ミラーハウス
「ねぇねぇ。昔、廃園になった遊園地がね。あの森の奥にあるの。知ってる?」
「森の奥?」
「そうなの。何でも魔女の国をモチーフにしたかったらしくて、森の奥に作ったはいいものの、立地が悪すぎて思ったよりも人が来なくて採算が合わずにあえなく閉園。
何人も子供が行方不明になって出てこなかったから閉園した、なんて噂もあるけど流石にそれはニュース沙汰になるから事実じゃないと思う。
でもね、運営会社としては本気で作っていたからすごい出来は良いらしいの。
凝りすぎて、予想顧客人数を大きく下回ったから、大赤字になってしまったっていうのが実情じゃないかな?
でねでね、その遊園地の名前は裏野ドリームランドっていうの。
裏のだよ?裏の!もうホラー中心にすること間違いない名前でしょ?
ねぇねぇ!今度一緒に行ってみない?」
洞下美優。私の幼馴染でちょっと……いや、けっこうなオカルト好き。
彼女は可愛い見た目に反して……いや、可愛い見た目だから自衛の意味もあって、ホラーが好きだ。
何故ホラーが自衛か。
可愛い見た目だと余計な嫉妬がきて、妙な陰口を叩いたり、いやがらせをしようという女子がたまにいるからだ。
彼女はホラーが好きなのは、そういったいじめっ子程妄想力が高く、だから怖いものに弱くて、怪談話など聞かせればそれだけで逃げていく、そういった実用性があるから。
彼女自身やそれに付き合わされる私はといえば「これ、人の顔に見えない?」「面白い模様だね」「だよね」「じゃあ、これでどんな話思いつく?」といった怪談作りが好きで、実際にあるわけない、きっと私たちみたいに今まで聞いた怪談も全部誰かが作ったモノなのだろう、とすごく覚めていた。
ただオカルト話を作るだけではリアルさがないので、シチュエーションを再現してみたり、実際に題材にするモノを見て内容を詰めたり、身振り手振りで大きさを伝えるときの基準など調べるために現場に行ってみたりしていた。
「なぁ、美優?廃園ってあの樹海の中央にあるんだっけ?」
「そうそう。だからお兄ちゃん、森に入って迷子にならないでね?」
「道があるのにわざわざ森になんか入らないさ」
美優の兄で大学生の衛。
私たちの怪談を聞いて大学のサークルで肝試しの時など話したりしているらしい。
廃墟になっているところなんて大抵電車も近くを通っていない。
廃墟周辺は危険なものが散らばっていたり、扉が開かなくなっていたりする。
それらを乗り越えるためには筋力が必要だったり、近くまで行ける車に乗れる必要があったりと高2の女子2人では厳しいものがある。
車の運転が出来たり筋力はあるものの、あまり怪談作りが得意ではない大学生の衛。
怪談作りは好きだけれども、車や筋力に乏しい私たち。
互いのニーズが組み合わさり、いいタッグとして機能しているのだ。
閉園した遊園地。
そこは既にゲートに板が外から打ち付けられていて中には入れない状態だった。
「兄ちゃん」
「はいはい。それじゃあちょっと働きますか」
衛さんが車から降りてトランクから大きなバールを取り出すとゲートの板から釘をグイグイと引き抜き、1本、また1本とコンクリートの上に落としていった。
「ねぇ。今、何か光らなかった?」
「陽菜?どうしたの?」
「あのね。扉と扉の隙間からちょっと黄色っぽい光が見えた気がしたの。気のせいかな?」
中心が黒くて回りが黄色く光っていた。それは目の様にも見えた。
それが目だとしたらその目の大きさは目だけでも人の頭ほどの大きさがあることだろう。
だが衛さんがゲートをこじ開けた時、そこには何もなかった。
ゲートの向こう側は少し煤けていたがひび割れもほとんどなく、思っていたよりもきれいだった。
まるでまだ動かせるかのような状態のモノがほとんどではないだろうか?
