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風の王  作者: zan
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プロローグ① 帝国兵を殺す悪魔

 戦争をしているはずだったが、その戦争がたった一人の子供のために捻じ曲げられてきている。


 その子供は恐れられていた。

 彼女が数えきれないほどの帝国兵を、殺しているからだ。

 正面から帝国兵を銃で。物陰から歩哨に立っていた兵士を弓で。訓練兵を食事に混ぜた毒で。様々な手段で、帝国兵は殺されてきた。

 トイレに行くといった将校が帰ってこなかったので、様子を見にいったら首が千切れてなくなっていた、ということもある。

 そのうえ、彼女はどれほど銃弾を撃ち込まれても、爆発に巻き込まれても、直撃を受けても、なんともないのだ。けろりとしている。

 この子供を撃退できたことは、ただの一度もない。帝国は彼女に負け続けている。これを知っている帝国兵たちは彼女が現れれば最後、逃げるしかできない。撤退もできず、何が起きたかもわからず殺される帝国兵も多い。

 帝国がかかわる戦場に突如としてやってきては、銃弾と死をばらまいていく子供。

 そんな悪魔のような子供には、賞金がかけられている。人生を二回は買えるような、大金だった。

 それほど被害は大きい。いったいもう何人の帝国兵の命が奪われたのか。どんなに少なく見ても、十万人は下らない。


 その子供の名は『イル』というらしい。素性について詳しいことは帝国もつかんでいないが、おそらく小さな山村の生まれで、女だ。

 帝国に深い恨みを抱き、銃を使う。その腕前もかなりのものであることがわかっている。

 さらに、とどめをさすのはこの子供には『竜』が味方についているということだ。

 人間とは比べ物にならない大きな体と大空を飛ぶ翼、どんな攻撃もはじき返す固い鱗をもっているあの『竜』が、イルとともにいる。


 つまり、どれほどの賞金がイルにかけられているとしても、簡単に打ち破れるような相手ではない。

 だからこそ帝国はイルのことを徹底的に悪者として扱うように新聞やラジオ、雑誌機関に対して命令を下していた。すべての国民がイルに対して怒るように、帝国は仕向けているのだ。プロパガンダといってもいい。

 イルはめちゃくちゃに言われている。帝国の命令なので、ありとあらゆる情報がそのようにされた。


 帝国の村々を襲撃しては殺戮を行う、悪魔の子供だとか。母親の目の前で子供を殺して食べたとか。老人に油をかけて生きたまま燃やしたとか。

 人々を連れ去っては奴隷のように使い、飽きたら殺してその血を飲んだとか。魔物の群れをけしかけ、一つの町を滅ぼしたとか。降参した兵士たちを竜に食べさせたとか。

 そんなふうにいろいろな悪事を行ったと書かれ、伝えられ、信じられた。


 だから帝国に住む人の大半は、イルを恐れていた。悪魔の子供だと。

 だが、それでも帝国には広大な国土、そして技術力と生産力がある。

 それらは悪魔によっても殺されていない。力は保たれている。どれほど兵士が殺されても、銃後を担う国民たちは軍事物資を生産し続けている。圧倒的な人口と技術と資源を保有する帝国は、簡単には揺らがない大国だ。

 それによって帝国は戦争を続けることができる。周辺の国々に侵略し、都市部を攻略していけるのだ。


 あくまでも戦争をしている相手は周辺の諸国。

 敵が同じ人間であるなら塹壕を掘り、銃と爆薬が支配する戦場を勝ち抜かなくてはならない。そこでも兵士が死んでいくことには変わりがないが、悪魔と戦うほどに絶望的なことは少なかった。


