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苦労人は考えることをやめない

(・・・・あんまりいい雰囲気じゃないねー。)


先程、かなり奇抜で斬新な自己紹介を終えた彼女、鹿毛彰子が、妙に満足げな顔をして、自席に着席する。

個性的な発表ではあったが、彼女への視線は好意的なものが多く、彼も、最初のアプローチはなかなか興味をそそられたし、好感も持った。(最後のポーズは正直無いと思っているが)

二度、質問をしてしまうほどには。


問題なのは、彼女の発言によって、担任へのクラスメイト達の心の距離が微妙に空いてしまったことだ。

その原因は言わずもがな。


「せんせー。しつもーん。」

「ん、なんだ?霧爍、っとじゃなくて陽神。」


名前ではなく律儀に名字で呼ぼうとする陽神先生に、彼、陽神霧爍(ひのがみきりと)は苦笑しながら、ふらりと立つ。


「やー、陽神、じゃ、先生も陽神で呼び難いっすよー。あ、みんなも霧爍って呼んでねー」


顔がいいことを自覚して、ウインク混じりに呼びかければ、クラスメイトたちは好感を持ってくれたようだ、特に女子。

雰囲気が多少柔らかくなったところで核心に入る。


「で、クラスのみんなも気になってると思ってるけど・・・。せんせー、鹿毛さんの襟首掴んで引きずったって、本当なんすか??」


クラスメイトたちの注目が一気に教卓へ集まる。やっぱそこだよねーー。

180を超える長身に鍛え上げられた体躯の先生、対しておそらく150そこそこの小柄な彼女。

加えて新入生代表である彼女が問題児である印象はもてない。

その彼女に対して『引きずる』行為をしたのでは、いくら先生の顔が良くても、「怖い先生」の印象を与えてしまうのは、まぁ致し方ないところだろう。


「本当だ。だが、それに関して、俺は一切の後悔も謝意の念も皆無だ。」

「おおおーーー??せんせ、仮にも女子を引きずったのにそれとか・・。ねぇ?鹿毛さん??」


顰め面の先生から注目をずらす様に彼女へ水を向けると、誇らしげな様子で心得たとばかりに立ち上がる。


「ふふふ!ローファーは一回たりとも脱げなかったよ!!ドヤァ」


顔文字のドヤァを器用な表情筋で表現した彼女は、満足して座る。

そんな彼女を見て、クラスメイト達は、『あ、これアレなやつだ』と各々納得したようで、先ほどまで漂っていた『暴力教師疑惑』は霧散した。

ほっと一息つく。


「それはすごいなー。今度コツとか教えてね、鹿毛さん。・・・せんせー、ついでだから俺の自己紹介しちゃうね。陽神霧爍(ひのがみきりと)、芳岡第一中出身、趣味は盆栽いじり。よろしくねー」


湧き上がる拍手に愛想良く手を振ってこたえて席に座ると、先生に目線でありがとな、と礼を言われた。


(まあ、それがこの学園における俺の役割だからねー。)


従兄弟である陽神晶午先生へ、へらりと薄ら笑いを返す。


そう、名字が同じことでも察せられるが、彼、陽神霧爍の担任の先生は彼の父の弟の子、つまり従兄弟なのだ。

通常であれば、血縁関係のある教師を担任にすることは避けるべきであるが、現在は非常事態、いや異常事態なのだ。


その証拠に、同じクラスに陽神分家が一人、別のクラスには先生の弟が一人と分家二人、二年に本家の双子、分家が五人、三年には彼の兄と従兄弟、分家が二人。

加えて、教職員に先生ともう一人、本家の人間がいる。


つまり、この学園に、陽神家本家が八人、分家が十人もいるのだ。多すぎる。


元々、此処遠野高等学園は陰陽師の中でもエリート中のエリートのみが入ることを許される、最高教育機関なのだ。

己の力を制御できぬ未熟者の妖怪やら、数百年は生きる老獪な妖怪どもが気紛れに入学してくる学校(ばしょ)だ、十代にして頭角を現した麒麟児しか入学できないのは当然だ。

常ならば、最大でも本家が二人、分家など一人でも入れればよい方なのだが。


なのに、陰陽師が、十八人。


(それもこれも、陽神ご意見番のじじばば共が、トチ狂ったせいだ。)


この数百年に一度の好機に。


神という存在に近しい『神無月の巫女』という少女を獲得するために、陽神家に属する、実力と美貌を兼ね備えた見目麗しい若者たちを、建前も常識も吹き飛ばして此処にブチ込んだ。

