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薄闇の満ちる空間に浮かぶのは仄かな光をまとう人影が五つ。
「緊急招集されるとは思わなかったよねー」
「何があった」
「緊急招集ということは、アレか?」
「北の、お前は何か言うことがあるだろう」
ぼんやりと浮かび上がる人影が口々に喚きたてるのを遮るように、今回の主宰である女の声が低く地を這う。
「お前、あれが何かわかってこちらに寄越したな。何故招集をかけなかった」
機嫌の悪さを隠しもしない声に糾弾されても、当の本人に気にする様子はない。
「だって僕正直興味ないし、じゃなかった、ほら。僕だけの意見だとよくわからなかったからさ、西のの意見も聞いた方がいいかなと思って。それにあれが直接関係するの、僕じゃなくて西のだろ」
「クソガキが」
「ひどいな。君の大切な大切なあの一族と土地が危ないだろうからってわざわざ報せてあげたのに」
「あれは明らかに緊急招集の案件だった。何故その場ですぐ招集をかけなかった」
「お前達だけで会話をするのはやめろ。何があったか報告しろ。結論からだ」
「ほら、聖者殿に怒られた」
「黙れクソガキ」
「西の。お前がかけた招集だ」
冷えた声に舌打ちで返し、女の声が淡々と状況を報告する。レクティタ帝国に持ち込まれた装置の詳細。それによって国の意見が割れていること。
「念のため確認するが、現状自分の領域付近で空間転送及びそれに類する技術を確認しているものはいないな」
「俺のところはないよー。あったら積極的に拾ってくるよね」
「自分の区域もないな」
「僕も知らない」
「私も無論知らない。中のは」
「我らの網の目にかからないということは存在しないということだろう。しかし存在すると?」
やや低めの乾いた声が問う。若者とも老人とも判じがたい男の声だ。それに女の声は素っ気なく言い捨てた。
「だから招集をかけた」
「やっぱり、アレ?」
どこか間延びした印象の若い男の声がわずかに強張る。
「可能性は高い」
「今更すぎない? だってもうどれだけ経ってると思ってんの」
「アレにとっては時間など関係ないのだろう。……我らもだが」
「悲しいねー」
沈黙し続ける影に向かって女の声がかけられる。
「他人事みたいに黙ってるが、北の、本来ならお前の案件だぞ」
「だって僕関係ない」
拗ねた子供の口調だった。それに鋭い叱責が別の人影から飛ぶ。
「もしアレならば関係ないはずがない」
「アレだって決まったわけでもないんでしょ?」
「アレの可能性が高い」
「僕らの知らない場所で知らない理で生まれた、まったくの新技術かも」
溜め息があちらこちらから漏れた。
「それも込みで話をしている。アレの可能性が高い。しかし新技術である可能性もある。どのみち確認しなければならないが、問題は誰が確認するか、アレであった場合の対処だ」
「西のの言うとおりだよー。諦めて参加しなよ、面倒なのはわかるけど」
「南のも口を慎んだらどうか?」
「東のも建設的な意見出せば?」
軽口の応酬にしては険を帯びる二つの声を大きな溜め息が遮る。ついで乾いた声がひどく冷静に割って入った。
「やめろ、二人とも。今は言い争っている場合ではない。それで、西の。確認するにしても、どうする気だ」
「どのみち確認が必要なのであれば、今回は私がいこうと考えている。新技術であればその場で分析して忠告だけして帰る。空間転送なら原理が違っても起こりうることはそれほど変わらないだろう。アレだった場合は回収する。回収の手はずを詰めておきたい」
抑揚のない女の声が重ねていく言葉を聞き終えた人影のうち、一つが首を横に振ったらしい。わずかにぶれると同時に乾いた声が断じた。
「対処はいいが、お前が出るのは許可できん」
「ではどうする。お前が行くのか、中の」
険しくなる女の声に、しかし相対する人影は冷静に返す。
「我らがこの力満ちる世界の巡りに手を出すことは二度とあってはならない。アレが何の為に生まれたのか忘れたか」
「忘れたはずがあるか! この私が、忘れるはずもない!」
激昂する女の声にも動じる気配は一つもない。
「ならば我らが確認とはいえ世に出るのはまかりならん」
「あー、まあね。アレの可能性高いけど、新技術だったら困るもんね」
「この力満ちる世界で生まれた技術なら、自分たちが関わるのはまずい。忠告して終わりだ。それだけの為に姿を見せるのは、確かに過干渉だな」
好き好きに言い合う声に地を這う女の声が割って入る。
「ならば、どう確認せよと。あの帝国の使者に遠隔で確認できるようなものを渡して帰せとでも?」
「それも印にしては過干渉なんじゃない? 過ぎた技術って奴だよ。もし渡すなら僕みたいに自壊するようにしておかないとね。そんなのあった?」
「なくはないけど、壊すのはまずくないか? 昔ならいざ知らず、今は新しいのホイホイ作るわけにもいかないし、できればそれ系は大切に使っていきたいよねー」
