものをこうして交換することで生き延びようとしてここが開かれたのでは、とイルには思える。

 捕らえた猪が高値で売れたのも、こうした事情によるものだろう。


 イルは人であふれる闇市の中を歩いた。重量のあるイルは人の波をも強引に分けて歩ける。余裕だった。

 猪を売り払った代金は右手に握ったままポケットの中である。万が一にもなくしたら、また面倒だと思ったのだ。


 道行く人は強引に押しとおるイルに目をやりはするが、あまり気にした様子はなかった。親とはぐれた子供か、あるいはお使いにやってきた子供、などと考えているのだろう。視線は時折感じるが、大したものでもない。

 様々な者が、道端に並べられていた。布一枚敷いただけの地べたの上に、皿や食べ物、あるいは着物や布がならべられている。何が多いかというと、食べ物が多い。その場ですぐに食べていけるように、小さな机や椅子を置いているところもあった。

 少し硬くなったパンを売っている人や、逆に暖かいスープをたくさん煮込んで一皿ずつ売っている人もいる。イルはスープを一皿買ってみた。『巣』の中で食べていたような丸のままの動物の死体に比べれば、暖かいというだけで素晴らしくおいしく感じられる。味をじっくり見る間もなく、その場で一皿食べきってしまった。

 お礼を言ってからになった皿を返して、先を歩いてみる。

 求めるものはほどなく見つかった。

 闇市の一角に堂々と帝国兵の新式銃と装弾子が置かれていた。やはり地べたに置かれていたが、それほど高くもない金額で売られているのだ。銃本体はともかく、装弾子は欲しい。

 そこの店主らしい男が、その前にしゃがんでいる客へ何か説明をしているのが聞こえた。


「これはな、帝国兵たちが売り払っていったもんだ。

 王国兵を前にして怖気づいて脱走しようってハラを決めたのはいいが、逃走資金がないもんでよ。支給品のこいつらを手放してカネにしたってわけだ。不良品じゃねえし、ちゃんと撃てるぜ。

 まあ、持ってるところをお偉方に見つかったら大変だがな」

「だがナンバーが彫られてるから、アシがつくだろ」

「そりゃあお前、そんなの脱走兵がナイフで無理やり削り取っちまった。まあ調べれば誰が脱走したかなんてことはすぐにわかるんだけどな」

「ふーん。確かに新式銃は性能がいいっていうがなあ。持ち歩くだけで睨まれるような装備じゃ」

「そういうと思ってよ、こいつを用意したんだよ。こうしてよ、うまいこと隠蔽すりゃあ旧式銃に見えないこともないだろ」

「遠目にはな」


 店主は色々とまずい品物であることは承知しているらしく、ごまかしの手段を伝えている。客はそれに感心していたが、それでも買うのはためらわれているようだ。

 一歩踏み出し、イルは手を上げた。


「私がそれを買う、弾丸が欲しい」


 会話に割り込み、並べられた装弾子クリップを指さす。店主と客がこちらを向き、イルの幼さに少し驚いた顔をする。


「おいおい、お嬢ちゃん。これはオモチャじゃないんだぜ」


 店主があきれたように言う。

 イルは『巣』の中にもうすでに一丁の新式銃を持っていたが、修理部品、あるいは予備としてもう一丁持っていたほうが安心だと考える。それに、できるだけ多くの弾丸を必要としていた。

 この見た目で売ってもらえるかはかなりあやしいところであったが、言ってみないことには何もならない。イルはしっかりと主張した。


「私はハンター、狩りで生きていくつもりだから、少しでも性能のいい銃が必要。お金ならあるから、売ってほしい」

「そうはいうがよ。お小遣いで買えるもんじゃないぞ、値段が見えるかい」

「見えてる」


 イルは右手をポケットから出し、紙幣の束を見せた。店主が提示している値段には十分足りるはずだ。


「こりゃあ驚いたな。どこからそんな大金を持ってきたんだ?」

「猪を生け捕って、売った」

「本物らしいや。まあ売った後の面倒までは知らないってのがここのルールだ。いいか、お嬢ちゃん。あんたが官憲に目をつけられて銃の入手先を問われたって俺は一切知らんふりだからな」

