一夜漬け
夜更けに勉強を始めたからと言って、明日のテストが良くなる保障なんてどこにもない。しかし人間とはすこぶる愚かな生き物で、無駄な足搔きというモノを試さずにはいられない。
かくいう俺も、人間の端くれである。愚かな生き物である。明日のテストをすっかり忘れていても、最後の最後でもしかしたらの可能性を信じている。
「どうやってもうまくいかない時は寝る!」
しかし何事においても諦めが肝心だ。俺は机に齧り付くのを早々に諦め、ペンもテストも投げ出した。
「無理だ無理だできるはずがない」
数学であった。難解な図式が所狭しと並べられている。円周率すらまともに覚えてない世代だ。答えなんてわかるはずもなく、適当にドラクエバトル鉛筆を転がして解答を弾き出すのが関の山だ。
他にも国語英語理科社会保健体育エトセトラエトセトラ、覚えなければならないことは山ほどあるがなかなかどうして瞼がいう事を聞かない。
身体が温もりを求めだした。胎児の頃でも思い出したのか、ママのお腹が恋しい。いっそ布団に頭から突っ込んで身をかがめれば幼児退行できるのではないか。
試してみた。ふかふかの羽毛布団にトビウオの如く飛びつき、アルマジロの様に丸まった。
端的にいって気持ちいい。ここが地上の極楽か。日々の疲れが羽毛の繊維に癒されているのがわかる。
我ながらつまらん思考に憑かれたと思う。何が一夜漬けか。何がテスト勉強か。俺の睡眠を邪魔しやがって、なんとも愚かしい。まるで数時間前の自分を親の仇と思うのも致し方ない事であろう。
私は大人しく床に就くことにした。なぜなら凄く眠たかったから。
時間は深夜の二時だ。良い子なら二回は寝返りを打っていることだろう。俺も例にならい、無駄に二回寝返りを打ってからゆっくりと瞼を閉じた。
翌朝のことであった。鳥の声はどこへやら、朝のすがすがしい空気さえ風に吹かれて去っていったようだ。
俺は産み落とされた赤子の様に布団から転がり落ち、悲痛の叫びをあげたところで覚醒した。
痛い痛いと尻を押さえながら、手元の時計を確認するとなんとも恐ろしいことか、時計の針は真上を通り越し、一の文字に差し掛かろうとしていた。
これはいかんと唸った。
そして母親の薄情さを恨んだ。むろん自分のせいではあるがこればかりは理屈ではない。
急いで支度をしようにもこの時間には大半のテストは終了している。よくて数学のテストは受けることが出来るが果たして行こうか行くまいか。
机の上に広げっぱなしのノートと教科書。そしてドラクエバトル鉛筆が転がっている。
俺は迷った。なぜなら机の上に転がっているのは最強と名高いキングスライムであったからだ。これを引っ提げていけば負けるはずがないとさえ錯覚してしまうほどの頼もしさだ。一家に一つは持っていて損はない。
腹を据えよう。覚悟はとうにできていたじゃないか。
「今日はもうめんどくさいから二度寝しよう」
そうなった。