空を見上げればまだ日は高い。夕暮れ前には粗方見終わることだろう。
「美優。陽菜ちゃん。ゲートが開けたから入ろうぜ。車で中に入るか?」
「う~ん?歩いてみようかな?その方がリアルな体験ができるから創作意欲が増す!」
「美優がそれでいいなら私も歩こうかな?」
「そうか。わかった。じゃあ、俺も歩くわ」
「兄ちゃん、陽菜と話したいんでしょ~?」
「ないない。俺は年下よりも同い年か年上が好みだな。
妹がいる兄貴にとって年下はほとんど妹同類にしか見えないから恋人にはしたくないぜ」
「ふ~ん?そっかぁ。確か机と壁の間に」
「お前、どうして」
「母さんが兄ちゃんの部屋掃除している時に見つけた」
衛さんは白くなりその場に跪いてしまった。
そこに美優が追い打ちをかける。
「よく見るページなのか癖がついていたとk」
「わぁわぁわぁわぁ!」
「兄ちゃん、あそこの扉開けてくれるかな?ちょっと私だと開けられそうにないなぁ~」
「分かった!分かったから!」
慌てて走っていく衛さん。それを見つめてふんっと鼻を鳴らして得意げな美優。
どこかコメディのような、普段の日常。
「ほどほどにね?」
「分かってるって。あんなんでも兄ちゃんだから手加減してるよ」
美優はそういってニヤリと勝気に笑った。
「お~い!開いたぞ!」
廃墟探索の定番道具のライト付きのヘルメットと軍手を装備する。
素手だとと壁が壊れて倒れ掛かってきた時に支えられないし、頭上から瓦礫が降ってきた時ヘルメットがなければ危険だから。
バールやドライバーといった工具や十得ナイフなどはリュックに入れて背負い、背後から何かモノがぶつかってきた場合のクッションになるように整えてある。
ただ今回は施設の損壊がほとんどなかったため、ガラスの類やコンクリート片が落ちていることもなかったからあまり必要ではなかった。
衛さんが開けた扉の向こうは暗かった。
頭に着けたライトを点灯させると光が反射していき、暗闇が少し弱くなった。
「ミラーハウスだな、こりゃ」
「廃園した遊園地のミラーハウス……。暗闇……。魔女……。魔女はおかしいかな?」
「別にいいんじゃないの?鏡の中に魔女の住処があるなんて話は割とある気がするし」
「そっか、じゃあ魔女がどういう風に関わるようにしようか?」
私たちはどんな怪談を作ろうかと話し合いながらミラーハウスに入った。
中に入ってみると足元は埃まみれ、扉が締め切られていたせいかむわっとした湿気がきつく、夏の日差しのせいかサウナかと思うぐらいに暑く、そして非常にかび臭かった。
先頭を行く衛さんが時折鏡に手をつくと、鏡の向こう側が腐っているのかミシミシと大きく軋み、思わず目を閉じてしまうような非常に嫌な音を立てた。
前を行く2人の衣服を見ながら歩いているといつの間にか声が遠ざかっていた。
「え?」
思わず声をだし私は前を行く美優の服をつかもうとした。
つかめなかった。
見ていた服は鏡に映し出されていた虚像だった。
「美優?」
私はそう軽く口に出したが、さっきまで怪談の話をしていた時はすぐにあった返事がなかった。
「美優!」
私は少し大きめの声を出して美優を呼んだ。
でも1分くらい待っても返事はなかった。
近くにいるのは確かなはず。
美優の虚像は鏡に映っているのだから。
「美優?イタズラはやめてよ?」
悪ふざけをして私に黒歴史を作らせようとしているのかもしれない。
怪談のネタにしようとたくらんでいるのかもしれない。
鏡に右手で触りながら前へ前へと私は歩いた。
突き当りにはなぜかずっと美優の背中が映り続けていた。
ライトをかざし辺りを照らしても、ライトの弱い光じゃミラーハウスの中を一部しか照らし出せない。
先を見ても数m先は暗闇。
さっきまであったはずの美優や衛さんの光はどこにもなかった。
「2人で示し合わせてイタズラしてるの?私、先出るからね!」
怖くなり、私はそういうととにかく前へ前へと急いだ。
突き当りにはいつも美優の背中の虚像。
(ふざけないでよ)
どうすればできるかわからない。
怖い。
とにかく歩いた。
前へ前へと歩いた。
壁に触りながら歩いたらいつかは出口につけるはずなのだ。
(もう10回……ううん、20回は突き当りにぶつかってる)
その度に美優の背中が見えた。
前に前に進んでいるはずなのに、いつまでも出口に辿りつけない。
スマホを開いてみると時刻はもう17時近い。
入ってから1時間以上彷徨っていることになる。
スマホのアンテナは圏外。
樹海の中だから?ミラーハウスの中だから?
蒸し暑かったミラーハウスの中にいた私の体は汗に塗れていた。
持っていた水も既に全部飲んで空になっていた。
意識が朦朧としていた。
私はふと鏡を見ると鏡の向こうではニヤリと笑う私と上機嫌で歩く美優と前方確認に勤しむ衛さんが歩いていた。
鏡の中の私のスマホに表示されている時間は16時。
呆然と佇む私をよそに鏡の中の私たちは歩いていった。