かくいう彼も、癖のある灰茶色の髪に柔和ながらも甘やかな整った顔立ち、同世代では頭一つ飛び出る実力の持ち主のため、少女の『獲得候補者』だ。それも、筆頭候補者だ。


ゆえに、巫女と同じクラスに入ることになってしまったのだ。


自己紹介は通常の流れに戻り、発表を終えた女生徒へ拍手を送りながら、左斜め前に座る巫女をこっそり眺める。

若紫色の柔らかそうな髪は肩口で切りそろえられ、薄く華奢な肩。HRに入る前に確認した顔は、くりっとした桃色の瞳を持つ可愛らしいものだった。


彼も正常で健康な男児であるから、可愛い女子は大好物だが、将来の夢がのんびり盆栽を育てる造園業である彼としては、全力で避けたい相手である。

巫女のことを考えると、暗い未来とするであろう苦労しか思い浮かばないため、一旦横に置く。


巫女という火種のあるこのクラスは、其処彼処に地雷だらけだ。が、その地雷を起爆させないように調整する事も、彼の役目だ。


彼は考える。同じクラスの分家の彼でもなく。巫女の隣いる妖怪の彼のことでもなく。


(鹿毛彰子・・・。事前調査では浮かび上がってこなかったなぁ。怪しいなぁ。)


巫女から視点を転じて彼女をじっと見ると、目が合う。

きゃっといわんばかりに頬を赤く染め、恥ずかしそうに目を反らされる。


普通だ。普通の女の子のような反応だ。それなのに、彼女への疑いは晴れない。


(理由は二つ・・・かな。)


一つは、陽神晶午だ。

元々陽神家で第一線を絶賛活躍中の陰陽師だった彼は、今回の大事に無理やり教員免許を取らされ、教師としてぶち込まれた被害者だ。

だがしかし、『巫女獲得候補者』として容貌も実力も満点合格の彼は、一つだけ問題があった。


教職者として十代の多感な若者たちと対峙させるにはためらわせる程、半端ない威圧感と殺気を放っていた点だ。

それまで、妖怪たちと命を懸けて戦い、死線を潜り抜ける生活をしていたのだから、仕方がないといえば仕方がない。


そのため、霧爍は二か月かけて彼を矯正した。美しい形に強制することは得意だ、盆栽のように。

コンセプトは『爽やかで親近感の湧くお兄さんのようなイケメン先生』だ。


のだが。


(『爽やか』も『親近感』も『兄貴キャラ』も全部無くなってもう『イケメン先生』しか残ってないじゃん・・・。)


入学式が始まる前までは『爽やかで親近感の湧くお兄さんのようなイケメン先生』だったのに、今はどこをどう見ても『イケメンな鬼教官』にしか見えない。

霧爍は自身の持つ『人格矯正力』に絶対の自信を持っている。陽神家では、重要な潜入捜査等の仕事は霧爍の『人格矯正』を受けて別人になってから、というのが暗黙の了解となっている程に。

大抵の人間であれば根本から性格を改変できる(晶午のような強固な意志の持ち主には表面上でしかできないが)


それを、彼女は、鹿毛彰子は、たった一回で、しかも数分で覆した。十分警戒に値する現状だ。


更に彼は考える。


二つ目に、彼女の自己紹介だ。


この(・・)空気でよくあれだけ目立つ自己紹介ができるよね~。)


晶午への『暴力教師疑惑』など比較にならないほど、妖力という名の圧力が、HRが始まってからずっとこのクラスを覆っているのだ。

数百年クラスのある一人の妖怪の存在(せい)で。


妖力を察知する陰陽師も、他の妖怪も、妖力を察知できない一般生徒ですら、ピリピリした空気を読んで、彼女の前までの生徒は皆最低限の名前しか言えていない。


まぁ、空気の読めない超弩級の阿呆である、というのが一番簡単な答えなのだが。


更に、彼は考え、考える。


誰かの後ろ盾もない一般生徒の身で。この、地雷原だらけのクラスで目立つことのメリットを。


(・・・・・・・誰か、の、隠れ蓑になる・・・とかかな~。・・・いや命がけすぎるでしょ。考えすぎ、かなぁ~。)


それでも彼は考える。この学園では霊力が高いだけでは生き残れないから。

目指す夢のために。生き残るために。




(とりあえず、彼女は『危険人物候補者』リスト入りだね~。)





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