「資源は有限だな」
「ならば!」
実のない応酬を女の苛立った声が遮る。
「どうしろと言っている。私が行くのは駄目だ。しかし遠隔で確認できる印を渡すのも駄目。その理屈ならお前らも出る気はないんだろう。では、どうやって、確認するつもりだ」
一言一言区切る女の声は低い。
「使いを出せばいい。西の。お前のところに今、お誂え向きなのがいるだろう」
あっさりと告げられた言葉に女が息を飲む。
「なに……を」
掠れる声音に、しかし乾いた声が頓着する様子はない。
「お前の家にいるだろう。力満ちる世界の理に生き、その技をよく知る子供が。お前に従順な、賢い弟子が。あれを魔女の弟子として使いにやればいい。そうすれば確認するための道具も失わずにすむし、どちらの場合であっても過干渉を防ぐことができる」
「あの子を何の為に家に置いていると思っている! 何故わざわざ北へなどやらねばならん!」
「北へなど、だって。ひどくない?」
「黙ってろクソガキ!」
一際高くなる怒声に呆れの滲む吐息が重なる。
「北のはしばらく黙れ。西のもそんなに感情的になるな。なにもアレとは限らんのだから、新技術であれば何の問題もない。忠告して終わりだ。ただ人であれば我らに手を出そうなどとは考えまい。それは世界との約束だ」
「ただ人ではなかったら」
そもそもその可能性を示唆しての召集だ。しかし、女の唸るような声に返ったのは、どこまでも感情のこもらない乾いた声だった。
「囮にはなろう」
「貴様!」
人影が揺らぐ。薄闇が揺らぐ。人影のまとう仄かな光が揺れ、空気が震える。女の怒気が染み渡る。
「それこそ介入だろうが! 何が世界の巡りに手を出してはならん、だ!」
「よく考えろ。我らが本格的に介入した結果何が起こったか。忘れたとは言わせんぞ。どれだけの人間が犠牲になったと思っている。あの悲劇を繰り返す気か?」
「だからあの子を犠牲にしろと?」
「何も確実にそうなると決まったわけではない。九割九分問題はないだろう。もし仮にアレであったとしても、常に我らが控え即座に動けるようにしておけば危険はない」
「それならばあの子である必要はない」
断じた女の声に別の人影から軽い声がかかる。
「え、そこ蒸し返しちゃう?」
「まあ、可哀相だけど、他に適任がいないよね。今から適当な人雇うわけにもいかないし」
「北のは黙ってろといわれなかったか。正論だが。自分たちは極力姿を見せない、関わらない、を破るわけにはいかないからな。五賢人として来るもの拒まず、言葉は与え、外へは出ない。使いなら、まあギリギリ体裁が整うだろう」
「そーそー。もしアレだったら、すぐ対応できるようきっちり対策練って、見えない場所でばっちり張り付いてるからさー」
各々好き勝手に喋りだす声の間を低い歯軋りが這うように縫っていく。
「断る。そんな事をさせるためにあの子を匿ったわけではない」
唸るようなそれにも空気は変わらない。どこまでも淡々と一つの結論へ向かって言葉を紡ぎ合わせていく。
「我が侭言っちゃだめだって、西の。これは俺たちのたった一つだけ破っちゃいけない誓いでしょ? 危険なことなんて、そうそうないんだしさー。パッと行って確認して、シロなら忠告して帰る。クロなら俺らが秘密裏にパパーって回収して処理しちゃえばいいんだし」
「そうだぞ。万全の体制を整えるからそう心配するな。下手に自分たちが姿を見せた先にある可能性を考えろ」
「僕と西のが一番近いから、ほら、その辺は協力するよ。可愛い子には旅をさせろって言うでしょ?」
「それに、あの子供も、厳密に言えば完全なる部外者とはいえまい。責任の一端はあろう」
乾いた声が付け足した言葉に再び空気が震える。
「責任、だと? あの子に?」
鼻で笑い、吐き捨てる強さで女の声が続ける。
「あるわけがない。あの子にそんなもの一切あるはずがない。あの子は私たちとは関係ない、力満ちる世界に生まれ、愛され、生きてきた子だ。私たちとは関係ない」
怒りを抑えてどこまでも冷えていく声に、やはり動じる気配は一つもない。
「諦めろ。最善の策だ」
「呪われろ、と心底から思ったのは三度目だ」
「呪われてなお、我らには避けねばならん事態がある。悲劇へ繋がる可能性はどんな手段を用いても徹底的に潰さねばならない」
重ねられる言葉はただ一つの先を示すだけだ。
「そうそう。もう、あんなのはごめんだよねー」
「そのための緊急収集で、今の自分たちの姿だからな」
「君が一番わかってるだろう? 西の」
積み重なる言葉に女の声が低く言い放つ。
「呪われろ」
空気が揺らぐ。闇が揺らぐ。人影のまとう光が震え、静かな怒気が辺りを包む。それでも、怯むものも口をつぐむものもいない。
「誓いは果たされねばならない」
厳かに落とされた言葉に女の声は押し黙る。
それでも抗う為に、再び空気を震わす。話し合いは始まったばかりだった。