 だが、悪魔の子供はいつ、戦場に現れるかわからない。一度でも、あの悪魔がもしも目の前に現れたのならどうしよう、と考えない帝国兵はいなかった。

 竜に乗った恐ろしい悪魔のような子供。伝え聞く話では銃で撃っても、爆弾を投げ込んでも死んでいないというのだ。

 しかし、不死身というわけではない。怪我をして血を流しているところを見たという情報もある。弱らせることはできるので、殺すことも不可能ではない。

 眼や耳、その他弱い部分を撃てば倒せるのではないか。

 そのように考える帝国兵は多かった。敵兵と対峙し塹壕に身を潜めて戦いながらも、いつか悪魔に出会ったならかならず銃弾を撃ち込んでやろうと。

 勇気ある帝国兵はそんなことを考えていた。悪魔を恐れる者ばかりではなかった。

 そんな戦場の一つに、竜が舞った。曇天に舞う大きな塊に、誰もが気づいた。


「竜だ!」


 驚くほどのスピードで、その竜は戦場にやってきた。

 ドラゴンである。大きな爪と牙を備えた巨体が、その体よりも巨大な翼を使い、空を舞っている。それも、それが自分たちに向かって突撃してきているのだ。

 神話のように語られてきた、人間よりもはるかに強大な種族。

 貧弱な銃のたったひとつで、あれに対して何ができるのか。あの鱗の一枚も傷つけられるものか。


 いざ、竜の恐ろしさを前にすると帝国兵たちは恐慌に陥ってしまった。あんなものを相手に戦うような訓練は、されていなかったし、想定もされていない。

 彼らの中の誰一人、指示を出せなかった。

 帝国兵はたった今まで、隣国である王国の軍と戦っていたのだ。塹壕戦の最中だった。

 そこに竜が横からやってきたのだから、どうにもならない。恐怖から闇雲に銃を撃ったものはまだましな判断ができたほうだった。我先にと逃げ出す者さえいた。

 彼らはイルや竜のことを話には聞いてたが、実際にみるその迫力にすっかり圧されてしまった。暴力の象徴ともいえる姿を実際に見て、心がやられてしまったのだ。


 だがそれでも何割かの兵士は、悪魔を滅ぼすのだという使命感を頼りにその場にとどまった。迫る竜の背に、よく見れば小さな女の子が乗っている。コートを着込み、帽子をかぶった女が銃を構えているのだった。

 たしかに幼く見える。コートにほとんど着られているような、あるいは背負った銃と大きさがそう変わらないような、小さな体だ。

 これがイルなのだ。帝国が悪魔の様に恐れる子供だ。


 竜がまだ空にいるうちからもう、逃げ出そうとしていた兵士の体がバラバラに砕かれた。逃亡兵だけでなく、その隣にたまたま立っていた兵士も、その後ろにいた兵士も、まとめて砕け散っていた。ただの肉のかけらになって、振りまかれていく。

 わずかに遅れて、雷のような強烈な銃声がその場に届く。

 どうやらイルが銃を撃ったらしい。その銃弾のあまりの速度が、音を置き去りにしたのだ。

 竜は戦場をほんのわずかな時間で通り過ぎたが、その間にイルは銃を次々と撃った。そのたびにあちこちに血の池ができていく。

 生暖かい血と肉の感触が生き残った帝国兵たちを襲った。


 ああ!

 これが、これが悪魔なのか!


 稲妻に撃たれたような衝撃とともに、帝国兵は理解する。今まさに、自分たちは殺されようとしているのだ。対決の時はきた。

 多くの帝国兵は、あまりの敵の恐ろしさに膝が震え、吐き気を催した。それでも、訓練を忘れなかった彼らは銃を構えて竜に向ける。引き金を絞った。

 イルの撃った銃に比べると、それらはまるで貧弱である。もちろん、比較さえしなければ帝国軍の銃は新式のもので、使い勝手もよく強力である。そのはずだ。

 だが、竜が速すぎる。ほとんどの銃弾は竜にかすりさえしなかった。

 ふと見れば竜は低空のまま、旋回するようだ。あの巨体では、旋回中に細かい機動は不可能だろう。

 誰かが大きな声で叫んだ。


「好機だ! 竜を落とせ、賞金を得るチャンスだぞ、悪魔を殺せ!」


 わざわざ言われなくともすでに大半の兵士はすでに銃を撃っていたが、その言葉に我を取り戻した兵士も少なくはなかった。塹壕を打ち崩すような強烈な衝撃も続いた。大砲をも撃ったのだ。

 竜は大きいので、旋回中なら狙いは外れないはずだ。今度こそ何発かはおそらく命中した。いくらかでも損傷を与えたかもしれない。

 瞬間、イルが飛ぶ。竜から降りて、地面へと落ちてくるではないか。竜に攻撃を与えられて、まずいと見たのかもしれない。

 イルを下した竜はそのまま高度を上げていく。逃げ出した、とも見える。

 ならば、優先するべきは地に降りた悪魔。イルのほうである。竜は後回しでもよい。

 帝国兵たちはイルに攻撃を集中する。


「降りたぞ、集中射撃だ!」

「そこにいるぞ、撃てっ! 撃ちまくれ!」


 誰かの指示があったが、その言葉を言うでもなく、皆がそうした。賞金もあるが、何よりも、殺さなければ自分たちがおそらく殺される。


 帝国兵の大多数が、遮二無二撃った。残念ながら、悪魔もただ銃弾を浴びてはいなかった。機敏に動き回って狙いをつけさせない。

 しびれを切らしたのか、やがて帝国兵たちはイルにむかって突撃していった。肉弾戦を仕掛けたのだ。

 多数がたった一人を囲んでいる状況であるから、あながち間違った戦術ではない。押しつぶして、至近距離からの銃撃で一気に仕留めるというのも、悪くはない。


 だがそうした戦法はイルには通用しなかった。

 イルは手近にあった塹壕に使づき、そこへ片手を入れ、すぐに出した。

 出てきた彼女の左手には帝国兵二人が生きたまま捕らえられている。イルは帝国兵の体を弾避けにするつもりなのだ。


「卑劣な!」


 帝国兵たちも、さすがに味方を撃ち殺すのはやや躊躇した。しかし指揮官は突撃と攻撃を指示する。

 やむなく撃った。イルはこの銃撃を、左の盾でかわしながら、右の銃で反撃する。器用に身体を盾で隠しつつ、銃を帝国兵へ向けて、乱射した。

 犠牲となった帝国兵の銃を失敬して使っているので、先ほどの銃のような異常な破壊力はない。だが遮二無二ばらまいているように見えて、ちゃんと帝国兵の急所を狙った射撃だった。