「わかってる」


 どうやら取引はうまくいきそうだ。イルは店主に紙幣を渡してしまった。あとは銃と弾丸を受け取るだけだ。

 が、その瞬間、肩に手を置かれた。咄嗟に振り替えると、背の高い美人がイルの顔を見下ろしている。


「残念だが、この取引は見逃せんな。すまないが、その銃は回収させてもらう」


 冷たく厳しい声が落ちてきた。さらに手が伸びてきて強引に新式銃を握り取ってしまう。

 彼女は軍用のコートを着込んで、帽子までかぶっていた。少しすり切れてはいるが、ブーツも上等のものだ。どうやら身分の高い軍人の女、というところだろう。

 帝国側の軍人だ。帝国兵。しかし、イルの村を襲った者ではない。

 イルの村を襲撃した帝国兵たちはすべて男で、獣のように村人たちを蹂躙していた。この帝国兵は女性であり、凛として美しかった。まったく、イルの記憶にあるものとは違う。


「だが、一応対価は払う。ここのルールだそうだからな」


 女性の帝国兵は、帽子からあふれる長いブロンドの髪が肩にかかるのを鬱陶しそうに手で払った。それから懐から紙幣の束をつまみだし、確認もしないで店主に押し付ける。彼女はそのまま立ち去ろうとした。

 咄嗟にイルはその手をつかんだ。せっかく手に入れられたものを、横から奪われたような気になったのだ。これは帝国兵の恨みとは別の問題だった。


「それ、私が先に買った」


 帝国兵はイルを見下ろし、少し困ったように眉を寄せる。


「むっ。そうだな、だがこれは私が率いる兵士たちが無断で売り払ったものだ。軍としては回収せずにはおけない」

「そんなの、そっちの理屈。あとからやってきて強引に買っていくなんて、乱暴な話でしょう」


 冷静に考えれば別に銃はそこまで必要なものでもなく、弾丸さえ手に入ればよかったはずである。が、イルは抗弁した。

 帝国軍人の女は、もっと乱暴な態度をとってもよかったはずである。彼女は店主に金を払ったし、銃は元々軍から貸与されているものだ。彼女には回収する義務がある。帝国兵の立場からすれば、難癖をつけてくる子供など、蹴り倒して帰っても問題なかった。

 しかし、この帝国兵はそうしなかった。イルが金を払うところを見ていたし、その相手は子供だったからだ。

 銃をもってこちらへ向き直る。


「そうだな、一理ある。私としたことが順番抜かしをしてしまった。

 しかし、やはりこれは私たちのものだ。お前に売ってしまうわけにはいかないし、あるべきところに戻さないといけない。そのかわりに、償いとしていくらかのお金をお前に渡す用意がある。そちらにも事情はあるだろうが、それで納得してはもらえないか?」


 彼女が提示した額は、決して安いものではなかった。

 これ以上何か言っても、なんにもならないだろう、とイルは考える。

 肉屋の店主は「帝国兵たちは粗暴だ」と言っていた。この帝国兵は決して乱暴をしなかった。言葉遣いはともかく、物腰や態度は丁寧だ。帝国兵でさえなかったら、きっともっと好きになれただろうに。

 イルは銃をあきらめて、お金をもらうことにした。


「わかった。それでいい。銃は次の機会にする」

「すまなかったな、小さなハンターさん。では、私はこれで」


 軍人の女はお金を渡すと、すぐに去って行ってしまった。

 イルはその背中を見送ってから、あらためて店の主人に話しかけて、装弾子を買った。帝国兵は銃だけを持っていったので、装弾子はそのままだったのだ。


「銃もないのに、クリップだけ買ってどうしようっていうんだ?」

「手に入れた時のために置いておく」


 店主はけげんな顔をしたが、それでもきちんと売ってくれた。先ほど渡した紙幣との差額をもらう。イルは目的のものが手に入って胸をなでおろした。

 あとは、撃ち方を教えてくれるものを探さなければ。

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