 突撃していた帝国兵が次々と倒れる。

 イルは淡々と殺しつづけた。あまりの被害に、恐慌をきたした帝国兵が撤退し始める。やはり今回もイルを打ち負かすことができなかった。

 これほどの戦闘があったというのに、イルには傷らしい傷もない。出血もない。

 逃げ始めた帝国兵たちの背中に、イルは容赦なく銃弾を浴びせた。


 先ほどまで周囲にいた味方の兵士が次々と殺され、残り少ない。というよりも、どうやら他に生き残りはいないようだ。

 最後の一人になってしまった兵士は、そのことに気づいて愕然とした。

 銃声がすっかり止んでしまったのだ。

 あわてて塹壕へ飛び込もうとしたが、もう遅い。すでに悪魔は死体を手放し、銃を持ってこちらを見ている。

 距離も近い。彼我の距離は三十歩もないだろう。


「死ぬ」

 

 と彼は思った。恐怖のあまり目をぎゅっと閉じたが、まだ撃たれない。

 そこでおそるおそる目を開け、自分をまさに殺そうとしているであろう、その悪魔を見た。

 イルは小さな手でクリップを銃に押し込んでいるところだった。帽子をかぶっているが、その顔の輪郭はまるく、やわらかかった。確かに女である。しかも彼が新聞などのメディアで得た情報から想像していたよりも、まだ幼かった。


 このような子供が、本当に俺を殺すというのか。


 血を払った女の顔は確かに見えた。そこに表情はなかった。

 無表情ながら、その内側に反論を一切許さぬほどの憎しみが燃えているのを、最後の一人となった帝国兵は感じ取った。


 賞金の額を知った時、彼はこの悪魔をなんとしても殺そうと考えた。先ほどまでなんとかそうしようと銃を撃っていた。

 しかし悪魔もまた帝国兵たちを殺そうと考えていたのだ。いや、今も考え続けているのだ。

 悪魔はクリップの交換を終えた。

 帝国兵は、もう撃たれるに違いないと観念せざるを得ない。


 その死の間際に、彼はなぜ、この悪魔はここまで激しく帝国を憎むのだろうかと考えた。それは今まで全く考えたことのないことだ。そして、どの新聞にも、ラジオでも、雑誌でも考察されたことがない。仮説が紹介されたこともない。

 だがその考えはすぐに、死の恐怖によって上書きされた。彼はすぐ間近に迫った死に、全ての考え事を放棄した。


 死にたくない。


「ま、待ってくれ。助けてくれ」


 震える声で命乞いの言葉を出す。

 銃撃はまだ来なかった。目を開いて、もう一度命乞いをした。


「許してくれ、い、命だけは助けてくれ」


 彼は懇願し、必死に頼み込んだ。

 戦おうとはもう思えない。銃を投げ出し、投降するそぶりをした。イルに銃口を向けられ、彼は死への恐怖から必死に命乞いを続けた。

 命だけは助けてくれ、殺さないでくれと何度も何度も繰り返した。

 頭を下げ、なんでもするからと言った。奴隷になってもいい、金が必要ならあるだけ渡すからと言った。

 そうしてそっと顔を上げて、イルの表情をうかがってみた。

 彼女の顔は、何一つ変わっていない。凍り付いたように表情を作らず、悲しみと憎しみの色が瞳の中に少しだけ見える。

 最後の帝国兵はおべんちゃらをいい、イルの容姿をさえ褒めたたえ、帝国兵や軍を貶して機嫌をとろうとしてみた。何も変わらなかった。

 彼は方向性を変えて、彼女の家族のことを聞いてみた。友人関係のことも聞いてみた。そのように危険なことをして、皆心配しているのではないかと憂慮したそぶりを見せた。これでも、イルの表情はさっぱり、何も変わらなかった。

 ここまで、帝国兵は必死に口を動かしていた。

 まだ殺されてはいない。

 そこで少しは話を聞いてくれるつもりになったのかと、彼は少しだけ緊張を解き、あらためて、殺さないでくれと頼んだ。

 やっとイルは、返答をよこした。小さな口をわずかに動かし、一言だけ。


「だめ」


 凍り付いた表情は何一つ変わらないまま、イルの指が引き金をしぼる。


 あぁ。確かに帝国兵を殺す悪魔だ。

 だから『悪魔』と呼ばれているのか。


 緊張と恐怖の中でそう考えた一瞬後、彼の意識は途絶えた。

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